ほらぱろ下書き

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げしお @geshi_dks

カバンからイヤホンを取り出すと、絡まったコードが顔を覗かせた。少しばかり癖がついてしまっているであろうそれを、けやきは慣れた手つきで解いていく。絡まりの消えたコードは、案の定緩やかな波を描いていた。む、と目を眇めたままイヤホンを耳につける。

2021-02-13 16:07:21
げしお @geshi_dks

気に入りの赤のイヤホンだったのに、と思うのもつかの間、周囲の雑踏がいくらか遠のいた。自然と、わずかにささくれだちかけた気持ちも和らぐ。けやきはこの瞬間が、この感覚が好きだった。

2021-02-13 16:10:11
げしお @geshi_dks

世界の音はこうも遠くに行ってしまうのに、目の前の風景は鮮明で輪郭なんてぼやけることはない。けれど自分を包む音が曖昧だと感じた途端、己の足元がふわと浮くような、むしろ自分の輪郭が曖昧になるような。

2021-02-13 16:26:47
げしお @geshi_dks

世界には己は認識されているのだろうか。現実とどこか別の場所の間に立っているような。そんな感覚にけやきは陥る。それが不思議と心地よいものに思えていた。

2021-02-13 16:29:47
げしお @geshi_dks

だからだろうか。そんな感覚を、曖昧な何かを好むから、自分にはよくないものが寄り付くのでは。 「けやき!」 遠のいた世界の中から、イヤホン越しにでもはっきりと届く声が思考を止めた。

2021-02-13 16:50:47
げしお @geshi_dks

「さき」 大きく腕を振りながら、さきが駆け寄ってきた。結われたみつあみが軽快に揺れる。 「ひ~、今日あったかいからちょっと走るだけでこの汗だよ」 「ほんとだ。ふふ、鼻の頭に汗かいてる」

2021-02-13 16:57:08
げしお @geshi_dks

「へへ……で、けやきもおつかい?」 「うん、そう。さきも?」 聞き返せばネギやら何やらが詰め込まれた袋を見せびらかされる。 何の予定もない日曜日。どうやら互いにだらけていたところを母親にスーパーへと駆り出させられたようだった。

2021-02-13 18:27:24
げしお @geshi_dks

*呼び方違うのでここから訂正*

2021-02-13 18:29:33
げしお @geshi_dks

「けやっぽい人いるな〜って見てたら、イヤホンはめて微動だにしないからどうしたのかと思ったよ」 からからとさきが笑う。暗にまた何かに憑かれたのか、と心配まじりの揶揄だった。 それもそうかとけやきは先程までの自分を思い返す。

2021-02-13 18:32:53
げしお @geshi_dks

イヤホンをつけてスマホを見つめたまま、自転車の前で微動だにしない人間。しかも無表情やら不満顔やら若干の百面相。何も知らない他人ならどうとも思わないかもしれないが、事情を知る者からすればまた何かあったのかと勘繰られるだろう。

2021-02-13 18:35:55
げしお @geshi_dks

「まあその感じだと何もないみたいだし、いっか!」 「そうそう、さきは考えすぎなんだよ」 「ふてぶてしいな〜!……で、あのさ」 さきが笑いながら、けやきの自転車のサドルを叩く。上目気味に見上げる目が何かを訴えてようとしていた。

2021-02-13 19:03:35