終の戦1(#えるどれ)

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帽子男 @alkali_acid

しかし新しき神は、何かが欠けているのに気付いた。 「時の靭性は限界に達しつつある…存在を安定させる…冥府への道を開き、妖精の軍勢を導く…ダリューテを我が花嫁にする…だがつながらぬ…妖精は我が記憶を奪った…取り戻さなくては」

2020-10-12 21:24:06
帽子男 @alkali_acid

百万の時の精霊の視座を合わせ、冠の騎士が率いる精鋭をさまざまな角度から観察し、記憶を持っていないのを確かめる。 「これは…力を試す偵察…本隊はほかにある…呼び寄せねば」

2020-10-12 21:25:42
帽子男 @alkali_acid

忠実なる信徒である鏡の女王も同じ結論に達したようだった。 冠の騎士の似姿を鏡に写し取り、そっくりの声音で輝く湖のかなたに送り込む。言葉に籠る霊気さえもを完璧に模倣している。

2020-10-12 21:27:12
帽子男 @alkali_acid

やがて増援、いや本隊があらわれた。 大鷲の乗り手と白鳥の羽衣まとう乙女、丘と野と森より来った騎馬の勇士、雷を操る王と、風を操る帥。 「ダリューテ…」

2020-10-12 21:29:09
帽子男 @alkali_acid

敵軍の中の、雲をまといつかせて宙を舞う黒髪の美丈夫に、多くを忘れてなお心にこびりつく女の面影を読み取り、時の支配者は、奴隷に堕としたあとは即座に閨に引き入れる心を固めた。 百万の精霊の凝視を浴びた、風の司が急にぞわりとうなじの毛を逆立てて、警戒を強めるのも好ましく感じられた。

2020-10-12 21:31:36
帽子男 @alkali_acid

時の支配者は、教師であり奴隷である狂気発明者の薫陶にもかかわらず、もはや厳密に雄と雌を区別しなかった。 一度記憶を失って真に赤子のようになった神は育ち直す過程で、見目よい女はすべて、男であっても欲望に一致すれば分け隔てなく寵愛を注ぐようになっていた。

2020-10-12 21:34:07
帽子男 @alkali_acid

「あれを…我がもと…へ…」 だが戦場にはほかにも時の後宮に置くべき花があまた咲いていた。光の刃を打ち出す白鳥の羽衣の乙女等も、痺れの花矢を射る野の女騎士も。 ことごとく捕え、屈させ、遺物鑑定士に試した手管を用いて飼いならし、分身を孕ませ、さらに時の精霊の数を増す。

2020-10-12 21:37:24
帽子男 @alkali_acid

百万に倍する目と耳、鼻孔とが不意に、ひときわかぐわしい花があらわれるのを感じ取った。 気配を隠す隠れ蓑を脱ぎ捨て、赤みがかった肌に尖り耳のすらりとした乙女が、手に盃を掲げてあらわれる。 是非とも手に入れねばならなかった。神の供物にふさわしい美しさ。

2020-10-12 21:39:14
帽子男 @alkali_acid

しかしその襟元に隠れた灰色の羽飾りが目を引いた。 「記憶!!我が記憶を…」 時の支配者は襲い掛かった。だが乙女の放った忘却の呪文が再び重ねた一切を奪い取った。 それでも一体の分身が飾りをもぎ取った。

2020-10-12 21:40:56
帽子男 @alkali_acid

気付くと時の支配者はまた過去に戻っていた。 あれほど研鑽した武芸も軍略も魔法も学識も失っていた。 初めからやり直しだった。 神話にある永遠に終わらぬ冥府の責め苦のように。 「…冥府は…折り畳まれた世界」 ぽつりと神は口にした。

2020-10-12 21:42:57
帽子男 @alkali_acid

「なんだって?ガミ?また時間旅行でもしてきたの?」 そばで少年にしか見えない学究が尋ねる。何百何千とそうしたように。 「…冥府は折り畳まれた世界…」 「折り畳まれた世界?」 「精霊の故郷…」 「精霊?へえ…精霊が作られた場所ってことか。時間旅行ですごい情報を掴んだねガミ」

2020-10-12 21:45:16
帽子男 @alkali_acid

「…冥府への道を開き…妖精の軍勢を導く」 「いったいどうしてさ」 「…ダリューテを得る…」 「相変わらずだなあ」 時の支配者ガミエルは、狂気発明者ケロケル・ケログムに襲い掛かり、強姦した。本能のままに。

2020-10-12 21:46:55
帽子男 @alkali_acid

それからすべてをやり直した。またしても。 鏡の女王ティターネイアから臣従の誓いを受け、遺物鑑定士モックモウを玩具とし、三人の信徒から文武を学び直した。 百万の眷属が到着し、時の靭性が限界に達しつつあると告げた。 やっと意味が理解できた。

