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「あの、ありがとうございました。戦士さま、勇者さまも」 「…僕?」 「ええ、あの時、咄嗟に拳を握り込んだのが見えたので…」 「……」 「勇者さま?」
2021-01-13 23:40:09「待て」 突然動きを止めた勇者に近寄ろうとするのを戦士が制すと、数秒様子を見て首を横に振る。 「死んでいる…恥ずかし過ぎたのだ…」 「え、ええ…?」 「男はね、女子に礼を言われると死ぬらしいわ」 「ええ…?」
2021-01-13 23:46:10まあ、そんな一幕もあったがなんとか無事任務に、 「緊急事態!!まだ出撃していない勇者部隊はいるか!?」 …出発できそうもないらしい。 顔を見合わせてすぐさま大声を張り上げる兵士のもとへ走り出した。
2021-01-14 00:04:25兵士が触れ回っていた緊急事態とはこうだ。 討伐に出ていた勇者部隊が捕縛された。 我らが勇者たちもすぐさま救出に出ようとしたがいかんせん森に来たばかりで土地勘がない。 「と、そこで俺の出番だよ」
2021-01-14 01:43:01出しゃばったのは先ほどの占い師だ。その後ろの方に他の面々も揃っている。 「…俺たちについて動け。そいつの占いと土地勘で探すぞ」 中でも一番ばつの悪そうな顔であちらの勇者は言った。
2021-01-14 02:01:44八人で森へ出る。 「けけけ。どっちも勇者じゃ書き分けに困るよなぁ」 「?何の話だ?」 「気にするな。こいつはこういう陰気なやつなんだ…斥候、どうだ」 先頭を歩く男、いやよく見れば背丈はともかく顔立ちはまだまだ少年に過ぎないが、森には最も精通しているのだろう。歩きながら耳を澄ます。
2021-01-14 08:11:21「…いやに静かだ。人間が四人捕まっててるのに、魔物も森も荒れてない。罠にかかったんだろ」 「罠…魔物がそんなに高度な罠を?」 「かける。あいつらならな」 「あいつらって」 「じきわかる。もうすぐ現場だ、構えろ新人」
2021-01-14 08:17:52「もう構えてます」 「…うるさい。騎士、後ろは任せたぞ」 「無論です。お嬢さん方は必ず守り抜きますよ」 「そっちの筋肉。前衛なら何が出てきても怯むなよ」 「ふふっ。照れる」 「今どこに照れる要素があった?」 「うちの筋肉、戦士って言葉を褒め言葉だと思ってるみたいで。へへ」
2021-01-14 08:29:39「ええいどいつもこいつも集中させろバカども!」 「「きゃっきゃっ」」 「殺す…必ず殺す…」 「リーダー黙って。もうすぐ現場」 「……ッ!!」
2021-01-14 08:35:11「……」 僧侶は列の中ほどで静かに周囲を観察する。 確かに森は静かで魔物の動きも少ないが、それでも穿って見れば少なからず痕跡はある。 そうして嗅ぎつけたのは、僅かだが確かな悪意の臭い。 彼女が最も嫌う忌むべき悪寒が背筋を走ると同時に「伏せて!!」
2021-01-14 09:30:35彼女を叫ばせ、少なくとも六人を救った。 四方から石礫が即席の部隊に降りかかったのだ。 遅れた騎士は盾で防いだが木に当たり跳ねた石が運悪く後ろ頭を打ち体勢を崩す。 「っつ、痛…!?」 ふらついて転ぶと今度は頭上から縄が投げ落とされ、くくって輪になった部分で首を締め上げると
2021-01-14 10:14:08その身体ごと森の奥へ引き摺っていく。 なんらかの仕掛けで巻き上げているのかかなりの速度ですぐに姿を見失った。 「騎士!?クソが…!」 「ちょっ、ダメだセンパイ!」 制止を振り切り後を追う自分の勇者を見て占い師はにやつきながら肩を竦める。
2021-01-14 10:56:18「参ったな。斥候ー、リーダーの後追いな。俺はこっちの援護」 一瞬逡巡する。が、すぐに少年も兄貴分を追って走り出し。 残ったのは我らが勇者たちと占い師。そして。 土気色の肌。細く汚らしい指。甲高く癪に触る声。
2021-01-14 11:00:04木陰から、茂った枝葉の間から、地面に隠した穴から。 ぞろぞろと魔物が五人を囲うように這い出てくる。 「この森には多種多様な魔物が配置されてるが、中でも人間をハメるような罠を仕掛けるのは大体こいつら。そう、ゴブリンだ」
2021-01-14 11:03:19ゴブリン。人に近い形をした、しかし明らかな悪意持つ人の敵。 各々手に持つのは折れた剣、ナイフなど小さな体に取り回しやすい得物と石礫や丸い玉。 「…あれは?」 「回復用の手投げ玉に毒を詰めたものです。大方人間からくすねたのでしょう」 「食らいたくないな…」 「でも、この数は…」
2021-01-14 11:10:12様子を伺う間にもどんどんゴブリンの数は増え包囲網は厚くなっていく。 「ふむ。集団戦法、と言うよりは」 「もしかして、確実に捕まえようとしてる?」 「正解。俺らを分断したのもそのためだろうね。けけけ」 「じゃあ、なんで行かせたんですか」
2021-01-14 11:16:04「んー?まあ、仲間として信頼はしてるさ。バカだけどね」 「うちのバカほどじゃないでしょ」 「俺は筋肉バカなのであってバカではない」 「もしかして勇者ってみんなバカなの?」
2021-01-14 11:46:06「まあ、状況を覆しうる手札はあるよな。なあ魔法使いさん」 「まあ、ね。詠唱は進めてるわよ。でも…」 最悪の事態を想像すれば、便利な広範囲殲滅魔法も役立たずになる。 無論、そういう悪い予想ほどよくあたるものだ。
2021-01-14 13:12:02それに、悪とはそれだけで最悪なものであり。 ここまではなんやかんやと余裕をかましてきた我らが勇者たちが、とうとう自分たちの相対していくものを目撃することになる。
2021-01-14 16:45:43正直なところ、魔法使いにはたとえ人質を盾に取られようが慈悲の心でもって一緒に焼き尽くす選択肢があった。自信でも覚悟でもなく。あくまで自分たちが助かるための、自分が奉ずる勇者のための選択肢。 彼女にとっての最悪とは勇者が死ぬこと。
2021-01-14 19:32:35戦士に現状を打開するような大技はない。だが仲間を逃す自信はある。彼は強く生まれた強い生き物ゆえに。 だから彼にとっての最悪は仲間が死ぬこと。自分は死なないから。
2021-01-14 19:38:54勇者はごく一般的な、将来は竪琴を抱えて弾き語る吟遊詩人になりたいと思いながら自作の詩を書き溜めていた少年だった。 小間使いで貯めた金で買った楽器の扱いはさっぱり上手くならなかったが、勇者になって初めて握った剣の扱いは誰より早く上手くなった。 だから彼の最悪は誰かを死なせること。
2021-01-14 19:43:43