岡山急行電鉄は山陽電鉄の夢か?

3
前へ 1 ・・ 3 4
MuskaShota @MuskaShota

それを裏付けるように1966年の県勢振興計画では、新山陽道と国道2号線バイパスを串刺しに「キ」の字になるように、中国横断自動車道&瀬戸中央自動車道が山陰から四国まで一直線に伸びている。これが本来の構想なのだろうか。となるとあの謎の高速道路は、中国横断自動車道の初期案ということになる。 pic.twitter.com/w8tqa8HzNv

2021-05-16 20:09:34
拡大
MuskaShota @MuskaShota

これらを踏まえた上で考えると、百万都市構想における環状高速道路計画は、現在の山陽自動車道や瀬戸中央自動車道、岡山自動車道として形を変えて実現している、といっても過言ではないだろうか?

2021-05-16 20:10:34
MuskaShota @MuskaShota

そうやって一通り展示品にじっくり目を通して、百万都市構想の始まりから終わりまで、凡その全容は掴めてきた。とはいえ本来の目的は岡山急行電鉄の計画の詳細であり、まだ解明されていない謎がある。それに実際に展示品を見た上で、また新たな疑問が浮かんできた。 pic.twitter.com/hPtxPnijpX

2021-05-16 20:13:07
拡大
拡大
拡大
拡大
MuskaShota @MuskaShota

何か手掛かりがあるかもしれないと思い、2階にある資料室に足を運んでみる。とはいえ閉館まで1時間。背表紙を見て取り敢えずこれだと思うものをいくつか選ぶ。目次に交通や都市計画など、それらしき単語を見つけては、手当り次第にページをめくった。その結果、いくつかの事実が浮かび上がってきた。

2021-05-16 20:14:26
MuskaShota @MuskaShota

昭和16年に起草された水島地区の都市計画を、倉敷市との合併に伴って昭和29年に変更した際の資料である。その中の計画の基本方針に「山陽急行電鉄」という、これまでの資料には存在しかった鉄道会社名が出てきて、思わず目を疑った。もちろんこれはこの世に存在しない鉄道会社である。 pic.twitter.com/7qsibsOROw

2021-05-16 20:14:59
拡大
MuskaShota @MuskaShota

「周辺農耕聚落地の改良、其の他『山陽急行電鉄』等の新規交通機関の計画をもとり入れること」「旧市街地の交通改善並びに『山陽急行電鉄』等の計画をも考へ、新街路を設ける」と書かれている。一応誤植も考えられたが、2ページ続けて同じ会社名が書かれているので、どうも正しいように思える。 pic.twitter.com/8InUBDoB37

2021-05-16 20:16:01
拡大
拡大
MuskaShota @MuskaShota

この時代の岡山急行電鉄計画は山陽電鉄が主導していたので、鉄道会社名も山陽電鉄の延伸構想の一環として、岡山急行電鉄ではなく山陽急行電鉄として書かれていたのかもしれない。それにしても架空鉄道で考えていた鉄道会社名と同じで驚いた。山陽急行電鉄、通称「山急電鉄」である。

2021-05-16 20:16:23
MuskaShota @MuskaShota

これはあくまで私見だが、当初は山陽急行電鉄だったのではないか。ただそれだと山陽電鉄と間違われる上に、山陽電鉄の傀儡であると警戒され、支障が出る恐れがあった。あくまで岡山資本による計画であることを全面に押し出すため、正式な免許申請をする際、岡山急行電鉄に変更したのではないだろうか。

2021-05-16 20:17:15
MuskaShota @MuskaShota

また岡山急行電鉄の計画とはあまり関係はないだろうが、倉敷市営鉄道(水島臨海鉄道)の輸送強化案として、倉敷駅乗り入れはもちろんのこと、将来的には電化した上で複線化する構想もあったことが記されていた。 pic.twitter.com/EtGJJD58yA

2021-05-16 20:18:20
拡大
MuskaShota @MuskaShota

さて、百万都市構想の交通関連の記述をしらみつぶしに見ていったが、岡山急行電鉄という単語はまったく影も形も無い。その代わりに意味深な記述が掲載されていた。宇野線・伯備線の複線化というもっともなことが記されている中に「山陽本線の複々線化」という明らかに異様な文字列が浮かび上がった。 pic.twitter.com/lrdPThPwSE

2021-05-16 20:19:56
拡大
MuskaShota @MuskaShota

話題は変わって、資料に色々と目を通していく内に、一体誰がこの百万都市構想を推進し始めたのか大体分かってきた。三木知事が水島工業地域の発展を契機に百万都市構想を打ち出したのは1959年であるが、既にその2年前の1957年からその原型となる枠組みを提言していた会社があった。山陽新聞社である。

2021-05-16 20:22:27
MuskaShota @MuskaShota

既に1957年6月には「大同団結して大岡山市を形成し、独立の経済圏を作ることこそ発展の近道である」という連載記事を掲載していた。また「山陽新聞社は、岡山、倉敷両市を中心とする『百万都市』の建設を提唱します」と明確にその立ち位置を鮮明にし、その後も紙面を通して強く読者に訴えかけていた。 pic.twitter.com/Wy7fjDP5pe

2021-05-16 20:23:18
拡大
MuskaShota @MuskaShota

このような地元メディアの後ろ盾もあり、三木知事も百万都市構想に勝機ありと、強気に推進したのではないだろうか。各市町村でも大半の議会で賛成が過半数を占めており、岡山、倉敷両市議会でも合併決議したにもかかわらず、両市長が決裁しなかったために合併手続きは頓挫し、すべては幻となった。

2021-05-16 20:23:51
MuskaShota @MuskaShota

結局百万都市構想が頓挫したわずか1ヶ月後の1963年2月。5市合併による北九州市が誕生し、4月には横浜、名古屋、京都、大阪、神戸の五大都市以外では初めてとなる政令指定都市に移行したことにより、三大都市圏以外の他都市に先駆けて政令指定都市になるという、大岡山市の野望は潰えたのだった。

2021-05-16 20:24:30
MuskaShota @MuskaShota

結果的にこの資料展をきっかけに、少ない時間で資料を漁って出てきた新たな事実は、山陽急行電鉄という名称と山陽本線の複々線化、この二つであった。帰り道、岡山急行電鉄の仮の始発駅ができるはずであったイオンモールに降り立ち、幻の電鉄に思いを馳せてみた。(終)twitter.com/keyanohana/sta… pic.twitter.com/B5biCiagrU

2021-05-16 20:30:30
とも@好事家 @keyanohana

前期の岡山急行岡山駅は地下線で計画されていた。 写真はどこの車両だろう。 pic.twitter.com/pNIVPwqPtU

2021-05-09 18:28:33
拡大
拡大

東側はどのような状況だったのか

リンク 神戸新聞NEXT 西播磨へ「幻の鉄路」山電に壮大な延伸計画あった 謎の図面、公民館で見つかる 兵庫県姫路市飾磨区の飾磨駅を起点に、南部の工業地帯を走り山陽網干駅(同市網干区)まで結ぶ山陽電鉄の網干線。全長約8・5キロの短い支線には半世紀以上前、相生や赤 2 users 94
前へ 1 ・・ 3 4