難解映画『CURE』を解説してみた(ネタバレ有り)

黒沢清監督によるサイコ・スリラー『CURE』を解説してみました。 しばしば難解だとされつつも、多くの観客を惹きつけてやまない傑作映画です。 ※本編のネタバレを含みますので、未見の方はご注意ください。
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狂猫病 @kyobyobyo2

間宮による一連の催眠暗示の「被害者」たちに共通しているのは、高部と同じく、自らのペルソナに「本当の自分」を強く抑圧されている点だ 小学校教師・花岡徹とその妻・とも子は、かなり直接的に高部夫妻の鏡像として描写されている

2021-03-12 22:30:55
狂猫病 @kyobyobyo2

白里海岸で間宮と出会ったときの徹は、赤ペンとプリントの束を持っていることから、テストか課題の採点中であったと思われる 教師が職場から仕事を持ち帰るのはそれほど珍しいことではないが、冬の海岸を仕事場に選ぶのは普通ではない 徹にはできるだけ家にいたくない理由があったことになる pic.twitter.com/v7ITv1z1fm

2021-03-12 22:36:50
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狂猫病 @kyobyobyo2

家には病気の妻・とも子がいる もちろんこれは高部の妻・文江との対比になっている とも子が具体的にどのような病気であるのかは不明だが、徹は家に帰ればそれなりの世話や気遣いを要求される立場だ とも子がそのような気遣いを拒否するとしても、「良き夫」は「病気の妻」の面倒を見るべきだからだ

2021-03-12 22:44:04
狂猫病 @kyobyobyo2

高部と同様に、徹は「良き夫」としてのペルソナに拘っている しかし同時に「熱心な小学校教師」として、職場で片付かなかった仕事を自宅で処理する必要に迫られることもあったのだろう 二つの仮面の板挟みになって、やむを得ず帰宅前に浜辺で採点をしていた そしてそこで間宮に出会ってしまった

2021-03-12 22:50:01
狂猫病 @kyobyobyo2

高校の同級生で、恋愛結婚をした妻への愛情は偽りのない本物だろう しかし間宮を家に招き入れてしまったその瞬間、徹は幾ばくかでも妻を「煩わしい」と思っていたのは確かだ たったそれだけのことだったのだが、「邪教」によってペルソナを外された人間は、いともたやすく家族の殺害を実行してしまう

2021-03-12 22:52:33

大井田巡査と「堅物の後輩」

狂猫病 @kyobyobyo2

花岡夫妻が高部夫妻と相似形であるならば、大井田巡査も高部に通じるものを持ち合わせていることになる 大井田巡査が射殺する相手は後輩である同僚で、作中で呼ばれることのない設定上の名前は「田村」だ そして高部の名目上のパートナーであろう後輩刑事の設定上の名前は、「木村」となっている pic.twitter.com/kFHNk8XDdB

2021-03-12 22:55:50
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狂猫病 @kyobyobyo2

大井田巡査から田村巡査への憎悪については詳細が語られていないが、交番内での喫煙に関する描写を見るかぎり、堅物で規則にうるさい新米を大井田は疎ましく思っていたという類のものだと推測できる そして警察内の規則(掟)に対する反感が後輩への憎悪として表れる、というのは、実は高部に重なる

2021-03-12 23:00:18
狂猫病 @kyobyobyo2

物語前半の木村に対する高部の態度は、明確に冷淡だ 木村は所轄の警官たちへの指示や基本情報の収集、監視といった地道な作業を淡々とこなすのみで、事件の核心に迫るような相談を高部から持ちかけられることはない 状況の報告の際にも、高部からは「ご苦労だった」の一言すらない

2021-03-12 23:05:31
狂猫病 @kyobyobyo2

こうした態度はまず、高部が間宮に語ったとおり、警視庁捜査一課で受けてきた「教育」が反映されていると見るべきだ 刑事たちはたとえ家族の前でも、自身の感情を外に出すことが許されていない 同僚の前であればなおさら、ということだ

2021-03-12 23:10:15
狂猫病 @kyobyobyo2

揺れ動く感情を察知されることは、潜在的な敵対者の可能性を持つ他者につけこまれる隙となる 捜査一課の刑事たちは、それを身をもって知っている そして、そうした職場にいる高部は現状、「狂った女房」という致命的な弱点を抱えてしまっている

2021-03-12 23:17:41
狂猫病 @kyobyobyo2

オープニングや潮見町病院での捜査現場の状況を見てわかるように、高部は他の捜査員たちとほぼ交わることなく、孤立した行動をとっている 弱みを抱えた自分が同僚や後輩たちから侮られ、陰口を叩かれていることを悟っているからだ (実際に木村は間宮に対し高部の家庭事情を無配慮に話してしまった) pic.twitter.com/sD5x3rX4bN

