傑作ドラマ『ブレイキング・バッド』のストーリー構成についてエピソードをピックアップして分析(ネタバレあり)

アメリカのテレビドラマ『ブレイキング・バッド』のストーリー構成についての分析と解説です。 完成度の高い傑作ドラマとして知られる本作において、秀逸ないくつかのエピソードがどのような物語構成であったのかを調べました。 各シーズンにつき1、2話程度の解説を追加していく予定です。 【重要!】シーズン5までのネタバレを含むのでご注意ください。 続きを読む
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狂猫病 @kyobyobyo2

マリーの窃盗癖の初出はシーズン1第3話(以下、「1-3」のように表記)で、そのときは靴屋から高級そうなハイヒールを盗んでいる 「1-7」ではベビーシャワーでのプレゼントであったティアラが盗品と発覚し、スカイラーが逮捕寸前になる事態に至った

2020-10-11 00:42:25
狂猫病 @kyobyobyo2

窃盗癖は窃盗症あるいはクレプトマニアとも呼ばれる精神疾患であり、その目的は物品そのものではなく、窃盗時の快感や満足感を得るためであることがほとんどだ 対象となる店舗はもちろん、本人や周囲に対するダメージが大きく、一種の「社会的自傷」であるともされる 原因は多くの場合、ストレスだ

2020-10-11 00:46:51
狂猫病 @kyobyobyo2

ではマリーが抱いているストレスとは何か? 『ブレイキング・バッド』のストーリー開始以前からマリーに精神的な健康面での問題があったことは、各所でほのめかされている 視聴者へ明確にそれが示されたのは「2-1」において、カウンセラー(デイブ)の予約についてハンクと会話した場面だろう pic.twitter.com/MKnvA3HZEh

2020-10-11 00:52:01
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狂猫病 @kyobyobyo2

実際に注意して見てみると、シーズン1においてのマリーの描かれ方は間違いなく情緒不安定だ 初登場時の、ウォルターの誕生日パーティにおけるマリーは非常に不機嫌そうで、スカイラーの体型を褒めるカルメン校長に鼻白むような返事を返している (画像の「そうかしら」の部分がマリーの返事) pic.twitter.com/IkQmKLuk1z

2020-10-11 00:57:44
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狂猫病 @kyobyobyo2

ところが「1-7」におけるベビーシャワーパーティでは、一転して異様なハイテンションとなり、スカイラーやジュニアも若干困惑気味の反応を返している 両者の場面に共通する要素として、マリーのストレス原因を探る鍵はやはり「子供」となるだろう pic.twitter.com/yC8YnSei0n

2020-10-11 01:01:55
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狂猫病 @kyobyobyo2

ハンクとマリーのシュレイダー夫妻には子供がいない そのこと自体は近年では特に珍しいことではないし、夫婦の選択として当然尊重されるべきことであり、非難を受けるいわれはない しかし問題は、「子供がいない」という状況がマリーの望んだものであるかどうかだ

2020-10-11 01:04:50
狂猫病 @kyobyobyo2

ハンクとマリーが子供好きであり、そして自分たちの子供を望んでいる(あるいは、いた)ことには、作中に複数の傍証がある 子供好きという点については、ジュニアやホリーへの夫妻の溺愛ぶりを見れば明らかだろう(ただしマリーは近所の子供などに対しては攻撃的になることもある)

2020-10-11 01:59:38
狂猫病 @kyobyobyo2

単なる子供好きだけでなく、彼ら自身の子供を欲していたことはその家の構造から暗に示されている 「4-2」において、夜中に鉱物を眺めることへのマリーからの苦情に対しハンクは「この家には4つの寝室がある」と述べている 複数の寝室とはホワイト夫妻の過去にも描かれていたとおり、子沢山の夢の表れだ

2020-10-11 02:04:13
狂猫病 @kyobyobyo2

夫妻が子を望んでいたとすれば、その実現を阻んでいる要因は何か? ホワイト夫妻と違ってシュレイダー夫妻は経済的に困窮していない そのことは彼らの暮らしぶりの差を見れば明らかだ(ハンクはガレージに水上バイクも所有している)

2020-10-11 02:09:30
狂猫病 @kyobyobyo2

となれば夫妻は不妊問題を抱えていることとなる 問題があるのはハンクかマリーか、あるいは双方なのか、作中でそれは明言されないため、すべては推測になる しかし可能性が高いのはやはり、ハンクのほうではないだろうか それも無精子症のような身体的な原因ではなく、精神面から来る問題だ

2020-10-11 02:14:35
狂猫病 @kyobyobyo2

外見に反し、ハンクは非常に繊細な内面を持っている 子作りのプレッシャーが彼を追い詰め、そのことが夫婦関係に影を落としていることは想像に難くない この点に関しても、いくつかの状況証拠を挙げることができる

2020-10-11 02:17:38
狂猫病 @kyobyobyo2

ストレスを感じたマリーが窃盗に走るのと同様に、ハンクにもストレスに対する嗜癖的な振る舞いが見られる それは「家を避ける」という行動だ ハンクにとって、妻マリーのいる自宅は決して心休まる場所ではない

