稲川淳二の『つぶやき怪談』(2022.08.29)

稲川淳二 @Junji_Inagawa

主に願相・手相を占っていた、 Ｔさんの客受けは悪くなかった。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

愛想がいいうえに、よく当たるということで、 彼の元に口コミで、 足を運ぶ女性客が多かったようだ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

あばら屋にいるときのＴさんは、 ぐうたらだったが、

稲川淳二 @Junji_Inagawa

天眼鏡で客の顔や手をのぞき込む彼の姿は、 少年の私から見ても頼もしく映った。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

いつの間にかＴさんの信奉者になっていた私は、 ある日、彼の「仕事場」でこんなことを訊ねた。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「占いの中に『死相』というのがあるよね、 どんなふうに見えるの？」

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「おまえさん、どこでそんな言葉を･･･」

稲川淳二 @Junji_Inagawa

機嫌の悪い顔などめったに見せないＴさんが、 そのときばかりは表情を曇らせた。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「いや、誰かが言ったのを聞いたから･･･、 Ｔさんなら詳しいだろうと思って」

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「そうか･･･」

稲川淳二 @Junji_Inagawa

Ｔさんは天眼鏡を右手でくるくる回しながら、 少しの間、天を仰いだ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

そして、おもむろに呟いた。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「スダレのようなものかな」 「スダレ？あの日除けに使う『簾』のこと？」

稲川淳二 @Junji_Inagawa

私は首をかしげた。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

その言葉からイメージを喚起するものは、 頭に浮かばなかった。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

Ｔさんは穏やかな笑みを漏らし、 私の頭を撫でた。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「まだ、おまえさんのようなボウズが、 考えることじゃないよ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

でも、わしのような仕事に興味を持っていたら、 いずれ、見ることがあるかもしれないな」

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「ふうん･･･」

稲川淳二 @Junji_Inagawa

私は年が経つにつれ、このときのTさんの話も、 Ｔさんの存在もすっかり忘れてしまった。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

あることがきっかけで、 この「死相」の話を思い出したのは、 成人を過ぎてからだった。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

昭和４０年代半ば。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

この頃、私は都内のある劇団で役者修行に励んでいて、

稲川淳二 @Junji_Inagawa

一時期、渋谷区松濤にある東千代之介さんの自宅で、 着付けや日本舞踊の指導を受けていたことがあった。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

劇団に顔を出しているときに東さんから、