今の時代、どこにもあるような狂気を秘めた、病んだ女の子葵のツイノベです。まだ完了していません。
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Toki Minami @tttxoxoxokkkiii

葵65 父は弥生先生と一緒に歩いていた。そこにいた父は、まるで他人のような面構えをしていた。一瞬のことで、葵には何が起きているのかさっぱり理解できなかった。授業で叩き込まれた数式で頭が一杯で、だから何か幻想を見たのかもしれない。葵は数式を唱え自分を交わしてみた。#twnovel

2011-11-23 02:15:20
Toki Minami @tttxoxoxokkkiii

葵64 それは受験を控えた高三の年の瀬だった。塾は都心の父のオフィス至近で、漸く授業を終えた葵は同級生らとともにビルを出て帰途を急いでいた。いつも家にいない父の動静など大して気にもしていなかったが、その日は偶然、母から地方出張だと聞いていた矢先、父を見掛けた。#twnovel

2011-11-23 02:13:30
Toki Minami @tttxoxoxokkkiii

葵63 弥生先生は変わっていなかった。再会するまでの出来事と近況をお互い一通り報告し終わると、一仕事でも終えたように彼女はにこやかに深呼吸した。弥生先生の優しい物腰と穏やかな笑い声は、プールサイドで過ごしたあの頃を葵に鮮やかに蘇らせた。ただ一点の曇りとともに。#twnovel

2011-11-22 02:03:24
Toki Minami @tttxoxoxokkkiii

葵62 弥生先生だった。幼少時から中学入学まで通い続けたスイミングで、お世話になったインストラクター。「今も泳いでいるのね、嬉しいわ」気取らない笑顔が、あの頃を彷彿とさせる。プールの後のジャグジーを中止して、二人でお茶をすることになったのはごく自然な流れだった。#twnovel

2011-11-16 02:35:20
Toki Minami @tttxoxoxokkkiii

葵61 「葵さん…じゃない?」微かに自信の無さを乗せた声で、しかし懐かしさを隠さずに女性はプールサイドで声を掛けてきた。屈託のない笑顔。締まった身体。一目で泳ぎ込んでいることは明らかだった。葵は彼女を思い出すまでに暫く時間を要したが、記憶が葵にも笑顔を作らせた。#twnovel

2011-11-16 02:32:56
Toki Minami @tttxoxoxokkkiii

葵60 丑三つ時に突如訪れた安穏とした気持ち。葵はそれを否定したい自分に気付いた。自分で決めたはずなのに、選んだ道はどこか苦しい。いつかのルールが葵を苦しめている気がした。ビジネスマンの広げる腕の中が、今ここが、自分のいるべき場所なのかどうか、葵には解らなかった。#twnovel

2011-11-15 02:27:48
Toki Minami @tttxoxoxokkkiii

葵59 案の定寝付けずに横を見ると、ビジネスマンが眠っている。寝言を言っているようだったので葵は耳をそばだて彼の口元をじっと見た。「あおい」…嘘でしょう?口元はそう動いているように見えた。ふと降りてきた穏やかな気持ちが信じられず、葵は声に出してふふふと笑ってみた。#twnovel

2011-11-15 02:22:21
Toki Minami @tttxoxoxokkkiii

葵58 コンサートの後、二人は軽い食事とワインを楽しんだ。葵は飲める口ではなかったが、少量を嗜むのを好んだ。ピアノの音色は、いつもは制御不能なほどに心を覆う霧を緩やかに馴染ませ、久しくリラックスさせた。その晩、彼女はビジネスマンの家に泊まった。初めてのことだった。#twnovel

2011-11-14 01:14:50
Toki Minami @tttxoxoxokkkiii

葵57 その晩、葵はビジネスマンとコンサートに出掛けた。著名なピアニストが来日していて、チケットも取りづらいという貴重なものだったが、取引先から2枚貰ったのだという。真偽の程はわからなかったがとにかく、葵はショパンを楽しんだ。ピアノの音色は心の襞を解きほぐした。#twnovel

2011-11-14 01:13:01
Toki Minami @tttxoxoxokkkiii

葵56 主治医は微笑んだ。葵も小さく笑った。いつか主治医と、川沿いの土手で、寝転がって過ごしたことを思い出した。暖かい春の日。「いつか会えるといいね、彼に」「タケルに…?」「そう」「わからないわ…でも、そうね」主治医は珈琲を飲み干した。葵は主治医を想って俯いた。#twnovel

2011-11-12 23:32:32
Toki Minami @tttxoxoxokkkiii

葵55 主治医の一時の自由を謳歌した生活は終わりを告げる。その自由とは名ばかりで、彼はずっと檻の中にいたのかもしれないけれど、主治医の闇と葵の霧は何処か似ていて、それは少しだけ、でも確かに二人を楽にしたものだった。彼の瞳には絶望感が垣間見られて、葵は苦しくなった。#twnovel

2011-11-12 23:31:01
Toki Minami @tttxoxoxokkkiii

葵54 「結婚することになったよ」主治医はどこか自嘲気味に言った。相手とは一度顔合わせをしたくらいで、ほぼ親の決めた話だという。同時に実家へ帰る事になるとも。そう。葵は呟くように返事をした。彼の実家の環境からして想像できない話ではなく、だからこそ切なさが募った。#twnovel