2020-10-11 02:21:04
狂猫病 @kyobyobyo2

作中におけるハンクの最初のストレス危機は、トゥコとの銃撃戦の後のパニック障害発症と、エルパソ行きだ 実質的な昇進であるにも関わらず、ハンクは一人ガレージに籠もってビール造りに没頭する

2020-10-11 02:24:00
狂猫病 @kyobyobyo2

第二の危機はエルパソ行きを拒否してジェシーの捜査、特にキャンピングカーの追跡をしているときであり、このときにはシャワーを浴びに帰宅後、マリーへ直接怒りをぶつけている そして双子による襲撃後、ハンクは退院して帰宅することを執拗に拒否する

2020-10-11 02:28:08
狂猫病 @kyobyobyo2

そして第一と第二の例においては、そのいずれの会話でもハンクは「自慰」に関する単語を発している 「beat off ≒ jerk off = 自慰をする」 ①「何をしてるの?」「シコってるんだ。どんなふうに見える?」「そのまんまね」 ②「みんな俺がオナニーしてると思ってやがる。上等だ」 pic.twitter.com/NrQJeds67s

2020-10-11 02:36:34
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狂猫病 @kyobyobyo2

これらの例では、ハンクに「マリーから離れること⇒性交渉を断つこと=自慰」という認識があることが示されている 病院の例では、ユーモアという糖衣に巧みに隠蔽されているために気づきにくいが、「射精機能=身体的な健康さ」という異様な認識を夫婦が共有していることが明示されている pic.twitter.com/fBfSg8aEv2

2020-10-11 02:41:41
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狂猫病 @kyobyobyo2

ハンクはしばしば下卑たジョークを口にしてはマリーにたしなめられるが、それは彼がしばしば周囲に見せている男性的な強がりと同種のものだ 実際にはハンクはマリーとの性行為において自身が十分に機能しないことを恐れていて、そのことが妻を、そして自宅そのものを忌避する原因となっている

2020-10-11 02:46:47
狂猫病 @kyobyobyo2

マリーに対する忌避感は罪悪感にも形を変えて表れ、マリーの窃盗癖を黙認し、ときには揉み消す原因にもなっている マリーの精神面での問題が自分にあることを、ハンクはある程度自覚している だからこそ彼は仕事に没頭し、子供以外のマリーの願いを叶えてやるための出世を望んでいる

2020-10-11 02:53:19
狂猫病 @kyobyobyo2

「子供をもちたい」というマリーの願いは窃盗癖として表れるが、その形は物語が進行するにつれ徐々に具体的になっていく シーズン1での窃盗の対象は「靴」と「ティアラ」で、これはいずれもマリー自身を飾るものだ(後者はホリーへのプレゼントだが、それを着けているイメージは自分自身のはずだ)

2020-10-11 02:57:34
狂猫病 @kyobyobyo2

自宅で腐るハンクへのストレスから窃盗癖が再発する『Open House』でマリーが盗むものは、その家主が大切にしている思い出の品だ フンメル人形、スプーン、老夫婦の写真が入った写真立て……マリーの行動は無意識だろうが、彼女が盗もうとしているのは「子供」あるいは「家庭」そのものだ

2020-10-11 03:02:10
狂猫病 @kyobyobyo2

『Open House』において、マリーは自分の素性について淀みなく偽りを述べる それは彼女が夢見る人生の断片であり、またあり得たかもしれない自分の生き方の一つ一つだ (このような「夢」は『ブレイキング・バッド』の多くの登場人物に呪いのようにつきまとっている)

2020-10-11 03:05:07
狂猫病 @kyobyobyo2

このエピソード内でマリーが販売員や家主に真実の素性を語るのはほんの一瞬、「お子さんはいらっしゃる?」と聞かれ即座に「ノー」と答えたやりとりにおいてのみだ 次の瞬間、マリーはすぐに「子供は欲しくないの」と嘘をつく その顔はまるで自分への嫌悪を示すかのように険しい pic.twitter.com/8OOQiIsJY2

2020-10-11 03:11:48
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狂猫病 @kyobyobyo2

マリーの子供への渇望はシーズン5、スカイラーから犯罪を告白された時点で頂点に達する 姉が犯罪の共犯者であることを知った彼女が真っ先にとった行動は、直接「子供を盗む」ことだ スカイラーの激しい抵抗によりこれが阻止されると、今度はジュニアをPCの不調という偽りの理由で誘き寄せようとする pic.twitter.com/1D5zZdT0hS

2020-10-11 03:17:44
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狂猫病 @kyobyobyo2

堰を切ったようなマリーの子供への渇望はハンクにも共有され、ウォルターとの対決における大きなモチベーションになっている ブルーメス捜査、ウォルター逮捕という自らの任務は、妻に子供をもたらすことのできない忸怩たる思いと混同され、いつの間にか個人的な事情としてハンクを衝き動かしている

2020-10-11 03:24:58
狂猫病 @kyobyobyo2

ウォルター逮捕時にハンクが真っ先にマリーに電話をかけるのも、この罪悪感と任務の混乱があるためだ ハンクの中で「ウォルター逮捕」は「妻に子供をもたらすこと」に繋がっており、実際にそれはホワイト家の子供達を犯罪者夫婦から「強奪」することで達成されていたはずだった

2020-10-11 03:30:30
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