【フランドリアの黒】福間健二 #k2fact320

福間健二 @acasaazul

午前十一時。今日やるべきこと、いまからでは終わらないなと心配していると待っていた人ではない人が来た。集金の人。おいしい牛乳、もう三十年近く配達してくれている人。ぜんぜん年とった気がしない。バーナムの練習をするピアノが聴こえてきて、空が晴れてきた。（フランドリアの黒１）#k2fact320

福間健二 @acasaazul

酔ってベラベラしゃべる。なってない。それでも朝の空には金星と月。午前中、仕事は進まず、連絡する必要のある大事な住所がわからない。それでもお昼には、岡山からのサワラの味噌漬けでご飯がおいしい。午後二時、「汚辱の歴史」という本の背表紙を見つめている。（フランドリアの黒２）#k2fact320

福間健二 @acasaazul

午前四時。いない人を思う。それぞれの声を思う。ちゃんと閉まらないドアの内側で低い声で話した人。アラブとイスラエル、解決できないと電車で説いた人。小林旭の「夕子」と「ゆきこ」をまちがえて歌った人。どこの森だろう。みんな、精霊になって集まって囁くのは。（フランドリアの黒３）#k2fact320

福間健二 @acasaazul

金星、うれしい。月はきのうから消えている。午前六時。風景のなかを歩いて、だれにも会わなかった気がするけれど、励ましは空から来る。おこらない奇跡を待つ身に、待っていいと譲るかがやきだ。きょうの予定。午前中、生協で麦とホップを買う。午後はタバコ屋さん。（フランドリアの黒４）#k2fact320

福間健二 @acasaazul

ないものはない。わからなくなる日本語。タバコ屋さん、サンモーク。手巻きタバコ、コルツのナチュラルとフランドリアの黒を買う。合わせて、三二五グラム。九二五〇円。混ぜて吸う。吸いおわるころは春だ。新譜を出す天才が歩いてくる。午後四時。彼もタバコを吸う。（フランドリアの黒５）#k2fact320

福間健二 @acasaazul

ドーレミ、レレドー、と目を閉じた高齢者が夕映えの空を飛ぶ歌を書いて、マスクをした彼の目は何に抗議する少年の目だろう。次の危険を視線で伝えるが、ズボンが昔の静かなズボン。午後五時。体を盗まれてもまだ十字路。人、いつもより少ない。だれも倒れていない。（フランドリアの黒６）#k2fact320

福間健二 @acasaazul

ミーミミ、ミレドー、と心ばかりの二小節で着地するのは、富士見台団地の舗装されていない道。祈りのため、希望の樹のため、懺悔のため、理由は古い。朝早くからの配達で疲れた鳥にはとくに通じない。午後七時。まだ終わってない。三階か四階からなにか落ちてくる。（フランドリアの黒７）#k2fact320

福間健二 @acasaazul

誤解でなければ、生きる歓びのための教室。こんなときだから来ないかと思ってると、十人、二十人と集まって、その人もいる。午後八時。姿を現さないのはぼくだ。いるのに見えない。その例もいくつか語って、力のあるその人。年ごろ、もう使わないほうがいい言葉だ。（フランドリアの黒８）#k2fact320

福間健二 @acasaazul

そうだ、東恋ヶ窪の並木道で目撃した子だ。大きくなって、その人になった。あとで訳がわからなくなってもあの並木道の小さな神様は呼び出せる。午後九時。電話をもらうことになっていた。別の生活。別のだれか。明日拾う言葉を予想して夜中までうろついたりしない。（フランドリアの黒９）#k2fact320

福間健二 @acasaazul

その人、そのだれか、その努力と夢。姿は消えても痕跡は残る。午前八時。日吉町の植木畑で死んだ男の使ったガイドブックと工具。役に立つ。この知恵をフランドリアの黒に盗まれていた。コルツのナチュラルを足して吸いやすくした。吸える人、どうぞ吸ってください。（フランドリアの黒10）#k2fact320

福間健二 @acasaazul

【訂正】 この知恵を ↓ この知恵も （フランドリアの黒10）#k2fact320