難解映画『CURE』を解説してみた(ネタバレ有り)

黒沢清監督によるサイコ・スリラー『CURE』を解説してみました。 しばしば難解だとされつつも、多くの観客を惹きつけてやまない傑作映画です。 ※本編のネタバレを含みますので、未見の方はご注意ください。
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狂猫病 @kyobyobyo2

この理想的な状況を崩す存在が、高部を「邪教」に誘惑する間宮だ 佐久間が高部から間宮を引き離そうとするのは純粋に相棒の心身を案じているためでもあるが、自分にとっての「理想郷」を守ろうとする心の働きゆえでもある

2021-03-13 00:14:41
狂猫病 @kyobyobyo2

したがって第二幕の後半、高部の心が自分から離れつつあることを悟った佐久間は強い焦りを感じる 手がかりを欲するあまり精神病院内の間宮に会って暗示をかけられ、「悪魔」に変貌した高部の幻影を見る さらには「教祖」伯楽陶二郎の存在を高部に察知させるという、取り返しのつかない失策まで犯した

2021-03-13 00:19:00
狂猫病 @kyobyobyo2

間宮によって催眠暗示をかけられていることが明らかになり、佐久間は自分が途轍もなく危険な時限爆弾に変貌していることを悟る 「儀式」を受けた人間がたやすく殺人に踏み切ってしまうのは、これまでの「被害者」の例を見てきた佐久間には既知の事実だ

2021-03-13 00:21:26
狂猫病 @kyobyobyo2

殺意の向かう先は、決して報われることのない愛情の対象──高部に間違いない 最悪の未来を予感した佐久間は自分を手錠で拘束し、喉を切り裂く しかし皮肉なことに佐久間がそうまでして守ろうとした高部はすでに、かつての相棒の死の報せを受けても、一切の表情を変えない段階まで来てしまっていた

2021-03-13 00:24:59

妻・文江の病と願望

狂猫病 @kyobyobyo2

高部が「邪教」に引き込まれることになる第一の要因は、妻・文江の精神病だ オープニングにおいて一瞬だけ映るカルテの病名欄には「Schizophrenie」とある ドイツ語の発音でシゾフレニー、英語で言えばスキゾフレニア、つまり「統合失調症」pic.twitter.com/Hwtxn4jL6Y

2021-03-16 23:18:33
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狂猫病 @kyobyobyo2

統合失調症がどのような病理をもち、いかなる症状を示すのかについて、ここでは差し控える が、文江の病状が悪化した主な原因が夫・高部賢一との関係にあるというのは、作中の描写を追っていくことで読み取ることができる

2021-03-16 23:21:55
狂猫病 @kyobyobyo2

まずオープニングにおいて、担当の精神科医は文江に『青髭 愛する女性(ひと)を殺すとは?』という本を読ませている この本の著者は、ヘルムート・バルツというユング派の精神医学者だ (「ペルソナ」も本来はユング心理学の用語) pic.twitter.com/HqeDEeHDbb

2021-03-16 23:26:34
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狂猫病 @kyobyobyo2

この本は、「男性性によって抑圧される女性性」を『青髭』の物語になぞらえて考察したものであり、その抑圧は個人の内面、家庭、社会といったあらゆる単位において見られるというものだ 内容についてはutto氏のブログutto.hatenablog.jp)にて要約されているので、興味があれば参照してほしい

2021-03-16 23:31:59
狂猫病 @kyobyobyo2

ざっくりと言い切ってしまうと、この精神科医はおそらく、文江の病因が「夫・高部賢一による抑圧」にあると睨んでいるということだろう 精神科医が患者にこのような本を読ませるのは、自分の病因を客観的に把握させる目的以外には考えにくい

2021-03-16 23:36:46
狂猫病 @kyobyobyo2

高部は凶悪犯罪に対処する捜査一課という職場の特性上、極度に研ぎ澄まされた「男性性」を要求されている 高部が本来持っているように思える優しさ、穏やかさといった「女性性」(語弊のある表現だが、ヘルムート・バルツの考えに合わせる)は、職場において「悪」とされ、彼の内面で抑圧されている

2021-03-16 23:40:48
狂猫病 @kyobyobyo2

抑圧された高部の個人的な歪みは、家庭生活において高部自身も無意識のうちに表出し、文江を抑圧することになる つまり「夫(男性性)が妻(女性性)を抑圧する」という、高部の内面と家庭生活における相似形だ

