艦隊を防空せよ、F-14開発物語(第一回)
- tebasaki_s
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これは困難を極めた戦闘機開発に、諦めること無く立ち向かっていった航空機技術者たちの物語である。(風の中のすばる~砂の中の銀河~
2011-07-15 22:48:18核攻撃を迎撃せよ
核爆弾が米ソ双方で実用化されると、米ソはそれぞれ相手に対して核爆弾をお見舞いする手段の開発と同時に自国を防衛するためにその迎撃に力を入れることになった。主たる目標は核爆弾を搭載して高速侵入してくる敵爆撃機。
2011-07-15 22:54:22通常の爆撃機と違う点はこれを迎撃する際には核爆弾の威力圏外、少なくとも自国領土から100マイル以上離れた地点で迎撃しなければならないと言う点。これに対処するために各メーカーは攻撃が探知された瞬間から高速で飛行し、遠距離でこれを迎撃出来る機体の開発に取りかかった。
2011-07-15 22:57:12この時の戦闘機設計っぷりは徹底していて、速度性能を得るために翼面積を縮小して、兵装を内蔵するなど徹底的に単一目的に特化した機体となっていた。縮小された翼は離陸に必要な長い滑走路が必要とされる。
2011-07-15 22:59:11ミサイリアー構想
どこから話を始めるかが問題だなあ。私だったら1950年代末ミサイリアの構想から始める。RT @FakeFalcon 【緩慕】F-14の話につきあってくれる人
2011-07-15 23:00:53しかし、長い滑走路を用意できない物もある。言わずと知れた海軍機である。小さな飛行甲板から運用される機体は発艦、着艦共に速度を限りなく低く抑えることが必要とされた。海軍機の設計に携わった人たちは逆転の発想を思い立つ。
2011-07-15 23:01:14速度が出せなくとも長い滞空時間と長大な射程があれば敵爆撃機を充分に遠距離で迎撃することが可能となる。この考えの基に空飛ぶレーダーピケット艦ことF6Dミサイリア及びイーグルミサイル計画が誕生した。
2011-07-15 23:02:48この計画は成功するように見え、F6Dは海軍に採用された。しかし、ここでF6Dの運命を変える出来事が起こる。言わずと知れたベトナム戦争である。当時の米海軍は水平線を越えて殺到する敵機を片っ端からつるべ打ちにする方針であったが、実際に起こった戦争は霧ともやのなかでの格闘戦だった。
2011-07-15 23:05:19計画キャンセル
もちろん、ミサイリアではこのような敵味方が入り乱れた戦場には対処できない。よって、海軍はミサイリア計画をキャンセルした。驚いたダグラス社は海軍に対して抗議する。開発はしたものの購入してもらえないのであるならば開発費の元は取れないから当然であるが……。
2011-07-15 23:07:13揉めたミサイリア計画は最終的にはマクナマラによってとどめを刺される。ここで海軍は新たにベトナムのような戦場にも対処出来る機体の開発を進めようとする。
2011-07-15 23:09:13Fleet Air Defender(FAD)計画はこうして始まりました。余談ですがこの計画名はF-14を再現した唯一と言えるフライトシムの名称になっていますね(^^; もっとどうでも言い話ですがミサイリア計画に参加したグラマン社の機体案は後にA-6イントルーダーになりました。
2011-07-15 23:13:31「やはり資料が必要です。」