ニュースは被害者遺族の声ばかりで、被告人・弁護人の弁解については取るに足らない責任逃れの否認だと思わせるものしかない。 車の不具合の可能性を真摯に検討する記事を見ることはない。 コメントやツイートに溢れる世間の声は被告人らの主張を批判するものしかない。 news.yahoo.co.jp/articles/11295…
2020-10-09 10:32:48しかしどんなに非科学的で不合理に思える主張であっても、少なくとも判決が確定するまでは(場合によっては確定しても)真実であるかもしれないことを考えてほしい。 DNAが証拠とされた足利事件で被告人が否認したことを当時のマスコミがどう報道したか想像してほしい。 そこから学んでほしい。
2020-10-09 10:32:48刑事裁判において、荒唐無稽な責任逃れに思える被告人・弁護人の弁解のニュースを見るたびにこのことを思い起こしてほしい。 冤罪の責任は検察庁と裁判所だけにあるものではない。冤罪の可能性を指摘して反論できない環境を作り出している、報道機関・国民(一部の弁護士も含む)にもその責任はある。
2020-10-09 10:32:48以前のツイートから
挑発的な内容の記事等で無罪判決に対する批判が続くので,当たり前のことを確認しておきたい。 どんな人間であっても,人間でありさえすれば,その人権は保障されなくてはならない。 この「人間」を考えるときわれわれは,善良で共感できる価値観を持つ隣人を想定してはいけない。
2019-04-08 23:41:00反倫理的で多くの者から後ろ指を指され,善良な市民社会から忌み嫌われる,およそ誰も味方をしないような人間を想定しなくてはならない。 忌み嫌われる人間であっても,人間であれば当然にその権利を主張できるという点に人権の最大の意義がある。 忌み嫌われる者にこそ保護が必要だからである。
2019-04-08 23:41:01いったん,忌み嫌われる者には人権が保障されなくてもよいとなれば,人権の保障されない範囲は広がり続けていくことになる。 誰もが社会から忌み嫌われる存在となり得るからである。 あらゆる属性において,社会から疎まれない多数派に属することのできる人間はきわめて少ない。
2019-04-08 23:41:02誰かに刑罰を科すかどうかを決める刑事裁判においても同様である。 社会的な害悪が大きいことや,反倫理的行為であること,被害者が女性や子どもであること等を理由に,一部の犯罪については,不十分な立証であっても例外的に有罪とすることを許せば,その範囲は際限なく広がっていく。
2019-04-08 23:41:02刑事裁判において対峙するのは,圧倒的な力で被告人を処罰しようとしている国と,個人である被告人である。被害者が被告人と対峙しているわけではない。 被告人が3つ子の母親であっても,暴力団員であっても,世界的企業の元会長であっても,そして性犯罪事件の被告人であってもそれに変わりはない。
2019-04-08 23:41:03どんな事件であってもどんな被告人であっても,われわれは,同じ無罪推定原則の下で,同じ程度の犯罪の立証を検察官に求める必要がある。立証ができなければ無罪とならなければならない。 忌み嫌う一部の犯罪に例外扱いをすれば,必ずその例外の範囲は拡大する。
2019-04-08 23:41:03足利の4歳の女の子がわいせつ目的で誘拐され殺害された事件があった。 その事件では、被疑者段階の(強要された)自白があり、当時最先端の科学捜査とされたDNA鑑定結果という証拠もあった。被告人は否認したが有罪となり事件は確定した。再審で無罪となるまで17年半拘束され続けた。
2019-04-09 13:32:13これほど確かな証拠があるように見えた事件ですら、真実は無罪だった(あえてその無罪について言えば、灰色の無罪ではなく真っ白の無罪だった )。 この事件の第一審が今あって、勇気ある裁判官が無罪判決を出していたらどんな反応が起きるのだろう。 私たちは過去に学ばねばならない。
2019-04-09 13:32:13