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「私はオーエン・マロー殿の要請に応じ彼の竜殺に同道しておりました。嘘だと思うならあの後から姿の見えないオーエン殿にお尋ねください」 「嘘だ!オーエンはあの場にはいなかったぞ!」 「静粛に。…調書によればオーエン・マローはその時聖教都西の小村で竜殺を行っていたとある。本人も
2021-02-14 19:41:48そう証言をしたそうだ」 「本人に聞いたのではなく?はは、お笑い種ですな。裁判長殿に童歌などお聞かせしては黄金の郷を信じて旅に出てしまいそうだ」 反省。もう少し上手い言い回しもあったろうに、どうやらウェル自身頭に血が上っているのか、せっかく引き出した野次が上手く聞き取れない。
2021-02-14 19:49:58「静粛に。…その言は尤もだが、しかし事実として三人の尊き命は奪われた。自分でないとするなら下手人を誰とする」 「私以外にあるとすれば?そうですね…夜這いに来たエルフが闖入者に気を悪くして叩き殺したのでは?」 「エルフは実在せぬ。…審議はここまでだな」
2021-02-14 19:56:07審議。これが?ウェルは鼻で嘲笑う。 周囲は観劇でもするような高い傍聴席に囲まれ、正面にはまた一際高いところから裁判長と裁判官がこちらを見下ろす。 誰も彼もが口汚く同胞殺しを罵り、その黒毛を詰り、声を荒げ続ける。
2021-02-14 20:02:14「…戦場よりよっぽど勇ましい」 「今度こそ最後の機会だ。罪人クロムウェル・ラース。浄告を」 「私は無実です。吐き出す罪も受けるべき罰もない」
2021-02-14 20:06:51「彼は無実だ!!」 ウェルの背後、傍聴席の一番高いところから大音声が響き渡る。 そこに、騒ぎ立てる誰かがいた。 「皆は彼の誠実さを知らない!!」 いや全く誠実ではないが。 ウェルはなんとか声の元を見上げる。首が痛くなりそうだ。
2021-02-14 20:12:45「皆は彼が誰も行きたがらないような僻地で目もくれないような下位の竜殺を誰より多くこなしている!」 いや、下っ端だから勝手に派遣されてるだけだが。 その女は、白かった。
2021-02-14 20:15:07「私は彼を見てきた!多くの誠実さを私は知っている!決して、同じ騎士を殺める男ではない!!!」 殺ったが…。 その女は実直で、堂々としていた。
2021-02-14 20:21:55後に黒竜と忌み嫌われるウェルとは真逆の聖なる白い女は、白い鞘の剣を携えた彼女は。 「私は彼の無罪を、ちょっ、待て、何をする!まだ私の主張は、こらーっ!」 なす術なく、大勢の聴衆に担がれて連れ出された彼女は。
2021-02-14 20:25:55無論今のウェルにはそんなこと知る由もなければ助けられる義理もないが、しかし面白くなってきた。 彼女は聖教の三位枢機卿だかの娘なのだ。有名人過ぎて権力に縁のないウェルですら顔を知っている。 その地位に甘んじることなく一人の騎士として竜殺に勤しんでいるとのことだったが、好都合。
2021-02-14 20:35:16「裁判長」 「な、何か」 「浄告いたします。私が彼ら三人を殺めました」 聴衆がざわめく。 先ほどと違い口角が勝手に上がっていくのを感じる。
2021-02-14 20:37:27「今になって、それはどういう気の変わり方だ」 「胸を打たれました」 「は?」 「どなたか存じませんが、私をあれほど肯定してくださった誰かがいる。それだけで、私のこれまで全てが報われた思いです」
2021-02-14 20:39:03「どうか、早急な死刑を。あの方には申し訳ないが私の罪は確定し、その重さは間違いなく死刑に値します」 「だ、だが、それで良いというのか」 「無論です」
2021-02-14 20:42:20「くぅ…ぐぐぐ…」 「今にも胸が張り裂けそうだ…いや、それならいっそ自らの手で」 「待った!!!…この態度の変わりよう、何らかの事情があるものと考える。審議は…やり直しだ」
2021-02-14 20:45:44心の底から笑ったのは、随分久方ぶりだったように思う。 神聖な裁判場に響き渡るのは、先程まで罪ありきとして裁かれかけながら実質無罪を勝ち取った黒き青年の下卑た哄笑。 聴衆の沈黙は、悔しさからのものではない。
2021-02-14 20:48:42聖教の頂点に近い地位はもはや派閥を超えた絶対の存在である。 その高みから、聖なる者が罪人に手を差し伸べてしまったせいで。 この世にあり得ざる悪の誕生を目にした彼らは絶望する他なかったのだ。
2021-02-14 20:51:20