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2022年1月1日

うどん発祥地の考古学的検討

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近代食文化研究会@新刊『串かつの戦前史』発売中 @ksk18681912

そういえばうどんの発祥地が博多か讃岐かについて書くと発言したことをすっかり忘れていました。 まずここでいう「うどんの発祥地」の意味ですが、うどんが初めて作られた場所、という意味ではありません。 なぜなら、小麦粉さえあれば誰でも簡単にうどん(切麺)を作ることができるからです。 pic.twitter.com/KLSTiDDNDE

2021-09-08 05:49:35
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となるとうどんは小麦栽培が始まる弥生時代に誕生したことになるわけですが、小麦粉が日本のどこで最初に生産されたのかを特定することは難しいでしょうし、特定されたとしてもそれをうどん発祥の地と呼ぶことには違和感があるでしょう。

2021-09-08 05:49:35
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博多がうどん発祥地を自称する根拠は、留学僧である円爾がうどんの製法を中国から持ち帰り、それが定着し全国に広がったからというものです。 讃岐の場合は、同じく留学僧の空海が中国から持ち込んだというのが根拠です。 pic.twitter.com/Tdu3VtEeBC

2021-09-08 05:49:36
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私はどちらの物語も資料的裏付けのない作り話だと思いますが、それはさておき、いずれにおいてもうどん発祥の地という意味は「うどんが最初に作られ場所」ではなく、「うどんの効率的生産技術が中国から持ち込まれ定着した場所」という意味なのです。

2021-09-08 05:49:36
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これからは後者の意味、すなわち「うどんの効率的生産技術が中国から持ち込まれ定着した場所」をうどん発祥の地と定義して話を進めていきます。 まず、うどんの効率的生産技術とは何なのでしょうか?

2021-09-08 05:49:37
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現在世界的にメジャーな麺=細長い小麦粉加工物の作り方は、以下の三種類の方法です。刀削麺などのマイナーな生産法はここでは省略します。 1.伸ばす麺 小麦粉生地を引っ張って伸ばす麺です。素麺、拉麺、稲庭うどんなどがこれにあたります。 ibonoito.or.jp/feature/work.h… pic.twitter.com/bCzxrS73in

2021-09-08 05:49:37
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2.押し出す麺 小さい穴が複数開いた容器に小麦粉生地を入れ、その穴から押し出す製法です。 春雨、イタリアの工場生産のパスタがこれにあたります。 なぜか日本には、この製法を使った伝統的な麺が存在していないようです(違っていたらごめんなさい)。 youtube.com/watch?v=yMcK8d…

2021-09-08 05:49:38
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3.切麺 生地を伸ばしてから包丁等で切る麺です。うどん、そば、日本のほとんどのラーメンがこれにあたります。 技術的には切麺が一番簡単で、私でもうどんぐらいなら打ったことがあります。

2021-09-08 05:49:38
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しかし伸ばす麺である素麺は特殊な技術と道具を必要とするので、素人がいきなり作ることはできません。 春雨などの押し出す麺は、さらに複雑な道具の作成が必要となります。

2021-09-08 05:49:39
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この三種類の麺は、歴史上どのような順番で現れるのでしょうか? 日本において伸ばす麺である素麺が初めて記録されるのは8世紀(ここでは素麺=索餅説をとります)。 一方、うどんが資料に現れるのはずっと時代が下って14世紀(ここでは法隆寺のウトムをうどんと仮定しています)。

2021-09-08 05:49:39
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中国における最も古い麺の製法は、6世紀の『斉民要術』に書かれたものです。 そこには1.の伸ばす麺、2.の押し出す麺の製法の記述がありますが、3.の切麺の製法は載っていません。

2021-09-08 05:49:40
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つまり、一番簡単な製法である切麺が、日中共に資料上は一番遅れて登場するのです。 それはなぜかというと、切麺の効率的生産技術の普及が、他の麺に比べて遅かったからなのです。 続きます。

2021-09-08 05:49:40
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生産性の向上、つまりより速く、より多く、より安く作る方法を求めて製麺法が変わっていくというのが、私の製麺史観です。 昔の日本の麺の主流が伸ばし麺の素麺であった理由は、その製法が最も生産性が高かったからだと考えます。 pic.twitter.com/uSeqyPXzq7

2021-09-09 05:34:38
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ところが14世紀(遅くとも15世紀)にうどん、16世紀に蕎麦切りが現れ、江戸時代にはうどんやそばといった切麺が、素麺にかわって主流となっていきます。 それは中世に起こったある技術革新が切麺の生産性を高めたからだと、文化人類学者の石毛直道は考えます。

