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ロシア人はとんでもない速さでシベリアを横断し支配したー『彼らはシベリアの大森林を流れる大河を航海した』

今までに気づかなかった視点。 「大航海」ならぬ「大航河」 _(:3 」∠ )_
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カオナちゃん!❤️¡kaona_chan! @koriuaca_USCA

ロシア史を調べていると、ロシア人はとんでもない速さでシベリアを横断し支配したことに驚かされるが、彼らはノコノコ陸を歩いたわけではなく、シベリアの大森林を流れる大河を航海して行ったのだと知ると、納得する。 彼らはまさに大航海時代の名に相応しい探検をシベリアで行った pic.twitter.com/JswfdNe0kn

2021-02-25 20:03:09
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カオナちゃん!❤️¡kaona_chan! @koriuaca_USCA

高い河川通航の技術を生み出し、内陸を「航海」できるロシア人は、シベリアへの進出を始めると、先住民の抵抗の少なさや広大で平坦な大地、ロシア国内の情勢も助けとなって、恐るべきスピードでシベリアを支配下に置いた

2021-02-25 20:09:02
カオナちゃん!❤️¡kaona_chan! @koriuaca_USCA

もとより東ヨーロッパがすでに河川の多い土地であり、ロシア人は河川と河川の間の陸路を引きずって歩くことを考えた小型の船で広大なヨーロッパロシアを、広大な森林の国であるにもかかわらず遮るものなどないかのように円滑に通航し、連水陸路では都市も発達するなど、ロシア発展の重要な要素となった

2021-02-25 20:07:00
イリューシン62 @gamo19171991su

@koriuaca_USCA 今までに気づかなかった視点。「大航海」ならぬ「大航河」。

2021-02-26 06:55:05
カオナちゃん!❤️¡kaona_chan! @koriuaca_USCA

これ、英語版Wikipediaから引っ張ってきた画像なのだけど、カザフスタンなどへの進出は遅れているが、とんでもないスピードで東進してるのがわかると思う 川から川へ、たまに北極海に出たりもして、そのうちにアラスカまでも。 pic.twitter.com/alUk7CtYtC

2021-02-25 20:24:01
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カオナちゃん!❤️¡kaona_chan! @koriuaca_USCA

シベリアへは征服者や、毛皮の商人やイヴァン雷帝などの本土の暴政から逃れたものまでも加わり急速に開拓され、オビ川などの先住民の公国も取り込み彼らはロシア貴族となり… ロシアがとんでもないスピードで征服を成し遂げたのは、多くの要因が絡み合ってるが、特に重要なものは河川交通だと思う。

2021-02-25 20:27:08
あらかわてすらYoshi Arakawa🇯🇵 @ArakawaPeil

@koriuaca_USCA ロシアの王朝はバイキングの子孫です、だから航海は得意。しかし、よく調べはりましたなあ、凄い、それは知りませんでした

2021-02-26 17:57:50
榛名提督/kome16 @yonepiku

@koriuaca_USCA ロシアという言葉の意味自体がボートを漕ぐ人という意味だったのはこのためだったんですね!

2021-02-26 14:51:45
廣屋♨️ @hiroyaonsen

ロシア(ルーシ)の建国も河川を遡って交易・略奪に精を出したヴァリャーグ(ヴァイキング)によるものだった。 シベリア征服の尖兵となったコサックも、ザポロージャ(ドニプロ川の瀬)・コッサクやドン・コッサクというように、河川交通との結びつきにより、交易・略奪で勢力を築いた。 twitter.com/koriuaca_USCA/…

2021-02-26 10:36:18
蜂巣裕人 @kotatsuroh

あっちの川って もうほとんど海だしなあ 日本とはいろいろと スケールが違う 瀬戸内海は大陸感覚だと 川だろーし(爆) twitter.com/koriuaca_USCA/…

2021-02-26 19:35:03
カオナちゃん!❤️¡kaona_chan! @koriuaca_USCA

これ、日本だとあんまり河川交通ってピンと来ないかもしれないけど、(淀川や琵琶湖は重要だが)、強大な国家はニジェール川のソンガイ帝国にシベリアの大河を制したロシア、巨大運河を作り上げた中国、ミシシッピ川や五大湖の巨大内水ネットワークを保有するアメリカと、やはり内水航路は重要に思う。

