終の戦1(#えるどれ)

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帽子男 @alkali_acid

冠が宝玉を輝かせる下で、騎士は剣と槍を握りしめ、噛んだ唇から血を伝わせた。 「カグツチ…御身に誉はないのか…」 “ブナノエダ。我等がここで討ち死にしても意味はない。時の神は結果を打ち消し、やり直すだけだ” 「ならばそこでも戦う」 “ああ…そうだな。恐らく…本物の俺はそうしただろう”

2020-10-12 22:18:04
帽子男 @alkali_acid

砕けた宝玉に潜む炎の神は己を嘲るように声なき声を紡ぎ、それから時の神に光を投げかけた。 “この敗北も俺が望んだというのか。よかろう。我が奴隷のもとに辿り着けるならば、時の支配者とやらを戴くもよい。今はな“

2020-10-12 22:18:55
帽子男 @alkali_acid

「それでよい」 “ただし…冥府に辿り着くまでだ。それに我が庇護のもとにある妖精を一人たりとも傷つけたり、辱めたりするのは許さぬ。御身が虜にした娘も、父のもとへ還してもらうぞ” 「…我が寵愛は無辺だ」 “神の寵愛がどんなものかはよく知っているとも。だめだな”

2020-10-12 22:21:16
帽子男 @alkali_acid

ガミエルは不快を露にした。 「妖精の乙女はすべて我がもの」 “陪神となるとても、主神にすべてを差し出すつもりはない” カグツチの言葉には危うい響きがあった。

2020-10-12 22:24:40
帽子男 @alkali_acid

時の支配者は焔の守としばし霊気を競わせたが、奥底に手強いものがあるのを悟った。 鏡の女王の助勢を得てもなお抑えきれるかは定かでなかった。しかし陪神に迎えれば頼もしくもある。 「冥府につくまで…汝を陪神としよう。炎の男神…しかしてその間汝の庇護下にある妖精を傷つけたり辱めたりせぬ」

2020-10-12 22:27:42
帽子男 @alkali_acid

“このブナノエダの娘も返せ” 「…あれは鏡の女王の依代。だがあの武勇と魔法は、冥府を制するにあたって有為。父と肩を並べて戦うならば望みに添うであろう」 “…冥府に辿り着くまでは、それでよかろう”

2020-10-12 22:29:42
帽子男 @alkali_acid

時の支配者は鏡の女王を呼び寄せ、新たな陪神たる炎の男神との取り決めを語った。 「ほう。炎の男神が宿る肉の器は、朕が宿る肉の器の父とな…なかなかあっぱれな戦士。我が閨に侍らせたいものよ」 “今は肩を並べて戦う時だ…鏡の女王よ”

2020-10-12 22:32:43
帽子男 @alkali_acid

時、炎、鏡の術が合わさり、篭絡と帰依と隷属の魔法が冠の騎士を縛り上げた。自害すらまなならぬように。 「呼び入れよ。妖精の軍勢を」 かくして不死の民の将兵は、神々の罠へと誘い込まれた。

2020-10-12 22:34:20
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ 「スラール。撤退を」 遠見の玉を覗いたロンドーは素早く傍らの親友に進言した。 狭の大地へ進攻してすぐ、ギリアイアとガラデナが肩を並べ、丈高い美丈夫の両脇に控えているのを観測したからだ。 「全軍!撤退!」

2020-10-12 22:36:46
帽子男 @alkali_acid

風の司の忠告に、雷の統(おさめ)は躊躇なく命令を下す。 至福の地にいる妖精が開いた輝く湖は、逆流して将兵を引き戻そうとする。

2020-10-12 22:38:08
帽子男 @alkali_acid

だが世界と世界をつなぐ魔法の門の働きは奇妙に停滞し、元通りにまた空と陸に騎士を送り出し始めた。 「…何を」 門のそばに黄金の蓬髪を獅子の鬣のごとく波打たせた裸身の巨漢が立っている。妖精離れした雄躯。 元は笑う戦神の力士で、炎の男神に帰依した祭司。

2020-10-12 22:40:46
帽子男 @alkali_acid

シノノメとかいう男巫。以前に神殿のまとめ役だったミドリカゼが病床についたとしてその座を襲った。周囲に宝玉だけを帯びた裸身の丈夫(ますらお)や乙女がいくたりもついて、呪文を唱えている。 「炎の神殿が裏切ったか」 「君の予想通りだな」

2020-10-12 22:43:21
帽子男 @alkali_acid

スラールの股肱である鷲の騎士が二騎、炎の神殿一派の排除に急降下する。 だがシノノメはからからと笑うと、二つの拳を打ち合わせた。 宙に漣が走り、鷲がたたきつける烈風を打ち消す。

