『鎌倉殿の13人』、平泉勢によるフリーダム感想会

奥州藤原氏botが実況した大河ドラマ『鎌倉殿の13人』のまとめです
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2022年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では前半で平泉も登場。奥州藤原氏botの面々も実況に参加。その中から主に平泉関連のツイートをまとめました。

奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

経清「いよいよ明日から大河が始まるね!!(^^)! 私達も奥州まわりの実況を……」 清衡「……そ、そのたいへん申し訳ないのですが……明日の初回放送は諸事情にて実況は無理です」 経清「 Σ(°д°lll)ガーン」 清衡「りあたい? というのは出来るのですが……実況は次回以降からなんとか……」

2022-01-08 23:44:01
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

義経「せっかくの大河だし僕とご先祖様も源氏勢として実況したいね」 義家「おまえなんて語彙力がないからな。どーせ、『ウワッー!!』とか『ギャーー!!』 とか、『おなかすいたー』としか言えないだろꉂꉂ(๑˃▽˂๑)」 義経「なにそれ! ご先祖様こそ、『やれー皆殺しだー!』ばっかりじゃない?」

2022-01-08 23:52:11
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

季春「そう言えば、いまだ泰衡様役の方が発表されていないのでは?」 基衡「きっと渡×謙氏とか大物俳優で皆を驚かす作戦だな」 清衡「それは別の大河では?」

2022-01-08 23:55:09

第一回「大いなる小競り合い」放送

平泉サイドは一瞬ながら秀衡、義経そして金色堂が登場。現在は三壇ある金色堂の須弥壇が中央壇一つしかなかったり、覆堂があることについて解説する。

奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

経清「『鎌倉殿の13人』、いまさっき見終わった!」 清衡「昨日は"りあたい”すると言ったが、諸事情によりそれも叶わず少々遅れてしまった」 泰衡「父上、ご出演おめでとうございます」 秀衡「ははは、OPに名があったというになかなか登場せず少々心配しとった」

2022-01-09 23:50:34
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

経清「昨日はついに大河が放送開始! 初回から秀衡君や義経殿、金色堂や平泉も出て盛り上がったね」 季春「ええ、なかなか楽しい出だしでありましたね」 経清「と言うわけで、私達としても解説できるところは解説しようと思うと。まず最後の方で秀衡君が拝していた金色堂だけど……」 twitter.com/ou_fujiwara4/s…

2022-01-10 16:49:40
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

経清「ところで金色堂の描写で少々気になった点があったけど、今夜は夜も遅いのでまた明日詳しく話そうと思う」 季春「少々資料の確認も必要ゆえ」

2022-01-09 23:51:36
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

季春「左右の壇がなく、中央の清衡様の棺が納められた須弥壇のみでしたね。今の形とは違いました」 経清「そう、秀衡君が存命なので彼の棺を納めるための壇が無いのは当たり前だけど、すでに亡くなっているはずの基衡君の壇まで何故ないのか? これは左右壇の増設時期とその意図に関わる問題だね」

2022-01-10 16:53:24
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

経清「基衡君の正確な没年は不明だけど、『吾妻鏡』の秀衡君の治世を参考にすると安元元年(1175)ならば没後十数年は経っているのは確実だけど壇はない」 季春「実は左右壇の増設時期については大きく2説あります。 ①各当主の死後順次増設された ②秀衡様治世のある時期に増設された です」

2022-01-10 17:00:47
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

経清「まず①だけど、清衡の遺体がおそらく本人の遺志で金色堂に納められたのに倣い、基衡君も己の死後金色堂に入ることを考えていて、生前に須弥壇を用意するか、死後すぐにその遺志に沿って用意された。また秀衡君も父祖に倣うのを当然視していた。これなら秀衡期には壇が二つはあるはず」

2022-01-10 17:07:56
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

経清「で、②の場合、基衡君は金色堂に己の遺体を納めることは考えていなかった。ただ遺体自体は保存されていることから別の葬堂に納めていたのだろう。それをかなり後から秀衡君が金色堂に新しく壇を用意して棺を移動し、さらに自分用の壇も増設した。これならある時期まで金色堂は中央壇のみだ」

2022-01-10 17:12:05
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

季春「これは金色堂の性格を考える上でも重要ですね。①なら金色堂は元々藤原一族当主の葬堂として建てられ子孫もそこに入ることを当然視していた。 しかし②の場合、金色堂は清衡様個人の葬堂として建てられた。ならば基衡様が別に己の葬堂を建てたのも納得ですね」