2011-11-11 01:35:58
Toki Minami @tttxoxoxokkkiii

葵53 久しく連絡のなかった主治医から電話が入った。二人で銀杏並木の街道を歩いた。彼は葵がまた痩せたことに気付いたが、口には出さなかった。葵は暫く病院にも行っていない。他愛ない話が続き、ふと会話が途切れた。葵が珈琲を飲もうと提案して、二人はカフェに入った。#twnovel

2011-11-10 02:09:25
Toki Minami @tttxoxoxokkkiii

葵52 何故だろう。ビジネスマンはいつも手を差し延べてくれる。まるで暖かいベッドのように両手を広げて。時には素直に応え、時には一瞬躊躇してそれを受ける。そして断る事もある。寧ろそれが殆どのように葵には思えた。否、断るのではなく、上手く応えられないのだ。#twnovel

2011-11-07 02:06:01
Toki Minami @tttxoxoxokkkiii

葵51 水の中は一際静かで心が凪いだ。たまにボコボコと自分の息を吐く音が聞こえるくらいで、後は水圧を感じるだけだ。プールでは孤独を涼やかに感じる。いつも一人だというのに、その上孤独になりたいなんて。葵は自嘲気味に笑って、今日も逢瀬を断ったビジネスマンの事を想った。#twnovel

2011-11-07 02:03:44
Toki Minami @tttxoxoxokkkiii

葵50 相変わらずタケルの屈託のない笑顔は健在で、それは彼の周りに人を呼び寄せた。時には葵の前でタケルに気持ちを伝えに来る女子学生もいて、タケルは嬉しいとは言うものの、さして興味を示さなかった。そして遠くを見るような眼差しを以前にも増してよくするようになっていた。#twnovel

2011-11-06 04:49:12
Toki Minami @tttxoxoxokkkiii

葵49 大学3年の秋、母から一人暮しの許可が下りた。葵のコンディションを見兼ねて反対してきた母も、ここに来て漸くゴーサインを出した。既に一人で暮していたタケルは、母の代わりにルールを作った。どんなに夜遅くなっても必ずお互いの家に帰ること。タケルらしいルールだった。#twnovel

2011-11-06 04:47:44
Toki Minami @tttxoxoxokkkiii

葵48 その晩タケルは夜の街に消え、葵は父とマンションへ向かった。父と二人なんていったい何年ぶりだろう。大して会話も交わさず、家に着くと父の煎れたお茶を飲み、床に着いた。いつか父がくれたどんぐりの実はまだ葵のバッグに入っていて、それを確かめて葵は目を閉じた。#twnovel

2011-11-05 00:31:28
Toki Minami @tttxoxoxokkkiii

葵47 父とタケルは笑顔で握手を交わし、まるで古くからの友人でさえあるかのように、今葵の傍で話している。葵の事が二人とも目に入っていないかのように。ごくたまに相槌を打つ位で、葵は殆ど会話に入ってはいなかった。けれど父もタケルも楽しそうで、葵は不思議な感覚を覚えた。#twnovel

2011-11-05 00:27:15
Toki Minami @tttxoxoxokkkiii

葵46 その気温からか、いつもは饒舌なタケルも今回は口数が少なかったが、葵は気にならなかった。時々滑ってはタケルの手を掴み、一度は一緒に転びもした。刺すような寒さなのにどこか暖かい。頬が火照って痛い。父はこの同じ灰色の空の下にいて、間もなく会う予定だった。#twnovel

2011-11-03 00:42:58
Toki Minami @tttxoxoxokkkiii

葵45 北の大地は突き刺すように寒かった。経験したことのない体感に、足が一瞬すくんだ。覆いかぶさるような灰色の空がふと不安感を掻き立てたが、冷たいタケルの手が葵の手を掬い、心も掬い上げた。葵の気持ちは無事、いつもの旅のように起点を通過する時の温度を取り戻した。#twnovel

2011-11-03 00:41:45
Toki Minami @tttxoxoxokkkiii

葵44 父は目を逸らさなかった。「葵、わかる?」優しく言われると解るような気がした。それでもかなり間をおいて、葵は何とか促されるように頷いた。「よし、いい子だ。帰ろう」最後に両手を握り、そう言うと父は踵を返して前を向き歩き始めた。父はいつも葵の返事を待ってくれた。#twnovel

2011-11-02 01:18:20
Toki Minami @tttxoxoxokkkiii

葵43 父は立ち止まると、葵の前に立ち屈んで葵と目線を合わせた。葵の目からは涙が零れた。「ママは葵に大きくなってほしいから、きちんとご飯を食べてと怒ったんだ。葵の事が嫌いで言ってるんじゃない。わかる?」声には優しさが感じられて、その安心感に葵は鳴咽し始めた。#twnovel

2011-11-02 01:16:58
Toki Minami @tttxoxoxokkkiii

葵42 家から少し遠ざかると、父は話し掛けてきた。「どうしてママに怒られたんだい?」「葵がご飯を食べないから」少し間を置いて、父は言った。「なぜご飯を食べないと、ママは怒ったのだと思う?」幼い葵は上手く応えられず黙っていた。泣き出しそうになった。父の歩が止まった。#twnovel

2011-11-01 01:42:23
Toki Minami @tttxoxoxokkkiii

葵41 確か6歳の時だ。珍しくその晩、父は葵の就寝前に帰宅していて、母に怒られた葵を目の当たりにした。食事をしていた父はそっと箸を置くと、不愉快な視線を送る母を横目に、葵の手を取り散歩に連れ出した。葵は手を差し延べる父に救いを求めると、一も二もなく着いて行った。#twnovel

2011-11-01 01:39:43