ギガベース日誌 ほのぼの閑話「エンブレムを作ろう」

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「エンブレムを新調する」 「何？」 深夜4時、サイセター第二会議室。 DfJに呼び出しを受けた主力艦達は、突拍子も無い提案を寝耳で受け止め、困惑した。　#ギガベース日誌

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「提督の……機体のですか？調整中のあの……」 「うちの共通エンブレムだ。お前らが首とか脚とか艤装に入れてるあのタトゥー。あれを新調する。さっき決めた」 「それあたし達呼び出す必要あったの？」 寝癖がついた髪をいじりながら、北上があくび混じりの声で抗議する。　#ギガベース日誌

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「このエンブレムのデザインにはお前達をほっっっとんど関わらせなかった。今回は全艦の意見を取り入れる」 「変なとこ民主的になったじゃん。こりゃ来年のお年玉には期待かな」 「来年まで生きてればな。地中海の準備で忙しい時にエンブレムのデザイン考えてる場合かよ」　#ギガベース日誌」

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「天龍、節分大臣のお前ならこういうものの重要性をわかってくれると思ったんだがな。地中海が近いからこそ、だ。チンタラしてたら作戦開始に間に合わなくなる」 「Admiral、そもそもエンブレムを新調する動機を聞きたい。現行のものでは何か不足か？」　#ギガベース日誌

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グラーフからの質問に、DfJは数秒ほど無言のまま斜め上に視線を向けた。 （言いにくい理由なんだな） 9割の艦がそう察した。 「横須賀の前まで俺が患ってた記憶障害だが」　#ギガベース日誌

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己の額を人差し指で指し示しながら、DfJは言葉を続けた。 「自分でもびっくりするぐらい快復していて、それに伴って忘れてた昔の記憶が突発的に浮かび上がってくる事が最近多い。昔日本で見かけたゴリラが看板になってるカレー屋とかキサラギのキモすぎる生物兵器の処理任務とか」　#ギガベース日誌

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「その流れで、ついさっき現行のエンブレムを決めた経緯を思い出して、少し気分が悪くなった。それに、第二艦隊との統合や横須賀の一件で俺にもお前達にも大きな心境の変化があったろう。いい機会だと思ってな」 「確か、トーラスの専属デザイナーに依頼していませんでしたか」　#ギガベース日誌

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鎮守府の初期メンバーである加賀のみが、現行のエンブレムの制定経緯を断片的に記憶していた。 「そうだ。実際には、制定にあたってしょうもないゴタゴタがあった。うちの現行エンブレムは、厳密にはトーラス製ですらない」 「好ましくない経緯で制定された、ってことね」　#ギガベース日誌

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2年ほど前。 トーラス本社。　#ギガベース日誌

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廊下を我が物顔で歩くその存在に、本来その施設を使う立場にあるトーラス職員達は怖じ気付き、人目を隠れ潜む害獣のように脇の部屋へ退去しようとした。 その背中を、重く冷たい声が縫い留める。 「おい、そこの」 「はひぃ」　#ギガベース日誌

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「この女の居場所わかるか。仕事を頼んでいて、今日仕上がると聞いてるんだが」 「あっあっ、えーと、ノエミ・ジスカール……？知ってる？」 「話したこと無いけど、デザインルームの人でしょ。4階の角部屋にいるかと。そこの階段が近いです」　#ギガベース日誌

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「助かった」 DfJは指定された場所を目指し階段を駆け上がった。 トーラスデザイン室長ノエミ・ジスカール。彼は自らが組織した鎮守府を名乗るテロ集団が掲げるに相応しいエンブレムの調達をトーラスに依頼し、代表はその仕事をノエミに振った。　#ギガベース日誌

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傭兵時代はエンブレムには無頓着であり、人類社会に致命的な一撃を加えてからは嫌がらせ目的でORCA旅団のエンブレムを自機に貼っていたDfJだったが、世界の敵意を集めるためにはわかりやすい象徴があった方がいいという思いつきでトーラスに依頼を投げていた。　#ギガベース日誌

