「正義」の表現と社会 『TIGER&BUNNY』を考える

日本のポップカルチャーの中で、「正義」の概念は大きく変化してきた。 公共のための「正義」の表現が困難なこの時代を駆け抜けるヒーローとは。 (長い独り言のまとめです。内容は僕の妄想なので、あまり本気にはしないでください。ところどころで、宇野常寛氏の著書『ゼロ年代の想像力』『リトル・ピープルの時代』を参考にさせていただきました。)
アニメ ヒーロー 正義 セカイ系 タイバニ サヴァイヴ系
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おりあそ @oriaso
ヒーローものというジャンルは、今ではヒットさせるのが昔に比べて難しくなっていると感じます。
おりあそ @oriaso
数十年前のアニメや特撮ものには「正義vs悪」という大きな構図を持った作品が沢山あり、「正義」を体現する超越的なヒーローがいました。そういった公共のために戦うヒーローは、当時に比べると今ではとても少なくなってしまったと言えるでしょう。
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その背景としてはまず、正義のヒーローが成立する根拠となる、ヒーローに守られヒーローを応援する人々というものがイメージしにくくなったことが挙げられるでしょう。
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60年代以降の日本では、親族や地域社会といった中間共同体の解体が進み、人々は共同体に属さない個人として生きるようになりました。また、経済的な成長は消費の多様化・個性化を招き、人々に共通の趣味・娯楽は少なくなりました。
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誰もが同じテレビ番組を見ていた時代は失われ、日本社会は文化面でも細分化されたと言えます。一億総中流時代は終わりを告げ、経済的な格差も大きくなりました。
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多様な価値観や立場を持ち利害の一致しない人々に対して等しく「正義」であり、彼らを守り彼らに支持されるような『ウルトラマン』などの超越的ヒーローを描くのは次第に難しくなり、それらの人気は全体としては徐々に小さくなっていきました。
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ヒーローたちの中で奇形的な進化を遂げ、見事に生き残ったのはロボットでした。『鉄腕アトム』で科学に対する明るい希望と絶対的正義を体現していたロボットは、『鉄人28号』では主人公の少年がコントロールするものとなり、
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『マジンガーZ』においては主人公が乗り込み操縦する、彼にとっての“拡張された身体”となりました。ご存じの通り、この路線はそれ以降『機動戦士ガンダム』『新世紀エヴァンゲリオン』で継承されていきます。
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ロボットは大衆の支持のもとに戦う超越的なヒーローから、より人間的で個人的なものに変化することによって生き残りを果たしたのです。
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再び社会に目を転じてみましょう。90年代にはバブル経済の崩壊、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件が立て続けに起こり、日本社会全体に巨大な暗雲が立ち込めました。他方、国際的な情勢も人々の意識に大きな影響を与えています。
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冷戦の終結は巨大な「悪」のイメージを難しくし、9.11以降の対テロ戦争は何が「正義」で何が「悪」なのかをますますわからなくさせていました。
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そしてグローバリゼーションが進行する中、小泉政権は“自己責任”を掲げ新自由主義に基づく政策を推し進めました。企業の終身雇用制は崩壊し、国家・地域社会・親族のいずれもが救ってくれない、個人個人の生き残りを賭けたゲームとしての市場経済のイメージが明確になります。
おりあそ @oriaso
一方、学校という場においても、いじめやスクールカーストをめぐる人間関係が時代と共に複雑化しており、学校生活が生き残りゲームという感覚で捉えられるようになってきました。
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ゼロ年代頃には、このシビアな世界観をフィクションの想像力で表現した作品が相次いでヒットします。『バトル・ロワイアル』『仮面ライダー龍騎』『DEATH NOTE』『コードギアス 反逆のルルーシュ』といった衝撃的な作品群(サヴァイヴ系)の登場です。
おりあそ @oriaso
これらの作品は、生き残りゲームとしての残酷な社会を前提として引き受けており、その上で主人公は戦うことを選択します。ここではゲームの参加者たちは、誰もが自分こそが「正義」だと言って互いに殺し合うのです。
おりあそ @oriaso
『DEATH NOTE』のニアが言うように、絶対的な正義が成立しないこの世の中では「自分が正しいと思う事を信じ、正義とする」のがサヴァイヴ系の倫理であり、「正義」の反対は「悪」ではなく「また別の正義」になりました。
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こういった点は、パートナーとタッグを組んでバトル・ロワイアルに臨む『ローゼンメイデン』『Fate/stay night』といった作品も概ね同じであり、これらの作品もサヴァイヴ系に列することができるでしょう。
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しかしゼロ年代のポップカルチャーでは、サヴァイヴ系と反対の選択をした作品群も大きな盛り上がりを見せていました。『最終兵器彼女』『イリヤの空、UFOの夏』などに代表される、セカイ系と呼ばれるジャンルです。
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これらの作品の主人公は、弱者を苦しめる残酷な社会を否定し、その行動が社会を破滅させると知りつつもヒロインと共に社会から逃避していきます。セカイ系の主人公の「正義」の根拠はひたすらヒロインの存在にあり、ここでも「正義」は極めて個人的なものになっています。
おりあそ @oriaso
サヴァイヴ系とセカイ系は同じ問題に対して正反対の回答を示したと言えますが、最早いずれも公共のための「正義」を描くことはできず、「正義」の根拠はただただ個人にあるのみとなりました。
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さて、このような困難な状況下にあって、『TIGER&BUNNY』(以下タイバニ)はいかなる形でヒーローを描いたのでしょうか。
おりあそ @oriaso
まずタイバニのヒーローは、決して超人的な存在ではなく、様々な思いや悩みを抱えた人間的な存在であり、普段はヒーローであることを隠して一般市民のように暮らしています。
おりあそ @oriaso
ただ、彼らは特殊能力をもった“NEXT”という変異種の人間であり、被差別種であるゆえに逆説的に特殊な力を得ることができるという、従来からヒーローものではよくある図式が使われています。
おりあそ @oriaso
そして、ヒーローたちはそれぞれに自分の信念に従って戦います。
おりあそ @oriaso
ワイルドタイガーは街中の物を破壊してでも市民を守る、バーナビーは普段は得点稼ぎを優先するがウロボロスへの復讐が第一目標、折紙サイクロンはスポンサーロゴのアピールが何より大事、ルナティックは殺人犯を殺して粛清する、……といったようにです。
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コメント

ざ_な_く&890P@VOCALOID&VTuber @z_n_c_890_P 2011年10月4日
タイバニは俗に言う、「箱庭」というやつでしょうか?世界を可能なかぎり限定されたものにすることで、方向性を統一する・・・
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