人間の大戦と冥皇の安置所

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帽子男 @alkali_acid

ヒョロヤナギはケムルクサと呼んだ男に問うた。 「君が誰かのためにここで活動しているのは見て取れる。赤襤褸党ではない。列強を称する抑圧体制のいずれかだろうが、理由が知りたい」 「俺達さすらいの民は大昔から、仕事がない時は傭兵をやってたんだぜ」 「金銭のためというのかね」

2020-09-20 20:13:49
帽子男 @alkali_acid

浅黒い青年は、白い女のいささかも信じていないようすの問いににやりとした。 「戦争に参加した理由?国をひとつもらおうと思ってさ。さすらいの民が、脅かされず暮らせるちっちゃな国を一つ。ほらこう見えて俺、王様なんだよね。つったら記者さん信じる?」 「信じたくはないな」

2020-09-20 20:15:39
帽子男 @alkali_acid

ヒョロヤナギはもらい煙草をふかしながら告げる。 「世界革命のために戦う我々と協力してきた同志が、旧体制の最悪の弊害といえる君主制の一部だとはな」 「手厳しいね」 ケムルクサも紙巻に一本火をつける。どこから仕入れたのか、戦地では兵士にとって千金にも値する嗜好品を幾らでも持っている。

2020-09-20 20:18:17
帽子男 @alkali_acid

「記者さんの書くものを読みたがるお歴々の興味を惹くか解らないが、折角だしな。実はさすらいの民にはさ、昔から王様がいる。といっても全員が従ってる訳じゃないから、自称王様、ぐらいかな」

2020-09-20 20:20:57
帽子男 @alkali_acid

いつの頃からかできたのか解らないが、さすらいの民には王がいた。 言い伝えでは、いつのまにか馬車の一つに、王冠を被った幼児が紛れ込んでいたのだという。 「人民を愚昧にとどめておくための反動的価値観に基づく寓話、とか言ったりっしないかい?」 「話が終わってから言うことにするさ」

2020-09-20 20:24:33
帽子男 @alkali_acid

翼の王冠を被った幼児は、赤みがかった肌にちょっぴり尖った耳をした女の子だった。 獅子と一角獣の連合王国で君主に諸侯が反乱を起こした際 「どの反乱だ?」 「さあ…さすらいの民はあんまり細かい話は気にしないんでね」 ともかく反乱が起きた際、落城前に世継ぎを家臣が逃したものらしい。

2020-09-20 20:29:56
帽子男 @alkali_acid

さすらいの民はすっかり女の子が気に入り、自分達の王にすることにした。 民が最も重んじる、歌と踊りに天稟があったのだ。当然かわいらしくもあった。 「何か言いたそうだね記者さん」 「別に。単にそうした記録は資本家側の歴史にはまったく残っていないというだけでね」 「だろうね」

2020-09-20 20:32:39
帽子男 @alkali_acid

あとになって連合王国が、返せと言ってきたら困ったかもしれないが、近頃の風潮からして、肌が白くなく耳が丸くない女の子の王など要らなそうに思えたし、事実、反乱を起こした諸侯はどこからか、白くて丸々した男の大公を連れてきて新王に据えた。

2020-09-20 20:35:48
帽子男 @alkali_acid

さすらいの王はさすらいの民に連れられて東へ東へ向かった。 王はすくすく大きくなり、歌声は天にも届き、踊りに地が弾むほどだった。翼の冠はしまいこんだが、それでも王は王だった。 明るく朗らかな娘になった養い子は、臣下に約束した。 皆が楽しく幸せに暮らせる国を作ると。

2020-09-20 21:31:22
帽子男 @alkali_acid

聞いたさすらいの民は大はしゃぎしたが、まじめにとりはしなかった。 なぜならどんな国にも根をおろさず、道の続くまま、風の吹くまま、境を飛び越え、潜り抜け、どこへでも自由に行き来するのが古くからの倣いだったから。

2020-09-20 21:33:43
帽子男 @alkali_acid

狩猟、薬草、歌舞、鍛冶に交易、料理、刺繍、賭博。 古くから伝わる技能があればどんなところでも生きていき、いかなる土地でも仕事を見つけられた。 もちろん盗み犯しに殺しに騙しもやった。傭兵となって出た。悪さをしすぎて雇い主から追い出されたり、何もしてないのに憎まれて襲われたり。