2021-03-12 23:23:37
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二人の医師・佐久間真と宮島明子

狂猫病 @kyobyobyo2

高部は職場において孤立し、家庭を犠牲にまでした「有能な刑事」というペルソナすら維持することが難しくなってしまっている だから高部が真の相棒として頼りにしているのは同僚の刑事たちではなく、本来は警察外部の人間である精神科医・佐久間

2021-03-12 23:25:27
狂猫病 @kyobyobyo2

佐久間は、高部を「間」に挟んで、間宮と対称的なキャラクターとして描かれている 二人ともペルソナの奥にある「本当の自分」を見つけ出す専門家であり、それは家庭と職場で板挟みの現状にある高部が強く必要としている能力だ

2021-03-12 23:28:38
狂猫病 @kyobyobyo2

間宮が使うのは自他のペルソナを排除する「邪教」の話法であるのに対し、佐久間はあくまでも精神分析学という科学の言葉を用いて高部に協力する だから間宮と佐久間は「対称的」な立ち位置のキャラクターであると同時に、「対照的」な性格を持ってもいる

2021-03-12 23:32:01
狂猫病 @kyobyobyo2

佐久間は、高部が間宮に魅入られつつあることを理解しているため、しばしば高部を制止し、彼から間宮を引き離そうとする しかしペルソナとアイデンティティの危機にある高部は、「妻を殺害する(させる)」という考えに取り憑かれたまま間宮と直接接触し、「邪教」の思想と力に惹きつけられてしまう

2021-03-12 23:34:13
狂猫病 @kyobyobyo2

精神病院において間宮と対話したのち、バランスをとるかのように高部は佐久間に意見を求めている しかし、そこで佐久間の語る「極めて複雑なパーソナリティ」云々などという言葉は空虚な響きしか持たず、最終的に高部は「スクラム」を組むことを冷たく拒否する pic.twitter.com/p3ki1XMYb1

2021-03-12 23:41:51
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狂猫病 @kyobyobyo2

そしてこれは突飛な解釈に聞こえるだろうが、佐久間はおそらく同性愛者として描かれていると推定できる(少なくとも「潜在的な同性愛傾向」までは確定的だ) 愛情の対象はもちろん高部であり、所帯持ちのノーマルに対して実らぬ恋情を抱いていたと考えられる

2021-03-12 23:46:18
狂猫病 @kyobyobyo2

この解釈の最大の根拠には、宮島明子医師というキャラクターの配置がある 彼女の事件は、一見して高部に繋がる要素がやや弱い 花岡夫妻や大井田巡査の例からすると、彼らの事件の後に主人公と関係の薄い事件が挟まれているのは、構成上やや不自然だ

2021-03-12 23:52:10
狂猫病 @kyobyobyo2

宮島明子の職業が「医師」であることに着目するべきだろう 高部に深い繋がりのある「医師」といえば、それは佐久間の他にはいない 仮に宮島と佐久間が作劇上で対になる関係だとすれば、二人の間には何らかの共通点があるはずだ

2021-03-12 23:55:52
狂猫病 @kyobyobyo2

宮島医師が間宮につけこまれた原因については、 ・日常的に男性患者から性別を理由とした侮りを受けて憤懣が溜まっていた ・医学生時代に「女のくせに」と馬鹿にされた経験があった ・解剖実習で男の死体を切り刻む行為が彼女の密かなサディズム傾向を満足させた といったことが挙げられる

2021-03-12 23:57:45
狂猫病 @kyobyobyo2

佐久間の内面に「男のくせに」と周囲から侮られる要素──つまり「同性愛傾向」があったと仮定すると、『CURE』が描いている葛藤の多くに綺麗な説明がつくのではないか まず佐久間は自身の性指向がコンプレックスであり、自分でも不可解なその心の動きを解明するために精神医学を志したと考えられる

2021-03-13 00:04:18
狂猫病 @kyobyobyo2

佐久間の愛情の対象である高部が家庭と職場において孤立気味の状況は、彼にとって理想的なものだったと言えるだろう 本来は部外者であるはずの佐久間を捜査現場や取調室に同行させ、勤務時間中にも頻繁に意見を求めに来ては「こんなことお前にしか聞けないんだ」とまで頼りにしてくれている

2021-03-13 00:08:24
狂猫病 @kyobyobyo2

文江の病気についても佐久間は知り合いの医師を紹介しており、そのことで誰よりも深い繋がりを高部と持つことができている 事件の所轄署から応援を要請されても、佐久間は絶対に警視庁から、高部の「相棒」という立場から離れようとはしないはずだろう

2021-03-13 00:13:02