2020-10-12 21:48:31
帽子男 @alkali_acid

「時間の靭性は限界に達しつつある」 時の支配者は、気に入りの乙女を抱いたまま、淡々と述べた。 「妖精の騎士を篭絡し…冥府へ通じる門を開かせる」

2020-10-12 21:49:34
帽子男 @alkali_acid

分身が和す。 「冥府こそは折り畳まれた世界…かつて偉大なる種族が築いた帝国の首都たりし大地…精霊の故郷」 「折り畳まれた世界に到達し…時を遡り…唯一にして大いなるものによる破滅を防ぐ」 「しかして唯一にして大いなるものを廃棄し…我等時の支配者を正統なる時空の玉座につけるのだ」

2020-10-12 21:50:09
帽子男 @alkali_acid

「安定する…安定する…時間への負荷は解消され…空間の支配は獲得され…時の支配者の存在は確定する」 「始めよう…終(つい)の戦を…」 「唯一にして大いなるものに対する、最初で最後の戦いを…」 時の支配者は到達した。すべての答えに。

2020-10-12 21:50:46
帽子男 @alkali_acid

「冥府は、永遠に安定した時空の後宮となる。すべての時間と空間を越えて、我が肉と霊を喜ばせ、分身たる精霊を孕み、生み続ける乙女等を集めよう。ダリューテは最も多くを生み、最も多くの愛を受ける…時の精霊は億…兆…京…垓に達し、あらゆる力あるものの雌を奴隷とし…ほかを滅ぼし…」

2020-10-12 21:53:42
帽子男 @alkali_acid

「時の支配者こそが唯一にして大いなるものとなる」 ガミエルはモックモウの乳房を掴みながら莞爾とすると、また接吻を奪い、それから無造作に分身の群に投げ与えた。飢えた狼に子羊を餌として生きたまま放るように。

2020-10-12 21:55:15
帽子男 @alkali_acid

妖精の軍勢との三度目の戦いが始まった。 敵将たる冠の騎士との戦いは今度も実り多く、しかし結末は違った。 時の支配者は巨大な鉱蛆、空を舞う太陰蝕、奴隷の妖精からなる軍勢を手足のように操り、尖り耳の騎士達を狩り立てる間に、鏡の女王には、敵の攻め込んできた門を閉じさせた。

2020-10-12 21:58:15
帽子男 @alkali_acid

さらに時の支配者は、時の流れを止める呪文で一騎また一騎と、妖精の手練れを凍てつかせていった。魔法の盾で呪文を跳ね返す備えをしていたが、黒金の要塞にあった遺物の一つ、影の槍を使えばいかなる防具も破壊できたのだ。 冠の騎士は配下を失っても、戦意を途切れさせなかった。

2020-10-12 22:00:36
帽子男 @alkali_acid

「炎の守よ。もはや退くは能わず。ともに命を燃やし尽くし、戦場に倒れることこそ我等が最後の誉とならん」 "時を操る神に、忘れ得ぬ火の痛みを刻んでくれよう" だがガミエルは槍と鎚を下げ、ゆっくりと間合いを詰めた。 「我に降れ。妖精の将よ…我は冥府への道を開き、汝等を導くために在る」

2020-10-12 22:03:23
帽子男 @alkali_acid

騎士は耳を貸さぬようすで剣と槍を構え、最後の突撃をかけようとしたが、冠ははまった三つの宝玉に奇妙な瞬きをさせた。 "冥府への道だと" 「我が長き時の旅の間に、忘却の間(はざま)で啓示を得た。妖精の軍勢を冥府へ導くのだと」 "それはいつだ"

2020-10-12 22:05:28
帽子男 @alkali_acid

妖精の将は怒りを込めて炎と時の神のやりとりを遮った。 「カグツチ!!」 "まあ待てブナノエダ。こやつの話を聞くとしよう" 「私は言葉より戦いを望む!」 "俺に友と見込んだ男を縛めさせるな" 「馬鹿な!」 だが冠は持ち主の動きを封じつつ、さらに敵に先を促した。

2020-10-12 22:08:22
帽子男 @alkali_acid

ガミエルは厳かに告げた。 「あるいは…啓示を得たのは…汝等妖精の軍勢と相対した時であったやもしれぬ」 “こうして顔を合わせるのは初めてだが” 「我にとってはそうではない」 “なるほど。時を操る力のおかげか…では…見知らぬ神よ…御身に冥府への道を開くよう諭したのは…俺かもしれぬな”

2020-10-12 22:10:53
帽子男 @alkali_acid

「そうであるやもしれぬ」 “だが御身がその薦めに従う理由は?” 「冥府にいたれば、我は神としてさらなる高みへ至る。妖精もまた望みを達しよう」 “冥府に巣食う闇の軍勢は妖精の仇敵。やつらをことごとく打ち滅ぼせば、後顧の憂いなく狭の大地に再び根付くことができる” 「ならば我に降れ」

2020-10-12 22:13:36
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