映画レビュアーが語る昆虫食の誤解とQアノンの関係

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シネマンドレイク @cinemandrake

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【コオロギ?】政府が国民に虫を食べるように押し付けようとしている!…巷で拡散する「“昆虫食”陰謀論」について整理しました。実は2020年代になってQアノン界隈で盛んに持ちあがっている陰謀論のひとつです。「“昆虫食”陰謀論」と映画の関わりもまとめています。 cinemandrake.com/entomophagy-co…

2023-03-01 07:01:00

そんな中で「昆虫食」もまた陰謀論者の格好のマトにされています。

確かに昆虫食は、見るからにショッキングで、それでいて身近な「食事」と「虫」という2つの素材の掛け合わせなので、陰謀論にはぴったりです。

この「グレート・リセット」を主張するのは、もっぱら極右(もしくはオルタナ右翼)、いわゆる「Qアノン」と呼ばれているようなドナルド・トランプを支持する人たちです。これらの集団は、アメリカでは「グレート・リセット」はジョー・バイデン大統領によって進行されていると声高に語っています。

この「グレート・リセット」という名称の由来は、2020年6月に開催された世界経済フォーラム(WEF)の第50回年次総会で作成された経済回復計画の名からきています。世界的な危機となった新型コロナウイルスのパンデミック後の社会と経済再建を目的に、どうすれば立て直せるだろうかということを世界各国の経済界の人々や政治家たちが集まって議論しました。「SDGs」など聞きなれた話題ばかりで、とくに目新しい話はありません。

エリートは自分たちだけが美味しいステーキを独占し、それ以外の者たちには虫を食事として押し付ける気だ」という考えがあるわけです。「リベラルな世界秩序」が昆虫食を奨励しようとしているというのがこの集団の筋書きです。「WEF」が2020年に昆虫食を取り上げる記事を公開したのもこの陰謀論に拍車をかけました(World Economic Forum)。

極右系のメディアや論客、その支持者の間ではとにかく昆虫食が徹底して敵視されまくっており、ネットを漁れば簡単にその手の陰謀論者が昆虫食を揶揄する画像などがいくらでも見つかります。

陰謀論界隈では世界を脅かすものは、昔は「ユダヤ主義」、90年代から2010年代は「ポリティカル・コレクトネス」、2020年代は「昆虫食」がトレンドなのです。

ただ、ちょっと興味深いのは、欧米では主に極右系のコミュニティの間で爆発的に増大しているのに対し、日本国内ではどちらかと言えはQアノンを批判してきた…左派のような人たちの間でも「“昆虫食”陰謀論」が観察できるということです。日本での陰謀論の中身はだいたい欧米と同じで「政府が強引に私たちに昆虫食を押し付けようとしている!」という類のものです。2023年2月に食用コオロギに関するニュースが見られた際もネット上には「#コオロギ食に反対します」「#昆虫食に反対します」のハッシュタグが飛び交いました。

極右と左派…政治的立場で言ったら正反対なのに、なぜ「“昆虫食”陰謀論」を共有してしまっているのでしょうか。

陰謀論を研究しているアリソン・ミーク准教授は、虚偽の情報というものは反政府感情の高まりを利用すると「CBC」で語っています。

今、アメリカはバイデン政権となっているため、その政権を支持していない極右系の人たちが「“昆虫食”陰謀論」に飛びついて政府を攻撃しています。一方で、日本は保守的な自民党政権が長らく政権を維持しているので、その政権を支持していない左派やリベラルを中心とする人たちが「“昆虫食”陰謀論」に飛びついて政府を批判している…という感じなのでしょう。「“昆虫食”陰謀論」の急激な高まりは2020年代に入ってからなので、それがQアノンと連動している事実を知らない人も日本にはまだ多いのかもしれません。

しかし、忘れてはいけません。私たち人類は太古の昔から実は「虫」を食べてきました。そして現在も絶賛、虫を食べまくっています。

研究によれば、130か国の3071の民族グループによって最大2086種の虫が食べられているそうです。「The Guardian」の記事には、虫は世界中の80%の国で20億人以上に既に食べられていると説明されています。つまり、むしろ昆虫食の方がはるかにマジョリティであり、昆虫を食べない方がよっぽど珍しいのです。

厄介なのが「虫を食べない一部の国」がこの地球において最も人間社会経済の特権的地位にある先進国であるということ。

そうです、逆に昆虫食の文化が根付いていないのが欧米です。また、日本も昆虫食が地方では食文化として残っている場所もありますが、大多数の社会では一般的に昆虫が恒常的に食されることはありません。

欧米や日本で例外的に食される昆虫関連の食品と言えば、「ハチミツ」です。ハチミツはその生成過程でミツバチの唾液に含まれる酵素が含まれることになるので、冷静に考えると「虫が口でくちゃくちゃした蜜を食べている」ことになるですが、なぜか欧米や日本ではハチミツに嫌悪感は生じません。

また、別の方面で言えば、天然着色料として食品添加物のひとつで幅広く利用されている「コチニール色素」はカイガラムシの一種の色素化合物を抽出させて利用したものであり、これも実は私たちが普通に摂取している昆虫由来のものだったりします。

