破戒僧が魔物をおしおきする話。1

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江口フクロウ@眠み @knowledge002

勇者として生きるためなら、勇者として死ぬ。

2021-01-14 19:45:10
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「…予想通り、出してきたねぇ」 占い師は苦々しげに、いやそうでもなく包囲網を見渡して言った。 まず、四方に先程拐われたばかりの勇者パーティが四人分。 その隙間を埋めるようにもう四人、さらに状態の悪いのが四体分、もっと細かいのが一つか二つ。

2021-01-14 19:51:01
江口フクロウ@眠み @knowledge002

人質は箱に詰められて連れてこられた。 棺ではない、四角いのに詰め込まれ。 生きているのと死んでいるのとがないまぜになったのが我らが勇者たちを取り囲んだ。 砕かれ、刻まれ、齧られ、啜られ、謗られ、嘲られ、踏み躙られ。 充分に楽しまれた後と思しき人質を。

2021-01-14 19:56:57
江口フクロウ@眠み @knowledge002

ゴブリンたちはさも、「こうすると攻撃できないのだろう?」と言いたげに押し立てたのだ。 ゴブリンは人を罠にかけるほど賢い。 だが、加減を知らない程度にはバカである。

2021-01-14 19:59:52
江口フクロウ@眠み @knowledge002

魔法使いは即座に全て焼こうと思った。威力の調整は要らない、いくらか他の魔物を刺激したところで全部片付ければいい。 戦士は何とも思わなかった。相手の出方、そして味方の出方を伺いいつも通りに勝つ。 勇者は。

2021-01-14 20:02:18
江口フクロウ@眠み @knowledge002

痛んだ。 悼み、傷み、その心を軋ませる。 では僧侶は?

2021-01-14 20:03:53
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「悪意。憎悪。絶望。混沌。殺意。陵辱。侮蔑。背信。蒙昧。狂騒。」 「全て我が敵です。全てが我が仇。故に」 「おしおきのお時間でございます」

2021-01-14 20:10:15
江口フクロウ@眠み @knowledge002

背負ったケーンを抜く。 本来は魔法発動の触媒として使われるそれを、彼女はまるで剣のように地面へ突き立て。 「トーチャー・グリップ。鎖(チェーン)」 鎖を、呼び出した。

2021-01-14 20:15:21
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「なんと、あれは特記武装…!?」 「知っているのか戦士!?」 「うむ、あれは確か俺の初陣で見たのが最初…隊長が突然槍を天へ投げその名を呼ぶと敵へ雷が雨霰と降り注ぎ、隊長は「あーすまん。お前らの出番ないわ」と言い放った…魔法すら凌駕する形ある災厄。歴史の表舞台に登場すれば必ずその名

2021-01-14 20:19:54
江口フクロウ@眠み @knowledge002

鈍色に輝く幾条もの鋼鎖が、まるで蛇のようにゆらゆらと僧侶へ付き従う。 魔法使いは最初自分が焼いた方が早いと思い魔法を放とうとしたが、その前に鎖が動いた。 「申し訳ありません、魔法使いさま」

2021-01-14 20:23:38
江口フクロウ@眠み @knowledge002

ゴブリンもたかだか鎖を数本操るだけの手品に恐れ慄きはしない。 しないが、侮り嘲ったゴブリンから鎖の突撃を食らい蹴散らされていく。 包囲網をすり抜けながら奔る鎖は尋常でない速度と威力を備え主人の敵を効率的に打ち破る。

2021-01-14 20:33:37
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「…あー、そういうこと。頭上注意だな」 占い師がにやけたままに頭を下げた直後のことだ。 包囲網だったものが丸ごと宙へ跳ね上がった。 鎖に足を取られ宙吊りにされたゴブリンも。 箱詰めになっていた肉塊たちは宙でひっくり返り中身を空いた地面へぶちまける。

2021-01-14 20:38:19
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「…え?」 「みなさま。私、破戒の身であれ僧ですので殺生は不得手でございます」 「え、僧侶さん、なんで」 「回復もできぬ身では助けられるものも助けられません。では、命見送ることしかできないこの力及ばぬ身に何ができるか」

2021-01-14 20:40:37
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「道具の扱いには、心得がございます。ええ、私は僧なれば。悪しきに対し良きを説きましょう。わからぬなら、わかるまで」

2021-01-14 20:41:43
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「人間(ひと)をいたぶってはなりませぬ。人間(ひと)を殺してはいけなませぬ。人間(ひと)で遊んではいけませぬ。人間(ひと)に逆ろうてはいけませぬ。と」

2021-01-14 20:43:55
江口フクロウ@眠み @knowledge002

鎖が足を括られ宙吊りにされたゴブリンを主人の元へ運んでくる。細い足首にみりみりと音を立てて食い込むたびに漏れる悲鳴のなんと聞き苦しいことか。 「トーチャー・グリップ。燭(トーチ)」 次に呼び出したのはなんでもない燭台。蝋燭の先端に火が点いているだけの、なんの変哲もない火種。

2021-01-14 20:48:05
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「愉しみを知っているなら奪われる痛みも理解できましょう。ゆえに、悪意ある命に、痛みをもって教えとします」 それを、足を捕らえる鎖へ近付けた。

2021-01-14 20:50:22
江口フクロウ@眠み @knowledge002

ほんの数秒後、響き始めた絶叫はその場の命全てを震わした。全てのゴブリンが宙吊りにされたままにますます暴れ鎖が食い込む痛みに漏らす不満など忘れたかのように歯を鳴らし自分たちの足元へ浮かび上がる燭台を見てはよだれを撒き散らし涙を流ししかし赦しを乞う言葉を知らない身ではただ鎖を通して

2021-01-14 20:53:44
江口フクロウ@眠み @knowledge002

足を焼かれる恐怖に震える他なく反省する心を持たぬ身では肉が朽ちるか魂が毀れるまで続く責め苦を耐え抜くことは不可能でそれはつまり。 最悪。 人のように生かすは気はなく、魔物のように殺す気のない悪意が底にあった。

2021-01-14 20:57:04
江口フクロウ@眠み @knowledge002

森中に届くような悲鳴の合奏は、救われぬ命へ向けられた魂の葬送。 などという高尚なものでは決して無い。 砦の地下にまで響き渡る不気味な不協和音から目を背けるように、あるいは噛みしめるように一人の兵士が縮こまり耳を塞ぎ顎を震わしていた。

2021-01-14 21:05:11
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「帰ってきた…復讐が、帰ってきたんだ…」 と、うわごとのように、呟きながら。

2021-01-14 21:07:37
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