2022-01-10 17:18:27
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

経清「近年では、『金色堂は清衡個人の葬堂を意図して建てられた』説が有力で、かつ秀衡君がその本来の性格を改変して左右壇を増設し一族当主の葬堂とした説も有力になっている。ドラマはその説を採用したんだと思う」 季春「秀衡様はなぜ金色堂の性格を変えてまで今の形にされたのでしょうか?」

2022-01-10 17:22:42
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

経清「推論だけどね。金色堂は秀衡君の時期には平泉の象徴として人々に定着し、かつ清衡は平泉の創始者として尊敬されている。その金色堂に二代、三代が同じように棺を並べることで、秀衡君が基衡君を経て清衡の歴史的に正当な後継者であることをアピールする目的があったのかな?」

2022-01-10 17:31:09
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

季春「ただ、左右の須弥壇の工芸技法や安置されている仏像の特徴に時代的な差異があるという見解もありますね」 経清「②説でも左右壇が同時に用意されてはおらず、秀衡君は基衡君の壇から用意したからと説明されているけど……そんな短期間で技法の差異が説明できるかが②説のネックだね」

2022-01-10 17:46:17
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

経清「続いて義経殿が曲芸している後ろにあった建物が金色堂の鞘堂ではないかとの話が出てるけど、金色堂が堂で覆われたのは鎌倉幕府によってじゃなかったっけ?」 季春「ところが昭和の大修理時の調査では、平安末期にすでに簡易的な保護施設があったらしいことが報告されているようです」

2022-01-10 17:55:17
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

季春「ただどういう保護施設だったかは報告書を見ないと何とも言えないので保留にしておきますが……少なくとも清衡様が創建された当時は野外にそのままの状態であった説が有力です。あの前を奥大道が通り往来する旅人や関山の麓からもあの輝きが直接見えたのではないかと」

2022-01-10 18:00:57
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

経清「しかし何しろ岩手の冬は大変だからね。やはりある時期から保護が必要になったのだろうね」 季春「はい。ただ金色堂は人々に『見せる』ことで藤原家の威勢を視覚的にアピールする存在でもありましたから、あそこまで外部から見えにくい堂であったかは不明ですね」

2022-01-10 18:04:09
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

経清「もちろんドラマは史実そのものじゃないけど、もしかしたらあのシーンは最近のこの説を採用しているんじゃないかとか話すのも楽しいから今後もできる範囲で解説していこうと思うよ」 季春「あくまでドラマを楽しむ補助としてであり、『史実と違う』と批判するものにならぬよう気をつけますので」

2022-01-10 18:13:32
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

経清「( ゚д゚)ハッ そう言えば大河に秀衡君と金色堂が出て話題だけど……金色堂が出たってことはあの中に清衡も入っているんだから、実質清衡も大河に出演したってことでは!?」 清衡「……え? い、いえ、そういう理屈、成立しますかね?」 twitter.com/ou_fujiwara4/s…

2022-01-12 23:30:41
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

基衡「ちょっと待ってくれよおおお。その理屈だと考証上の理由かなんかで中央壇しか無かったから俺は今回も出演できなかったわけかあああ。ミイラでも出してくれないなんてN×Kは俺になんか恨みでもあんのかよ!!」

2022-01-12 23:34:58
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

経清「落ちついて基衡君! 今の理屈なら君もすでに『炎立つ』か『義経』の方で壇の中の人として出演しているはず」 清衡「……三壇すべて映ったシーンありましたかね、その二作?」 経清「き、きっと今作でちゃんと出演できるよ💦」

2022-01-12 23:39:52

第三回放送「挙兵は慎重に」放送

時政・義時親子が目代後見人・堤に捧げた野菜が無碍にされる。

奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

基衡「やっぱり貢物は砂金が一番だよな。奥州の野菜は上手いから俺達が自分で食べる」 秀衡「へたに持ってきた者を足蹴にすると、砂金をぶちまかれて戦が起きますからのう」 泰衡「そ、それはなんて後三年合戦💦」 #鎌倉殿の13人

2022-01-23 20:26:31

第四回「矢のゆくえ」放送

頼朝を見捨てた乳母子に季春が激怒。乳母子道を説き始める。

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