- rouillewrite
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誰かのための自己犠牲。救われないなら、許せないなら他のためにこの命すら捧げようと。 よだかのように美しい星になれない。 しかし、さそりのように執着してしまった。 そのせいでどれだけ傷つけただろう、差し伸べられた手を払い除けただろう。
2023-06-25 22:51:34でも、終わるのだ。 揃いの瞳から、ぼたりぼたりと雨が降って。 陽だまりのように精一杯笑って、それが心を灯せるように。
2023-06-25 22:52:09まっ赤なうつくしい火が燃えてよるのやみを照らす。 燐の火のような青く美しい光は、貴方たちを包み込んで静かに燃えた。
2023-06-25 22:52:22市夏には幼馴染がいた。名前を清野 涼(きよの すず)。 市夏にとっては初恋の相手であり、男勝りな面のあったその少女は随分と頼もしく見えていた。
2023-06-25 22:53:30その頃の市夏は体格も同い年の子と比べれば、小さく、要領も悪く、声も小さかった。なによりも怖がりで泣き虫だった。
2023-06-25 22:54:07『おばけでしょ?近所のわんこでしょ?それから雷!イチカってばこわいものが多すぎるのよ』 『そ……そんなこと言ったって……』
2023-06-25 22:54:27小学3年生の、初夏。 いつものように涼と共に下校していたその日は、生憎の雨で雷も鳴っていた。 次第に強くなる雨と雷鳴の中で、元気に揺れる赤い傘と縮こまった黒い傘が並んでいる。
2023-06-25 22:55:21市夏は雷が鳴るたびに肩を震わせて、すでに涙目で。そんな彼に涼は呆れながらそれでも、笑顔でいつものように元気づけてくれていた。 そんな彼女が、幼心ながらに好きだった。
2023-06-25 22:55:55『……スズはこわくないの?』 『そりゃ少しはこわいよ?でも、私が怖がってたらイチカってばもーーっとこわがって泣いちゃうじゃない』 『そんなこと……!……ある、けど』 『ふふふ、でしょー?』 『……かっこわるい、よね。僕、おとこなのに』
2023-06-25 22:56:37『? なんで?』 『……なんで、って…』 『強さばかりがかっこよさだって思ってるなら違うわよイチカ。イチカの弱いところいっぱい知ってるけど、でも良いところだって私ちゃーんと知ってるんだから』 『良いところ…?』 『優しいところ!』
2023-06-25 22:57:12『……優しいのは、スズのほうだよ……』 『イチカが優しいから、私も優しくしたくなるの!』 『そう、なの…?』 『そうなの!』
2023-06-25 22:57:28ニコニコと楽しそうな彼女に薄っすらと笑顔が浮かびかけたその時、一際大きな雷が鳴る。 その途端、市夏はその場にしゃがみこんで動けなくなった。
2023-06-25 22:57:59少し怒ったような口調で涼が数歩先に進んでいく。傘で姿は見えないけれど、離れていく足音。けれど市夏は、その足音が止まってくれることを知っていた。 彼女の優しさに、甘えていた。
2023-06-25 22:58:46傘を少し傾けて、右目だけで離れた位置にいる涼を見る。 ちょうど彼女が足を止めてこちらに振り向いたところで。
2023-06-25 22:59:10『もう、はやくおいでよ、イチカ』 pic.twitter.com/XeK5tul4QZ
2023-06-25 22:59:45…目を開けて、見えた先に確認できたのは“涼と思われる”真っ黒なそれ。 雷が彼女の傘に落ちて、それが原因で彼女が死んだのは明白だった。
2023-06-25 23:02:49……それ以来。 市夏は雨の中、傘を差すことが出来なくなった。登下校に雨が降れば必ずレインウェアを着ていたし、雷の日に誰かが傘を差していれば万が一の確率を考えて怯えていた。
2023-06-25 23:04:13そして何よりも変わってしまったのは、市夏の心であった。 涼が死んだのは自分が臆病だったからだ。 もうこれ以上、自分の目の前で。 自分のせいで。 だからもう誰も死なせない。 涼を死なせてしまった分、誰かを助けなければ。 救わなければ。
2023-06-25 23:05:16