走れ小西

(古伝説と、シルレルの詩から。)
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徳本 @tokumoto0

小西は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の高市を除かなければならぬと決意した。小西には社会常識がわからぬ。小西は、村の厄介者である。ほらを吹き、天ぷらと遊んで暮して来た。けれども法的措置に対しては、人一倍に敏感であった。

2023-04-13 21:21:07
徳本 @tokumoto0

小西は、単純な男であった。名刺とA4用紙を背負ったままで、のそのそ維新馬場の事務所にはいって行った。たちまち彼は、巡邏の警吏に捕縛された。 「このツイートを印刷した紙で何をするつもりであったか。言え!」暴君馬場は静かに、けれども若干引き気味に威厳を以もって問いつめた。

2023-04-13 21:31:22
徳本 @tokumoto0

小西は社会常識欠如の咎で磔を言い渡された。 「私は命乞いなど決してしない。ただ、――」と言いかけて、小西は足もとに視線を落とし目を泳がせながら、 「ただ、私に情をかけたいつもりなら、処刑までに三日間の日限を与えて下さい。私は村でまともな謝罪文を書き上げ、必ず、ここへ帰って来ます。」

2023-04-14 09:06:40
徳本 @tokumoto0

「ばかな。床に落ちた天ぷらがうどんに帰って来るというのか」暴君は低く笑った。 「私を信じられぬならばよろしい、村に泉という村長なのに中間管理職の哀愁漂う男がいます。あれを人質としてここに置いて行こう。私が帰って来なかったらあの男を煮るなり焼くなりして下さい。頼む、そうして下さい」

2023-04-14 09:09:06
徳本 @tokumoto0

泉は、深夜王城に召された。暴君の面前で、友と友は二日ぶりで相逢うた。小西は、泉に一切の事情を語った。 「発言は党の見解とは異なり看過できない」 小西は無言で頷き、泉をひしと抱きしめた。友と友の間は、それでよかった。 「いいわけあるか」 小西は、すぐに出発した。初夏、満天の星である。

2023-04-14 12:11:04
徳本 @tokumoto0

村に戻った小西は二日と二晩、一睡もせずにツイッターでレスバトルに興じ、合間にない知恵を搾って謝罪文を書いた。謝罪と読めなくもないこともない手紙を書き上げたのは、三日目の陽も既に高く昇った午前であった。小西が重い腰を上げ、王城への道をぶらぶら歩いていると、目の前に山賊が躍り出た。

2023-04-16 14:28:52
徳本 @tokumoto0

「待て」 「何をするのだ」 「私は陽の沈まぬうちに王城へ行かねばならぬ。放せ」 「放さぬ。金目の物を全て置いていけ」 「私には命の他には何も無い。その、たった一つの命も、これから王にくれてやるのだ」 「なんと殊勝な!さあ俺達には構わず行け!なんなら馬を貸そう」 「いやちょっと待って」

2023-04-16 14:30:35
徳本 @tokumoto0

小西は手を振り払い、村に向かって矢の如く走り出した。野を横切り、森をくぐり抜け、村に近づいた頃には、日は高く昇っていた。ここまで来れば大丈夫と、小西は好きな小歌をいい声で歌い出した。その時、木陰から山賊たちが現れた。 「気の毒だが正義のためだ!」 山賊たちは一斉に棍棒を振り上げた。

2023-04-16 14:31:17
徳本 @tokumoto0

猛然一撃。たちまち小西を袋叩きにした山賊たちは、気絶した小西を馬の背に乗せ、王城へ向かって駆け出した。路行く人を押しのけ、跳ねとばし、山賊たちは黒い風のように走った。犬を蹴とばし、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。

2023-04-16 14:31:48
徳本 @tokumoto0

陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も消えようとした時、山賊たちは疾風の如く王城に突入した。間に合った。 刑場の前にまだ気を失っている小西を横たえ、山賊たちは人知れず王城を後にした。 「良いことをした後は気持ちがええ」 足立康史は山賊の仲間たちと頷きあうのであった。

2023-04-16 14:32:34
徳本 @tokumoto0

全身を走る激痛で意識を取り戻した小西は、今まさに沈まんとする赤い太陽を見て天を仰いだ。 「とうとう間に合わなかった。泉は、私を信じたばかりに、何の罪科もなき身でやがて殺されなければならぬのだ。この刑場で…ってなんで俺は王城に着いてるんだ?!?!」 小西は、二度見した。

2023-04-16 14:33:14
徳本 @tokumoto0

「小西だ!小西が帰ってきたぞ!」 「見ろ!あの傷だらけの身体を!野を越え山越え濁流をかき分けて戻ってきたに違いない!」 「磔にされるとわかっていながら約束を果たすとは、なんという謹厳実直な男だ!」 沸き立つ群衆の喧騒の中、縄を解かれた泉が小西の前に現れた。

2023-04-16 14:33:48
徳本 @tokumoto0

「小西」泉は眼に涙を浮べて言った。 「私を殴れ。私は三日三晩、君のことを疑い通した。君がもし私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえ無いのだ。殴れ」 小西は茫然自失している。 「わかっている!何も言うな友よ!」泉は小西をひしと抱きしめた。友と友の間は、それでよかった。

2023-04-16 14:34:30
徳本 @tokumoto0

暴君馬場は、群衆の背後から二人の様を、まじまじと見つめていたが、やがて静かに二人に近づき、こう言った。 「おまえらの望みは叶ったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な妄想ではなかった」

2023-04-16 14:35:02
徳本 @tokumoto0

群衆をかき分け、警吏たちが磔の十字架を運んできた。 「皆の者、命を賭してまで人の道を貫いた男の最後の晴れ姿、しかと目に焼き付けるがよい」 どっと群衆の間に、歓声が起った。 (古伝説と、シルレルの詩から。)

2023-04-16 14:35:45