黒騎士が竜殺をする話。1

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江口フクロウ@眠み @knowledge002

「私はオーエン・マロー殿の要請に応じ彼の竜殺に同道しておりました。嘘だと思うならあの後から姿の見えないオーエン殿にお尋ねください」 「嘘だ!オーエンはあの場にはいなかったぞ!」 「静粛に。…調書によればオーエン・マローはその時聖教都西の小村で竜殺を行っていたとある。本人も

2021-02-14 19:41:48
江口フクロウ@眠み @knowledge002

そう証言をしたそうだ」 「本人に聞いたのではなく?はは、お笑い種ですな。裁判長殿に童歌などお聞かせしては黄金の郷を信じて旅に出てしまいそうだ」 反省。もう少し上手い言い回しもあったろうに、どうやらウェル自身頭に血が上っているのか、せっかく引き出した野次が上手く聞き取れない。

2021-02-14 19:49:58
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「静粛に。…その言は尤もだが、しかし事実として三人の尊き命は奪われた。自分でないとするなら下手人を誰とする」 「私以外にあるとすれば?そうですね…夜這いに来たエルフが闖入者に気を悪くして叩き殺したのでは?」 「エルフは実在せぬ。…審議はここまでだな」

2021-02-14 19:56:07
江口フクロウ@眠み @knowledge002

審議。これが?ウェルは鼻で嘲笑う。 周囲は観劇でもするような高い傍聴席に囲まれ、正面にはまた一際高いところから裁判長と裁判官がこちらを見下ろす。 誰も彼もが口汚く同胞殺しを罵り、その黒毛を詰り、声を荒げ続ける。

2021-02-14 20:02:14
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「…戦場よりよっぽど勇ましい」 「今度こそ最後の機会だ。罪人クロムウェル・ラース。浄告を」 「私は無実です。吐き出す罪も受けるべき罰もない」

2021-02-14 20:06:51
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「その通りだ!!!!!!」 ん?

2021-02-14 20:10:02
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「彼は無実だ!!」 ウェルの背後、傍聴席の一番高いところから大音声が響き渡る。 そこに、騒ぎ立てる誰かがいた。 「皆は彼の誠実さを知らない!!」 いや全く誠実ではないが。 ウェルはなんとか声の元を見上げる。首が痛くなりそうだ。

2021-02-14 20:12:45
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「皆は彼が誰も行きたがらないような僻地で目もくれないような下位の竜殺を誰より多くこなしている!」 いや、下っ端だから勝手に派遣されてるだけだが。 その女は、白かった。

2021-02-14 20:15:07
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「彼は他の誰より鍛錬に真摯だ!」 鎚は一から学び直しだったから仕方ないだけだが。 白い髪。切り揃えられた前髪。

2021-02-14 20:17:01
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「彼は鎧の手入れも丁寧だ!」 一応特注だし…。 目は燃えるように輝き、白い歯が眩しい。

2021-02-14 20:19:07
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「私は彼を見てきた!多くの誠実さを私は知っている!決して、同じ騎士を殺める男ではない!!!」 殺ったが…。 その女は実直で、堂々としていた。

2021-02-14 20:21:55
江口フクロウ@眠み @knowledge002

後に黒竜と忌み嫌われるウェルとは真逆の聖なる白い女は、白い鞘の剣を携えた彼女は。 「私は彼の無罪を、ちょっ、待て、何をする!まだ私の主張は、こらーっ!」 なす術なく、大勢の聴衆に担がれて連れ出された彼女は。

2021-02-14 20:25:55
江口フクロウ@眠み @knowledge002

後に白聖と呼ばれる若き日のリーシャ・ウェル・マルティーンその人であった。

2021-02-14 20:28:34
江口フクロウ@眠み @knowledge002

無論今のウェルにはそんなこと知る由もなければ助けられる義理もないが、しかし面白くなってきた。 彼女は聖教の三位枢機卿だかの娘なのだ。有名人過ぎて権力に縁のないウェルですら顔を知っている。 その地位に甘んじることなく一人の騎士として竜殺に勤しんでいるとのことだったが、好都合。

2021-02-14 20:35:16
江口フクロウ@眠み @knowledge002

彼女を連れ出した騎士たちの狼狽も面白かったし、どれ。 もうひと遊びするとしよう。

2021-02-14 20:36:00
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「裁判長」 「な、何か」 「浄告いたします。私が彼ら三人を殺めました」 聴衆がざわめく。 先ほどと違い口角が勝手に上がっていくのを感じる。

2021-02-14 20:37:27
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「今になって、それはどういう気の変わり方だ」 「胸を打たれました」 「は?」 「どなたか存じませんが、私をあれほど肯定してくださった誰かがいる。それだけで、私のこれまで全てが報われた思いです」

2021-02-14 20:39:03
江口フクロウ@眠み @knowledge002

目を瞑り、遠い天井を仰ぐ。 「この至福を胸に留めておける今の内なら、死ぬのも悪くない」 「…な」

2021-02-14 20:40:38
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「どうか、早急な死刑を。あの方には申し訳ないが私の罪は確定し、その重さは間違いなく死刑に値します」 「だ、だが、それで良いというのか」 「無論です」

2021-02-14 20:42:20
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「ぬ…む」 「どうか罰を!私は、あのお方の誠実に報いるために一刻も早くこの罪を雪がねばならない!」

2021-02-14 20:43:58
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「くぅ…ぐぐぐ…」 「今にも胸が張り裂けそうだ…いや、それならいっそ自らの手で」 「待った!!!…この態度の変わりよう、何らかの事情があるものと考える。審議は…やり直しだ」

2021-02-14 20:45:44
江口フクロウ@眠み @knowledge002

心の底から笑ったのは、随分久方ぶりだったように思う。 神聖な裁判場に響き渡るのは、先程まで罪ありきとして裁かれかけながら実質無罪を勝ち取った黒き青年の下卑た哄笑。 聴衆の沈黙は、悔しさからのものではない。

2021-02-14 20:48:42
江口フクロウ@眠み @knowledge002

聖教の頂点に近い地位はもはや派閥を超えた絶対の存在である。 その高みから、聖なる者が罪人に手を差し伸べてしまったせいで。 この世にあり得ざる悪の誕生を目にした彼らは絶望する他なかったのだ。

2021-02-14 20:51:20
江口フクロウ@眠み @knowledge002

彼の人生はここから好転を続ける。聖女の救済さえ超えて。

2021-02-14 20:55:30