イエス・キリストは馬小屋で産まれたのではない?聖書や外典に書かれてある文書を元に、元・青学教授が解説

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高橋達史 Tassi Takahashi @konijnenhofje

キリスト教図像学の講義では「イエス・キリストは馬小屋で生まれたのではない。くれぐれも〈厩戸皇子〉と呼ばれた聖徳太子の伝説と混同しないように」といつも念を押してきたのだが、教養人にもこの誤解を免れていない方がおられるのを昨日知ったので、この論題について連続ツイートすることにします。

2021-08-29 18:55:19
高橋達史 Tassi Takahashi @konijnenhofje

新約聖書の中でキリスト降誕時の事情に言及しているのは『ルカによる福音書』(2章)のみ。「彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、 初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。 」 飼葉桶の置き場所については記載がない。

2021-08-29 19:00:38
高橋達史 Tassi Takahashi @konijnenhofje

中世~ルネサンス期にこれに劣らず親しまれていた新約外典『ヤコブ原福音書』では、①産気づいたのはベツレヘム到着の直前の荒野、②マリアは近くの洞窟に入る、③ヘブライ人の産婆を近くで見つけたヨセフは一緒に洞窟に戻る、④イエスはそこで生まれる、など『ルカ福音書』の記述と異なっている。

2021-08-29 19:07:05
高橋達史 Tassi Takahashi @konijnenhofje

どう考えても「飼葉桶」と「洞窟」は両立しないのだが、双方の記述を重んじようとした画家たちは、「岩山に穿たれた洞窟の中に飼葉桶が置いてあり、その傍らに出産を終えたマリアが横たわっている」という折衷案を採用した。参考図はビザンツの例、アテネ近郊ダフニ修道院のモザイク(1100年頃)。 pic.twitter.com/AbfIJewLRZ

2021-08-29 19:17:31
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高橋達史 Tassi Takahashi @konijnenhofje

ジョットと並んでイタリア・ルネサンス絵画の原点に位置するシエナ派のドゥッチョ(Duccio)も大作《荘厳の聖母(マエスタ)》(1308~11年)の中の降誕図においてこの折衷案を継承しており、この伝統は15世紀まで続いていった。 pic.twitter.com/kG25puFffg

2021-08-29 19:20:26
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高橋達史 Tassi Takahashi @konijnenhofje

中世~ルネサンス期の絵画に詳しい人が「降誕の場」を馬小屋(もしくは家畜小屋)と誤解しがちなのは、幼子イエスを見守り暖かい息を吹きかける牛とロバが必ず描きこまれるからだが、動物たちはヨセフが連れてきたもので、マリアはロバの背に乗ってやって来たのだ。もとものここにいたわけではない。

2021-08-29 19:24:18
高橋達史 Tassi Takahashi @konijnenhofje

身重のマリアの乗り物だったロバだけでなく牛の方もヨセフが連れてきたという(それしかない)解釈に基ずく作例を2つ。①は『オットー温和公のプレナリウム』(1339年)の彩飾《ベツレヘムへの旅》、②はピーテル・ブリューゲル1世《ベツレヘムの戸籍登録》(1665年)の部分図。 pic.twitter.com/iaXXoCGtli

2021-08-29 20:24:16
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高橋達史 Tassi Takahashi @konijnenhofje

しかし何故牛まで連れてきたのか。『黄金伝説(Legenda Aurea)』の著者ヤコブス・デ・ウォラギネはこう説明している。「たぶんそれを売って、その一部を自分とマリアの人頭税にあて、残りを生活費にするためであったろう。」(前田敬作&今村孝訳)。確かに続くエジプト逃避の場面に牛は登場しない。 pic.twitter.com/Z5uiOaCy4s

2021-08-29 20:37:34
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高橋達史 Tassi Takahashi @konijnenhofje

《聖家族のエジプト逃避》の一例として掲げたのはロレンツォ・モナコの作品(元来はプレデッラ=祭壇画の副次的小場面;14015-10年頃、リンダウ、アルテンブルク美術館)。後続の2女性は『ヤコブ原福音書』の記述に基づく助産婦さんたち。彼女たちの手助けがないと産後のマリアとヨセフは大変すぎる。

2021-08-29 20:44:24
Mina @mmmiriammm3

Pseudo-Matthäusevangelium (6世紀頃にラテン語で書かれた外典)だと、イエスの誕生の3日後にマリア様は洞窟から出てきて、家畜小屋へ入り、イエスを飼い葉桶の中に寝かせた…という記述になっていた。手元に本があったのでつい気になってしまって。 pic.twitter.com/8twEs0wLKx

2021-08-30 17:40:56
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高橋達史 Tassi Takahashi @konijnenhofje

「洞窟」と「飼葉桶」を何とか両立させるための初期の解決策ですね。これが「家畜小屋」が登場する最も早い文献なのかな。大いに勉強になります。twitterの有難味を噛みしめているところです。 twitter.com/mmmiriammm3/st…

2021-08-30 18:03:31
片山 幹生 @camin

中世に流布していた外典の存在も頭に入れておいたほうがいいということか。典礼劇やその他の宗教劇のソースを考える上でも。 twitter.com/mmmiriammm3/st…

2021-08-30 20:45:50
高橋達史 Tassi Takahashi @konijnenhofje

Historian of Western Art 17世紀オランダから出発したものの、遠洋航海を続けるうちに領土は自然消滅、寄港地の当てもなく「さまよえるオランダ人」状態で13~15世紀界隈を彷徨中。 美術、音楽、演劇、映画の研究者たちの接着剤として少しでもお役に立てれば嬉しい限りです。

リンク researchmap.jp 高橋 達史 (Tatsushi Takahashi) - マイポータル - researchmap researchmap is an information sharing platform for the researchers. researchmap is provided by Japan Science and Technology Agency.

知らなかった

どろあし @miomaru

そうなんだ! 完全にキリストは馬小屋で生まれたと思い込んでいた。 気を付けよう。(何を……) twitter.com/konijnenhofje/…

2021-08-30 19:06:02
kozo @kozotasaka

「イエス・キリストの降誕地は馬小屋ではない」 幼少時にプロテスタント教会で教わったのは馬小屋。 ギリシャ正教会では洞窟、カソリックでは(家畜)小屋との描写が主流か。 ベツレヘム生誕教会入り口には「2000年前に馬小屋として使われた洞窟」がありここで降誕したとも。 twitter.com/konijnenhofje/…

2021-08-30 20:43:03
と⭐️てくのん @Toteknon

当時のユダヤでは馬は軍馬としてしか用いられず、庶民や荷物を乗せるのはロバということもあるのかもしれない。 / htn.to/3PLL55sr6w

2021-08-30 19:57:26
ミラドール丁稚さん@ドール衣装工房! @MILADOLL_decchi

ここらへんおもしろいですね。 京産大の平塚徹さんがまとめた文章から、 cc.kyoto-su.ac.jp/~hiratuka/essa… ・stable→馬小屋誤訳説 ・いや、どうもキリシタン時代の誤伝が原因らしい というのがあって、なかなか参考になります。 twitter.com/konijnenhofje/…

2021-08-30 18:37:56
リンク www.cc.kyoto-su.ac.jp stable 1 user 96
sophizm @sophizm

そうだったんだ。でも昔、クリスマスにヨーロッパ(たぶんイタリア)行ったときには、教会の外に馬小屋(みたいな)やつの中にマリアとキリスト、その傍らに三賢者、みたいな実物大の模型が展示されているのを、2-3回見た気がするんだよな……。 twitter.com/konijnenhofje/…

2021-08-30 18:25:05