そんな中、欧米では昆虫食が最近になって好意的な脚光を浴びています。

理由は「環境に優しい」からです。

国連食糧農業機関(FAO)の報告書の主執筆者であり、昆虫学の教授であるアーノルド・ファン・ハウスは「1kgの牛肉を生産するには25kgの飼料が必要なのに対し、コオロギでは1kgの食用体重を生産するのに2.1kgの飼料しか必要としません」と解説しています(The Guardian)。

リンク the Guardian Insects could be the key to meeting food needs of growing global population The UN Food and Agriculture Organisation is taking seriously the farming of creepy-crawlies as nutritious food 69
リンク the Guardian How to convince the world to get over the 'yuck factor' and eat insects The UN says we should all be eating insects – could making them as high-status as lobster help put them on the menu? 1967

また、イナゴ、コオロギ、ミールワームなどの一般的に食べられる昆虫の繁殖は、家畜の10分の1のメタンを放出するだけで、亜酸化窒素も300分の1しか生成せず、養豚や養鶏によって生成される汚染物質であるアンモニアもはるかに少なくなることも報告されています(The Guardian)。地球温暖化や環境汚染を低減できるのです。

これだけメリットがありながら、栄養価も高く、従来の肉の代用品になり得るパワーがあります。虫は肉の代替タンパク質源になる可能性を秘めています。

こうした背景から国連食糧農業機関などは2013年あたりから昆虫食を積極的に紹介する動きもあり、にわかに欧米では昆虫食が好意的に取り上げられるムーブメントも2010年代から起き出しています。

「Brooklyn Bugs」という組織を立ち上げたジョセフ・ユンは「食事の選択肢を減らすのではなく、増やすことに努めています。私たちは何も奪おうとはしていません。私たちは虫を貧しい人々だけが食べるものに追いやるのではなく、太古の昔から食べてきた古代の食べ物として学ぶべきです」と「The Independent」にて語っています。

World Economic Forum @wef

There's nothing like a home cooked meal (worm). Submit your solution for the future of protein: l.linklyhq.com/l/IMdS @WEFUpLink pic.twitter.com/afWvLSAnqJ

2021-01-22 02:00:01

メディア「The Daily Beast」では、「コオロギは米国で育てられたプレミアムビーフの4倍の値段になる可能性があります」と業界人の声を取り上げており、当面は「贅沢品」となっています。「Party Bugs」によれば、昆虫食が高価になってしまう要因として、昆虫生産の規模の小ささ、標準化された生産方法の欠如、消費者需要の低さ、昆虫入手経路の乏しさ、厳しい規制などを挙げています。

北米昆虫農業連合のシェリル・プレヤーも、昆虫食が他の食品を圧倒するほどの勢いはなく、厳しい競争を強いられていることを吐露しています。世界初のコオロギ・プロテインバーを本格発売したパイオニア企業の「Chapul」も苦戦が報じられています(Food Navigator USA)。日本国内の昆虫食市場における2021年の昆虫食市場額は、前年から約6割増でも10.8億円しかありません(映画が1作ささやかにヒットした程度です)。

日本の「“昆虫食”陰謀論」言説の中で、映画『スノーピアサー』を取り上げる人が散見されました。この作品では人類は環境変化で大多数が滅び、生き残った人々はずっと走り続ける列車の中で階級に分かれて厳しい社会管理に基づき生活しています。最後尾の車両では最も貧しい人が住んでおり、その人たちは配給される「プロテインバー」を食べるしかなく、その材料はゴキブリです。「“昆虫食”陰謀論」の支持者はまさしくこの映画『スノーピアサー』のような惨状が待っていると信じきっているわけです。

ただこれはリアルではあり得そうにないです(そもそもこの映画、SFとして相当に荒唐無稽な設定が多い作品なのですが)。前述したとおり、昆虫食は意外に高価なのです。この『スノーピアサー』は昆虫食をタブー視する欧米的価値観で作られたものであることがよくわかります(タブーが生まれる理由の詳細は後述)。

すでに説明したとおり、地球上の多くの国々では歴史的にもう昆虫は食べられており、今、新たに食用として生産されている昆虫の多くは富裕層向けの売り出しになっています(少なくとも低所得者層に買ってもらおうという商業的展開は乏しい)。現代社会においては、富裕層の人が少しでも昆虫を食べて環境負荷を下げてくれるといいなという感じであり、しかし、あまり上手くはいっていません(変わりダネの食物として好奇の目で見られるのが現状)。

「政府が強引に私たちに昆虫食を押し付けようとしている!」と主張する人の中には「昆虫食は補助金を得ている」と訴える人もいます。とは言え、そもそも食品業界が補助金を得るのはごく普通のことです。日本の農林水産省の「新事業・食品産業部の委託事業・補助事業」の事例だけをみても、実に多種多様な食品が政府の支援を受けています(無論、昆虫食が他の食品を押しのけて補助金を独占しているような事実はありません)。昆虫食が仮に補助金を得ていたとしてもオカシイことではありませんし、それは陰謀論の根拠にはなり得ません。