2020-10-12 22:45:07
帽子男 @alkali_acid

力士は蹴り足で大地を破裂させて跳躍すると、猛禽の一羽の横面を撲り付けて、錐揉みさせ、反動でもう一羽の背から乗り手を蹴り落とす。 「雷!風!来るなら直に来い!闇の纏(まとい)が相手になるぞ」 吠えると同時に暗黒の闘気が裸身をおおおい、かりそめの甲冑を生み出す。 「あれは…」

2020-10-12 22:47:19
帽子男 @alkali_acid

「笑う戦神ソルハはもとは天の男神つまり冥皇の陪神…下位精霊でした…それが星の女神によって上位精霊、光の諸王の高みまで引き上げられましたが、闇の魔法をなお操るのでしょう。シノノメはソルハからあの術を学んだに違いありません」

2020-10-12 22:49:06
帽子男 @alkali_acid

「こざかしい!」 「スラール!あなたは総大将として全軍の混乱を収め、撤退を指揮して下さい。妨害は私が排除します」 「…ぐ…よし!任せたぞ我が友!」 森と山の王が鷲を舞わせて采配を送るのを置いて、書の杜の主は雲をまとわせながら、炎の男巫にまっすぐ向かっていった。

2020-10-12 22:51:45
帽子男 @alkali_acid

「おや。雷は連れず…お優しい先生一人で僕の相手がつとまりますか?」 「優しい?」 鎧兜に身を固めたシノノメの挑発に、アキハヤテは苦笑すると、かっと双眸を開いた。 無数の飛刀が魚の群のようにはためく長衣の周囲に浮かび上がる。

2020-10-12 22:53:58
帽子男 @alkali_acid

力士が五発の拳を撃ち込み、空を歪ませて衝撃を発するのと、書生が刃の竜巻を七つ襲い掛からせるのは同時だった。 耳を覆いたくなるようなおぞましいきしみをさせて、風と闇の魔法はぶつかり合い、互いを食い合った。

2020-10-12 22:56:05
帽子男 @alkali_acid

「こんなものですか…鬼屠りとやらは…しょせん下妖精」 シノノメは残念そうに呟くと、旋回しながら連続して蹴りを繰り出し、それぞれに小規模な破壊の呪文並の威力をまとわせて見えない礫を送り出す。 波の如くあふれる衝撃は傘のように開いて広がり、攻防を兼ねたぶ厚い幕を作り出す。

2020-10-12 22:59:21
帽子男 @alkali_acid

刃の竜巻はやみくもにぶつかってははじき返されるばかりで、まれに一本、二本と衝撃の幕を突破できるものもあったが、シノノメのまとう暗黒闘気の鎧にぶつかってむなしく地に転がった。 「さあそろそろ終わりにしましょう!」

2020-10-12 23:00:59
帽子男 @alkali_acid

シノノメが再び跳躍し、竜巻の源へと強引に突き進む。雨霰と浴びせてくる匕首をものともせず、とうとう目標に到達する。 「イヤアアアアア!!!」 二つの拳をまとめて打ち込む。大地の岩盤を毀ち、水没させるような、神々の業にも等しい威力。明らかに致死を狙った一撃だった。

2020-10-12 23:03:09
帽子男 @alkali_acid

またしてもおぞましいきしみが響いた。 今度は力士は瞠目する番だった。諸手が突っ込んだのは、人型の輪郭を作った刃の塊だったのだ。 「…ちいっ!!」 腕を引き抜こうとするが、がっきと飛刀の群は牙を閉じた顎の如く咥え込んで離さない。

2020-10-12 23:04:36
帽子男 @alkali_acid

「ぬあああああ!!!!」 裂帛の気合を発すると、衝撃の波で匕首の顎をこじあけようとするが、最前までの刃の竜巻と異なり闇の魔法を受けてもざわざわと風に木の葉が揺れるように振動を外へ広げていくばかりでばらばらになろうとしない。

2020-10-12 23:06:34
帽子男 @alkali_acid

鎧兜の力士を中心に、まるで血を流す獲物を見つけた鱶(フカ)の群の如く飛刀が螺旋を描いて集まってくる。 「なまくらで僕の鎧は破れませんよ…」 シノノメはうそぶくが、返事はなく、代わりに濃密な刃の竜巻が霊気の甲冑を削り始めた。初めは傷一つつかないが、しかし数は千にも万にも及ぶ。

2020-10-12 23:08:43
帽子男 @alkali_acid

炎の男巫はやっと悟った。 「僕の…力が尽きるまで…削り続けるつもりですか…気の長い…」 だが刃の竜巻は答えるように旋回の速さを上げ鋼の牙の量を増し、防ぐ側の消耗を甚大なものにしていく。

2020-10-12 23:11:06
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