2021-02-25 20:29:50
Sunpaul @Sunpaul13

中国だと南船北馬と言うし、煬帝は大運河を建設したし、運河は重要。 まあ日本は国土が狭く、川も急流が多かったからな。海にも囲まれてるし河川より海運が重要だったからね。 twitter.com/koriuaca_USCA/…

2021-02-26 22:23:58
Garbage_Replier @GReplier

@koriuaca_USCA こういうことができるのも、シベリアが広大な平地で、川の流れがとても緩やかなので上流に向かって航行するのも大した手間でないし、別水系へ移るにも「分水嶺」を越える必要はなくて船を運びながらでも容易くできる平地の少しだけ高くなったところの移動をすればよいからですね。

2021-02-26 21:28:04
けっへる @ratnacitta

@koriuaca_USCA 日本の河川交通ですと、僕が知っている範囲では大坂の河川を利用して河内地方で栽培された野菜(青物)を大阪城傍の青物市場に輸送していたようです。 あと、よく聞くのは山奥で切り出した木材を河川に浮かべて下流に輸送するなど、たぶん、日本でも河川交通は盛んだったと思います。

2021-02-26 16:02:26
カオナちゃん!❤️¡kaona_chan! @koriuaca_USCA

@ratnacitta 北山村なんかは木材の運搬で有名ですね。 大規模で、時に征服活動や探検に繋がった大陸国家のそれと規模は異なりますが川あるところなら確かにどこでも行われますしね。 今では私の住んでる地域では多く見かけることは無くなっているので残念ですねぇ

2021-02-26 16:09:02
蘭蘭🌺🍵🔺 @Latelatos

日本も明治初期までは内水航路が発達していて、天竜川を伝って海から諏訪湖まで行き来できたってことを知ったときは、歴史感が180度くらい変わった

2021-02-26 10:29:09
文里 @wenly_m

@koriuaca_USCA 日本でも古代は内水航路が現代人が想像するより交通のメインルートだった。統一国家の都が飛鳥にあったのは大和川の水運の利もあり、関東地方は利根川沿いの集落から発達していったので、今の栃木県ではなく今の群馬県に当たる上野に都に近いことを示す「上」がつく。

2021-02-26 08:31:23
MI @MI62326183

@koriuaca_USCA @May_Roma 現在でも、日本は重量換算すると、国内物流の4割は船舶によるものと聞きました。(国際貿易では9割以上)やはり、船はコスパが良いのかな。

2021-02-26 18:53:46
Spica @Kelangdbn

高校の時世界史の授業1回寝たら次の授業でロシアが一気に大国になっていたのはこういうわけか(ウラル山脈以東に進出してからオホーツク到達まで50年ほど)。ただロシアの面積は実はそこまで大きくはないとメルカトル先生が言ってた。 twitter.com/koriuaca_USCA/… pic.twitter.com/MfVA3ieeh2

2021-02-26 10:46:34
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ナァルル @na_rururu_3

シベリアを陸路で横断(東西)するには2年掛かったらしいから。 雪解けで出発→途中で冬営→雪解けで出発→冬になる前に到着 だったそうで twitter.com/koriuaca_USCA/…

2021-02-26 20:25:18
👑笹と藻👑 @ZEKE0326_15

@koriuaca_USCA 馬乗ってひたすら走ってたわけじゃないのね…!

2021-02-25 20:06:03
カオナちゃん!❤️¡kaona_chan! @koriuaca_USCA

@ZEKE0326_15 彼ら、爆速で極東に行ったのにもかかわらず、中央アジアに行くのが遅れてるのを見るに、多分技術的な優位を遊牧民に得られるまでは、陸戦は苦手だったと思うんですよね

2021-02-25 20:19:23
カオナちゃん!❤️¡kaona_chan! @koriuaca_USCA

ロシアってやっぱり巨大な大陸国家の一面を感じるけど歴史を見るとロシア人は「航海する民族」でもあったことを感じさせられた 彼らは河川、湖を航海し、森の木を切り、船を作り、新たな川へと漕ぎ出してきた。 ルーシの地で学んだ河川交通の技術が、シベリアを多う「森の海」へと漕ぎ出させた……