2021-09-09 05:34:38
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その技術革新とは麺打ち台の生産、つまり「板」の生産に関する技術革新でした。 大きい板の生産技術が向上し、その価格が低下したために、うどんや蕎麦切りが台頭したと石毛は主張します。 続きます。 pic.twitter.com/0DT1wjgx12

2021-09-09 05:34:39
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かつて日本の麺類といえば、素麺が主流でした。 ところが中世にうどん、蕎麦切りが現れ、江戸時代にはうどんやそばといった切麺が主流となっていきます。 それは中世に起こったある技術革新が切麺の生産性を高めたからだと、石毛直道は『文化麺類学ことはじめ』において推測します。 pic.twitter.com/23zNHszTTF

2021-09-11 05:07:12
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その技術革新とは麺打ち台の生産、つまり「板」の生産に関する技術革新でした。 ”古代や中世の机の類などに、比較的おおきな平面をもつ調度品があるが、それらは貴族の邸宅や、寺院などで使用されたものだ。当時の民衆の住居には、まったいらで、おおきな板などなかったであろう。” pic.twitter.com/1wCrSSXimK

2021-09-11 05:07:12
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近代食文化研究会@新刊『串かつの戦前史』発売中 @ksk18681912

”そんな状況では麺棒と麺板を使用してつくる、切り麺が普及するはずはない。” かつて贅沢品であった大きな板が、木工技術の進歩により価格が低下し普及したことが、切麺の台頭を促したと石毛は考えます。 pic.twitter.com/sAuwVj1Wgs

2021-09-11 05:07:13
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14世紀の『春日権現験記』に描かれた、当時の板の製作場面です。 まず木目に沿って丸太にクサビが打たれ、板が剥がされます。 そして手斧と槍鉋を使用して、凸凹の板を平らにしていきます。 pic.twitter.com/SRoJWzF9WH

2021-09-11 05:07:14
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クサビで剥がされた板は凸凹が多く、平らにする作業に時間がかかり、また無駄な削り屑が多く出ました。 youtu.be/c8y_MY04wi4?t=…

2021-09-11 05:07:15
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ところが15世紀に中国から大鋸(おが)が渡来、平らな板を比較的短時間に、無駄なく製材できるようになります。 画像は『三十二番職人歌合』の大鋸。 pic.twitter.com/AoOYi9tQLL

2021-09-11 05:07:15
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江戸時代には一人で板を切り出すことができる前挽大鋸が発明され、作業はより効率的になります。 画像は『富嶽三十六景』の前挽大鋸。 pic.twitter.com/tBQAU05nUv

2021-09-11 05:07:16
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とみさわ昭仁 @hitoqui_ponko

@ksk18681912 大鋸で「おが」って読むんですね。おが屑はここから来てるのか!

2021-09-11 06:11:33
近代食文化研究会@新刊『串かつの戦前史』発売中 @ksk18681912

さて、クサビで剥がされた凸凹な板はまず、手斧(ちょうな)とよばれる道具によって大まかな平面に削られていきます。 pic.twitter.com/kZsIxAHukQ

2021-09-11 05:07:17
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コメント

Moroheiya ₍₍(ง˘ω˘)ว⁾⁾ 葱畑P @negibatake_p 2022年1月1日
発祥地がどこであろうが博多のおうどんはおいしい。いいね?
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さーたん@もふもふ @tripleodd 2022年1月1日
東村山もうどんの産地だけど、どこから来たのやら
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毘藍 山風蠱(元16TONS) @moonintears16t 2022年1月2日
>生産性の向上、つまりより速く、より多く、より安く作る方法を求めて製麺法が変わっていくというのが、私の製麺史観です。昔の日本の麺の主流が伸ばし麺の素麺であった理由は、その製法が最も生産性が高かったからだと考えます。 ということは、昔の中国や韓国も麵はそうめんが主流だったんかな。中国には蒸しパンという別の小麦調理法も普及してたから、パンのなかった日本が麺にこだわった可能性もあるけど。
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斉藤晃 @MonolithSoldier 2022年2月8日
うどんが麺類になったのは江戸時代のことで、それ以前は団子状だった(そばも同じ)事を指摘してませんね 小麦粉がないとうどんも作れないのは当然ですが、小麦粉を捏ねた物から麺に変化するのには非常に時間がかかるんですよね 香川県では、ハレの日にうどんを食べる風習がありますが、明治くらいまでは麺ではなく団子状だったという話も残ってますし
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殻付牡蠣 @rareboiled 2022年2月8日
製麺と言ったらかなり無駄な粉が出てくるので、製麺の技術って栽培とかの進歩とかも絡まってそうな気がする。
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