「魔王」の語誌

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森瀬 繚@セーフモード @Molice

言葉としての「魔王」のルーツは漢訳仏典です。「魔」というのは修行を妨げ、人を悪に堕とす要因の総称で、欲界の六欲天の最高位、他化自在天(第六天)の支配者が第六天魔王波旬は天魔の権化あるいは首領とされます。

2021-11-28 11:34:40
森瀬 繚@セーフモード @Molice

魔を従える者としての「魔王」を遡ると、たぶん『保元物語』金刀比羅本で「日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん」という呪詛の誓文を血で大乗経に記し、海に沈めたという崇徳帝に行き着きます。『太平記』では、王朝に恨みを持つ者たち共々、天狗を従える「大魔王」と呼ばれます。

2021-11-28 11:36:45
森瀬 繚@セーフモード @Molice

室町時代末期から江戸時代に入る頃になりますと、多少今日的な魔王っぽい役回りの第六天魔王が古浄瑠璃に登場するようです。役行者と第六天魔王が相対する古浄瑠璃が『古浄瑠璃正本集』(角川書店)に入っていたと記憶しますが、何故か該当巻が見つからず未確認。

2021-11-28 11:37:51
森瀬 繚@セーフモード @Molice

また、室町時代には熊野の山伏、比丘尼が各地を巡りながら『熊野歓心十界絵図』などの地獄の様相を描いた絵巻物を絵解きしながら勧進を行い、庶民に「死者に罰を与える地獄の王」としての閻魔大王が広く知られたようでして、このあたりも魔王のイメージに関わっているかと思います。

2021-11-28 11:42:19
森瀬 繚@セーフモード @Molice

江戸時代になりますと『西遊記』が紹介され、いよいよ今日的な「魔王」の用法に接近します。『絵本西遊記』の挿絵などを参照。なお、『眞書太閤記』(江戸後期)を読んでいた時、「天帝の魔王を打ち破りしもかくや」というフレーズが出てきて「キリスト教!?」と驚きましたが、これは『西遊記』かなと。

2021-11-28 11:43:30
森瀬 繚@セーフモード @Molice

で、幕末~明治。西洋の語彙に、「魔王」と置きかえられるような言葉は見当たりません。Demon Lord、Archenemy、Jinnなど、実にまちまちの言葉が「魔王」と訳されたようです。おおまかな系統は、悪魔の王(Satan)と妖精の王(Erlkönig/Elfking)、そして民話に出てくる巨鬼(Ogre/Giant/Troll)。

2021-11-28 11:45:00
森瀬 繚@セーフモード @Molice

ルキフェルを「魔王」と訳している明治期の『神曲』を、以前このテーマについて調べた時に確認しています。オベロンやシューベルトの「魔王」がふたつめに該当。ラストは「長靴をはいた猫」や「ジャックと豆の木」など。今日的な魔王は、このあたりが混在しているようですね。

2021-11-28 11:46:33
森瀬 繚@セーフモード @Molice

時間が遡りますが、江戸期の奥浄瑠璃(東北地方の浄瑠璃)『田村三代記』などに登場する、今やすっかり有名な鈴鹿御前は「天竺第四天魔王の娘」。江戸時代初期に流行った、頼光四天王の息子だの将門の娘だのの流れかなと思いますが、そこで「魔王」が出てくるあたりにエンタメの熟成を感じます。

2021-11-28 11:53:52
森瀬 繚@セーフモード @Molice

余談:「未知なるカダスを夢に求めて」などに言及されるアザトースの尊称は“Demon-Sultan”です。古くは「魔王」と訳されていましたが、自分は竹岡啓氏の提唱した「魔皇」を採用しています。

2021-11-28 12:02:25
森瀬 繚@セーフモード @Molice

ここまでの話はストレートに“魔王”と呼称された存在を扱っていて、これに仏教の阿修羅王や羅刹王だの、日本の竜王だの酒呑童子だのを絡めていきますとSNSで軽く流すような規模の話ではなくなりますので、そこは意識的にオミットしとります。(閻魔大王くらいが限界)

2021-11-28 12:57:47
森瀬 繚@セーフモード @Molice

余談2:『指輪物語』では、モルゴスとサウロンが"冥王 Dark Lord"、ナズグールの首領が"アングマールの魔王 Witch-king of Angmar"です。ただし、邦訳の本編内ではなく訳者解説などでモルゴス、サウロンが魔王と呼ばれている箇所を確認しています。 pic.twitter.com/eHFXAjZrvx

2021-11-28 14:03:16
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森瀬 繚@セーフモード @Molice

近代の細かい話をいったんすっ飛ばしーーアニメ版『魔法使いサリー』(1966)に魔法の国の大魔王であるサリーの祖父が登場。続くアニメ『リボンの騎士』(1967)の魔王メフィスト、アニメ映画『長靴をはいた猫』(1969)の魔王ルシファあたりが、日本における西洋的魔王エネミーの走りと思われます。

2021-11-28 14:27:39
森瀬 繚@セーフモード @Molice

魔王エネミーではありませんが、『大魔王シャザーン』(日本放送は1968)、『ハクション大魔王』(1969)など、この時期に"魔王"のワードが出てくるアニメが集中的にお茶の間に流れておりますね。といったところで、いったんストップ。また気が向いたら何か書きます。

2021-11-28 14:28:33
森瀬 繚@セーフモード @Molice

贋作ホームズを偏愛する職業的クトゥルー神話研究家、曲亭馬琴とトールキーン教授に私淑する時代錯誤の百科全書派。RetroPC.NETの中の人。ProjectEGG企画者。翻訳やシナリオ、ゲームやコミックの設定や解説も。ご依頼は仕事サイトのメールフォームから。ʅ(。,,,°)ʃ(親しくない方からのタメ口リプはスルーします)

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