2020-06-28 20:43:10
カオナちゃん!❤️¡kaona_chan! @koriuaca_USCA

そこの貴方!ムボテ!架空国家やってたりマイナー地域に詳しい(と思ってる人)です。 タイムラインの知能をスッと上げられるアカウントを目指してますが、言ってることは大体正確ではないので、あんまり間に受けないでくださいね。指摘など非常に歓迎です 基本どんなアカウントもフォロバしています。

コメント

はるやすみ @dandonban 2021年2月27日
後半は国内の河川流通の話だけど、関東も銚子や野田が醤油の街になったのは、遠くは岩手県からの大豆を海路でここに運び醤油にした後に、利根川水系を使って大消費地江戸に運べたからなのよね。あと大阪が天下の台所になったのも、米どころの北陸諸藩が年貢米を河川を使って日本海に、次いで北前船で大阪まで運び換金したから。
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IheY @kujira090 2021年2月27日
そういう意味で言えば、物流を支配することが世界を支配するということなんだろう。ところで、日本は世界規模の海運がないと生きられない国なんだよね。
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巫俊(ふしゅん) @fushunia 2021年2月27日
ロシア帝国より以前の時代の話ですが、シベリアでは、冬季に凍結した河が徒歩や馬での交通路になっていたとどこかで読んだ記憶があります。古代の遊牧民だと、クリミア半島に馬で「渡海」(氷結してる)して襲撃したスキタイの話があったはずです。
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OOEDO @OOEDO4 2021年2月27日
大黒屋光太夫は「そり」を使うことでスピードある旅をできたようですが
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Dally @Dally_Shiga 2021年2月27日
江戸時代の江戸は水路が張り巡らされていたし、そこから香取神宮・鹿島神宮を舟で巡るコースがちょっと豪華な旅行として人気だったようですし、さらに北浦から水戸方面に抜ける運河を作る構想もありました。だいたい大きな川沿いはよほどの暴れ川でもなければ栄えてるのは水運が重視されてたおかげなわけで。
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vandalise @vandalise7 2021年2月27日
植生や作物の適合度合いは緯度で決まるるため、横に長い国の方が単一の食物を作れるので有利って話を聞いたことがある。
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松江るとふ @MatzELTofu 2021年2月27日
シベリアやアラスカは広大な湿地湿原に覆われている部分も多くて、そもそも河川を使う以外に交通手段がない、ボートでないとアクセスできない場所も多い。 これが冬になると一変して水を含んだ平らな土地すべて果ては大河まで凍りつくのでどこでも自由に移動できるようになる。死ぬほどクソ寒いけど。
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緑川⋈だむ @Dam_midorikawa 2021年2月27日
シベリアの河川は南北に流れてるもんだと思ってたが、支流を入れると東西にも動けるものなんだな
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徳島の迷人 @tokusimantyu 2021年2月27日
土石流とかですぐに陸路が寸断される日本でも、内陸との交通は河川が基本だったんだよ。 宮本常一「川の道」などが詳しい。
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カエルのような生き物 千景ケロケロ @1000cage 2021年2月27日
かつて現在のウイグル自治区のあたりにいたカルムイク人が西へ引っ越してヴォルゴグラード近辺へ落ち着いたもののやはり父祖の国へ帰ろうと東へ旅を始めた その冬は暖冬でヴォルガ河が凍結しなかったので渡河できず一部取り残されたのが現在カルムイキア共和国の人々って聞いたな 河ってすごい
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カエルのような生き物 千景ケロケロ @1000cage 2021年2月27日
今のロシアが出来上がる前に存在したルーシカガン国やノヴゴロド公国に住んでいたのはヴァイキング ヴァイキングは小さな手漕ぎ帆船で河を移動しながらあちこち攻め回ったって言うからな あえて小型船を使って河が途切れたら担いで歩く機動性の高さ 彼らにとって河は陸上交通をせき止めるものではなく高速移動ルートだったのか
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神無月 @sanpai2929sii 2021年2月27日
dandonban 大陸の河川なら流れが緩やかだからなんとかなりそうだけど、流れの急な国内の河川はどうやって川を遡ったのか未だにわからないんですよね。普通に人力でひっぱりながら川岸を歩いてたんですかね?
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ひなぎく(じきに老人) @jikiniroujin 2021年2月27日
ここで言われている河川を島国日本の川の感覚で捉えると間違うんだろうな。 でもそれしか想像できないけど。
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ブラキストン線の向こう側 @cupsoup2 2021年2月27日
sanpai2929sii 明治期に作られた運河では、馬に引かせていたらしいですね。市町村の歴史写真に結構載っています