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デザイン室に到着する。 部屋の前の廊下には、今となっては使う人間も珍しい、アナログペイント作業に用いる画材や参考資料が山積し、病院のごとく清潔な社屋の中に突如として出没した異空間がそこにあった。 「DfJだ！入るぞ」　#ギガベース日誌

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ノエミ・ジスカールは、『変態』という他社からトーラス社員に向けられる一般的な評価の例に漏れず、奇抜な精神性と外観を兼ね備えた人物だった。　#ギガベース日誌

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髪色は常に七色に染め上げ、主流のデジタル描画ツールやAI画家のアシストを嫌い、作業に必要と称してその美的感覚に合致した社員を男女問わず呼びつけ雑談の聞き役として横に侍らせた。 そんな彼女が築き上げた作業場は、見た目は乱雑ながら創造的作業に最適化された工廠とも言える。　#ギガベース日誌

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はずだった。 「あっ……」 返事を待たずに入室したDfJが見たのは、リュックサックに入り切らないほどの何かを詰め込んでいる最中のジスカールだった。 「おう。やっぱり此処にいたか。依頼してたエンブレムを見に来た。何で荷造りなんかしてんだ？」 「あっ、えー、なん」　#ギガベース日誌

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「まあ良いや。見せろ！」 ノエミが困惑していた最大の理由はDfJが指定した時間の2時間前に部屋を訪れた事だったのだが、そもそも細かい時間を忘れていたDfJにとってそんな事はどうでも良かった。 「あー。あうーん、えと、はい。じゃ、こちらにかけて、はい。お茶出しま……」　#ギガベース日誌

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「いらん！それよりエンブレムを早く見せろ！イカす仕上がりになってんだろうな！」 「……はい。では、えー、こちら。スゥーーーーーーッッ……えー……こちらが、その、エンブレムで、す」 何か覚悟を決めたような表情の後、ノエミはスケッチブックを差し出した。　#ギガベース日誌

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「どれどれ……おい、これ、何も書いてないぞ」 捲るページを間違えたかと紙をはためかせ、湿った空気がノエミの冷や汗にまみれた額を撫でた。 「それが、貴方の艦隊に最も相応しいエンブレム、です」 「何？」 「えーと、すなわち、無。ナッシン。ヴォイド。虚無です」　#ギガベース日誌

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「貴方の目的は世界の全てと敵対し、えー、あの、でっ、全てと戦うこと。その結末に待つのは？そう、あの、無です。何も残らない。貴方は全てを焼き尽くし、灰すら残らぬ虚無が終わりにある。これが私が考えに考え抜き行き着いたギガベース鎮守府の解釈でっ」 破裂音が言葉を遮った。　#ギガベース日誌

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「……あぁーーーっ？！？！？？！？！？？いぃいぃぃいいっづああぁああ！？！？」 DfJが取り出した拳銃に膝を撃ち抜かれ、ノエミは絶叫しながら崩れ落ちた。 「代表？俺だ。今すぐデザインルームに来てくれ。あ？仕事サボってクソみたいな言い訳したから撃った！床で転がってるよ」　#ギガベース日誌

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「安心しろまだ殺さねえよ。殺していいか確認したくてかけたんだよ。じゃあな。待ってる」 電話を一方的に切ったDfJはその場にしゃがみ、銃口をノエミの胸に押し付けた。 「依頼は契約内容通りにやってくれよ。インテリオルじゃねえんだから」 「はーっ、ぎっ、嫌、こ、ころ」　#ギガベース日誌

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一時間後。 応急手当を終えたノエミ、代表、DfJの三者が社長室に集っていた。 「ノエミ。その、発砲については最善の対応をしましょう。しかし何故、彼からの依頼を放棄したのです？私から見ても、貴方らしくない振る舞いです」 「……っ」　#ギガベース日誌