2020-09-20 21:38:42
帽子男 @alkali_acid

とにかく、すらいの民が国を持つなどありえない話だった。 「俺達に故郷があるとすればただ一つ、遠い昔に地上から消え失せた、歌と踊りの始まりの地、影の国。そんなふうな言い伝えもあった」 「影の国。さすらいの民の始まりの地」 「封建的かい?」 「続け給え」

2020-09-20 21:40:15
帽子男 @alkali_acid

だがさすらいの民の王は言った。 「影の国がないなら、新しく作りゃいい。形ある国を、ってね」 可愛らしい王の機嫌を損ねたくなかったので、皆はひとまず同意した。酒の席の馬鹿話で終わるはずだった。 だが王は本気だった。

2020-09-20 21:43:57
帽子男 @alkali_acid

さすらいの民の故郷になるべき土地を探し、影の国のあったという黒い海の西のほとりに無人の野を見つけた。 土地では戦が原という古名で知られ、掘り返すと大昔の武具が時々見つかるぐらいが取り柄の場所で、痩せ地のため拓こうとするものさえいなかった。

2020-09-20 21:48:01
帽子男 @alkali_acid

王はこの地に留まって国を建てると言い出した。 無理な話だった。さすらいの民は耕し蒔くのには向いていない。 だが尖り耳の乙女がこうと決めたらてこでも動かず、誰も逆らえなかった。かくして小さな集落が生まれた。貧しく吹けば飛ぶような村だった。

2020-09-20 21:50:29
帽子男 @alkali_acid

王を愛するさすらいの民は、諸邦を巡って貯えができると少しずつ、この「国」を支えるために送った。 おかげもあってか、集落は徐々に大きくなった。やがて近隣の民は、よそものが不毛の地に住み着いたのに気付き、軋轢が生じた。小競り合いに始まって、もっと恐ろしい襲撃が起きた。

2020-09-20 21:53:20
帽子男 @alkali_acid

戦が原に住み着いた数えきれないほどのさすらいの民が死んだ。散り散りになって逃げねばならないこともあった。 それでも王のために再び人々は戻ってきてまた暮らしを編み直した。瞳の星を宿した尖り耳の貴婦人には、そうさせるだけの何かがあった。さすらいの民が求めてやまぬ何かが。

2020-09-20 21:55:01
帽子男 @alkali_acid

災禍と復興の繰り返しの中で、しかし徐々にさすらいの民の国は大きくなった。相変わらず貧しいままだったが人の数は増えていった。近隣の民とも憎しみや恨みを残しながらも交易と取引が進んで、これが国を潤わせた。 だがいかなる王も諸侯も、さすらいの民の国を国とは認めなかった。

2020-09-20 21:56:56
帽子男 @alkali_acid

「ところで王は子沢山でね。あ、結婚してたんだが…保守的社会基盤の最小単位」 「ああ。結婚という制度については聞き及んでいるとも。続け給えよ」 王は子孫に命じて、国を国と認めさせるための証を集めさせた。

2020-09-20 22:02:16
帽子男 @alkali_acid

「物品かね」 「それがその通り。形あるものってやつが一番だと、王様は思ったらしい」 「封建体制では有効だろうな」 王は言った。長らくしまったままだった翼の冠を取り出して。ほかにも世界には似たような美しい品々があると。 銀の王錫や、宝玉を吊るした額飾り、古い指輪。

2020-09-20 22:05:52
帽子男 @alkali_acid

ある品は君主の財物庫に、ある品は戦乱の果てに行方不明に。ある品は海へ沈んだと伝わっている。 さすらいの民は力づくで奪えはしない。こっそり忍び込んで盗むか、騙し取るか。いずれにしても至難だ。 だが百年かかっても二百年かかってもいい。とにかく旅を続けながら機会を待ち、手に入れようと。

2020-09-20 22:11:15
帽子男 @alkali_acid

「興味深い。重要な機密に聞こえる」 「もうそうじゃない。全部を集め終えたんでね。俺の代で。古の指輪を学問の都の博物館で手に入れた」 「紛失したとは聞いてないが」 「うまくやったのさ。ほら、せむしの鍛冶屋と七人の小人の歌物語に出てくるだろう?」 「知らないな」

2020-09-20 22:15:23
帽子男 @alkali_acid

証の品々をそろえて、さすらいの民の当代の王は、列強の一つと交渉をした。国として認め、庇護を与えてほしいと。 もちろん賂(まいない)だの根回しだの、めんどうなことも色々とやっていた。幸いさすらいの民はあちこちに親戚がいて、頼めば力になってくれた。

2020-09-20 22:20:08
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