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はるやすみ @dandonban 2021年2月27日
sanpai2929sii 例えば最上川水系だと、(山形県)中山町と白鷹町の間は急流なので、荷は牛馬に乗せ換えて運ぶのですが、何年も運ぶと牛も弱ってきますので潰したそうです。で、もともと”芋煮”の具は棒鱈(乾燥鱈)だったのですが、明治に入り”四つ足”解禁でこの牛肉を使えるようになったので、この地域のは「牛肉・醤油味」の芋煮だそう。https://www.yamagata-takara.com/mogamigawa/totteoki_mogami-river/totteoki_nakayama
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はやし・しのぶ @Hirarinmac 2021年2月27日
sanpai2929sii 京都伏見と大坂の淀川で結んだ三十石船は下り10km/hで大坂に下り、上りは船頭と船引き人足によって5km/hで引いて上がったそうで。ちなみに船賃は上りは2倍超になったとも。
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Garbage_Replier @GReplier 2021年2月27日
文里@wenly_m さんの投稿の前段はその通りだと思いますが、後段については、上野国と下野国のどちらも東山道所属なのと、江戸時代以前の利根川は東京湾に流れ、現在の鬼怒川合流点~銚子に繋がっておらず、上野~下野の水路移動は遠回りだったので、陸路で繋がっていたのだと思います。
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gx9900 @GX9900GUMDAMX 2021年2月27日
兵站の問題から、軍事行動も河川沿いになるって話があったな。
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ざんせつ @zantenmori 2021年2月27日
sanpai2929sii 川の流れを利用して水車で縄を巻き上げたりもしてたような
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はやし・しのぶ @Hirarinmac 2021年2月27日
dandonban 北前船の全部の荷物を船で大坂まで運んでた訳では無くて、昆布など軽いのは福井県敦賀で降ろして琵琶湖北部の港まで運んで琵琶湖経由で大坂や京都まで運んでました。昆布加工が敦賀で見られるのはその為ですな。
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GGP_DDT(限りなく無色透明に近い戦慄のブルー) @ggp_ddt 2021年2月27日
「アメリカは西部開拓に幌馬車を使った。一方、ロシアは河川を使った」
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武装難民 @oratnuhss 2021年2月27日
本邦の河川交通の創作でもっとも日本人の印象に残ってるのは朝ドラのおしんが川舟で奉公に出る両親との別れのシーンではなかろうか。
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alan smithy @alansmithy2010 2021年2月27日
ggp_ddt アメリカの鉱山は水運に使える規模の河川がなかったみたいだからなぁ
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kilo @unioken 2021年2月27日
ロシアが水上飛行機、飛行艇に熱心なのは川や湖を飛行場に使う為? 装甲車なんか実用性、安全性に?がつく設計しても水上走行に執着していた。
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ゆゆ @yuyu_news 2021年2月27日
こういうの、地形までわかる地図と対照しないと見逃しがち。変な回り道がここに山脈があるからだねっていうのや、妙な近道が河川のおかげだったりするのはよくある。
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叢叡世Степин Будимир @kusamura_eisei 2021年2月27日
ルーシって船乗りという名前から来ているようだったな確か。
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ゆゆ @yuyu_news 2021年2月27日
.unioken 凍結した地域とか、溶けても湿地になる地域だとか、凍結具合が不明な海上も行けるっていうのは、足場の悪い地域が広い国では重要なんじゃないかな。
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inti @inti87913544 2021年2月27日
厳寒の土地でも水上生活する集団はいたのかしら。
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はやし・しのぶ @Hirarinmac 2021年2月28日
sanpai2929sii ちなみに琵琶湖疏水(大津~京都)は船を台車に載せてレールの上を電力で引っ張るインクライン式が取られてました(遺構(桜の名所でもあります)が京都市営地下鉄東西線蹴上駅付近に残されています)。
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きんぐ @stand_up1973 2021年2月28日
河川が凍る冬場は足止めされることになりそうだが、逆に凍結した上をそりで渡れそうだな。
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