2021-03-16 23:45:17
狂猫病 @kyobyobyo2

文江が抑圧されていることは、『CURE』作中の描写を注意深く追っていかないと少々わかりにくい 文江の望みは抑圧から解放されることであり、それはすなわち「家の中」から「外」へと出ていくことだ

2021-03-16 23:52:24
狂猫病 @kyobyobyo2

文江の「外に出る」願望は、高部から「旅行」を提案されて以来、すっかり夢中になってしまっている様子の描写が最もわかりやすいものだろう また、昼間の文江は自宅で外国語の勉強をしてもいる

2021-03-17 00:41:31
狂猫病 @kyobyobyo2

序盤に街中で迷子になる短いシークエンスにおいても、文江は「橋」を渡りかけては引き返している 中盤の迷子シーンで文江が行き着くのは、海が見える階段の上だ いずれにしても文江は、自分が今いる場所の「外」に目が向いていることがわかる pic.twitter.com/gnXEnLEwrr

2021-03-17 00:47:42
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狂猫病 @kyobyobyo2

文江の願望は「外」へ出ることだが、夫への愛情あるいは怯えによってなのか、ためらいが生じている だから文江は、外出のたびに迷子になってしまう 家の中では、夫の知らない栓抜きの在り処もすぐにわかるのに、外では意志をもって一人でどこかに行くことができなくなっている

2021-03-17 00:49:30
狂猫病 @kyobyobyo2

中盤の迷子のシーンにおいて、高部は文江に「買い物は俺がするから(家にいろ)」と告げているが、これは無意識的な抑圧の一例だろう 「家に閉じ込められた妻」の姿は、シャルル・ペローの『青髭』の若妻を連想させるものだ ゆえに文江は、読んだことのない『青髭』の物語を知っている気になっている

2021-03-17 00:54:44
狂猫病 @kyobyobyo2

高部が不意に提案する「旅行」は、二人にとって理想的な「治療」となったに違いないだろう 高部がすべきだったのは、すぐに迷子になる妻を家に閉じ込めておくことではなく、見守りながらともに外出することだったはずだ

2021-03-17 00:58:36
狂猫病 @kyobyobyo2

間宮の部屋を捜索した直後、高部は文江の首吊り自殺を幻視する このときの高部は、携帯電話での佐久間との通話後、一見脈絡のない連想を始めた 携帯電話の電子音 → 猿の鳴き声 に閉じ込められていた自宅に一人でいる文江 浴室に縛りつけられた猿の死体 → 居間で首を吊っている文江の死体

2021-03-17 01:02:39
狂猫病 @kyobyobyo2

なぜ猿から文江を連想するのか それは高部自身が、文江を家に閉じ込めていることへの自覚を潜在意識に持っているからだ 同時に自分が「妻の死」を無意識に望んでいることを明確に突きつけられ、「邪教」と間宮に高部が強く惹きつけられていく一つの契機にもなっている

2021-03-17 01:03:56

「伝道師」間宮と、高部の変貌

狂猫病 @kyobyobyo2

「邪教」の伝道師である間宮の当初の目的は、その「儀式」によって、自らのペルソナに苦しむ人々を「救済」することだ 少なくとも桑野一郎による売春婦殺害事件までは、間違いなくそうだったはずだ しかし白里海岸で花岡徹と出会ったことを契機にして、彼の目的は微妙に変化している

2021-03-18 23:58:35
狂猫病 @kyobyobyo2

花岡宅で間宮は「ザーッていうの…あれ、なんの音?」と徹に尋ねた 徹は「波の音です」と答え、間宮は一応、納得したような表情を見せる だが実際にこれは、高部の頭の中で四六時中鳴り響いている洗濯機の作動音と見るべきだろう 高部を常に悩ませる心象風景の音が、遠く離れた間宮を感応させている

2021-03-18 23:59:59
狂猫病 @kyobyobyo2

この感応に従って間宮は行動し、白里海岸から潮見町交番、病院と居場所を変え、徐々に高部へと接近していく 当初は行くのを嫌がっていた警察にも、結果的にその手を借りたことになる 高部もまたこの間宮の接近を敏感に察知し、眼の色を変えて彼の存在を探る

2021-03-19 00:03:38
狂猫病 @kyobyobyo2

なぜ高部はここまで、間宮と「邪教」に対するこだわりを見せるのか それは「邪教」こそが自分の内部にある「黒い」感情を解放させてくれる唯一の存在だということを、高部は本能的に理解しているからだ 作中で「救済」を最も強く渇望している人物、それが高部だ

2021-03-19 00:05:47