右園死児報告の真島文吉新作ノベル。アメコミヒーロー小説『ラーヴァマン』。

真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

母ちゃんは言っていた。絶望は希望の顔をしてやって来るんだって。1990年の6月12日、ミスター絶望はブラウン管の中から俺達に挨拶してきた。赤い海パンとアイマスクを着けた変態が、市長と並んで微笑んでいた。市長が変態をヒーローと呼んだ瞬間、変態の衣装は地球一カッけえコスチュームになった。

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服屋には赤い海パンが大量に並び、白昼堂々アイマスクを着けるバカが街にあふれた。ロックスターのコスプレが流行るのと同じだ。俺の街は海も無いのに海パンアイマスクシティになった。ミスター絶望は良くやっていた。犯罪撲滅を掲げたヒーローは休み無く戦い続ける。モンスターベンツとカラテで。

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銀行強盗、ハイジャッカー、ド派手な大悪党と正面切って対決する。大悪党達はネズミやカエルの覆面を着けていて、まるでコミックの悪役だった。ミスター絶望は剣林弾雨をかいくぐり、大金と美女を救い出しマスコミのインタビューを受ける。そしてまた、海パンが売れる。

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でも、友達のマークは言っていた。ミスター絶望が逮捕する大悪党は、本当は俳優なんだって。留置所に入った後、こっそり覆面を取って裏から逃げるんだって。そして今度は別の覆面をして、別の騒ぎを起こす。そう言っていたマークは汚職警官どもにドブに捨てられちまった。マークは良いやつだったよ。

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街の連中の多くはミスター絶望を歓迎した。スーパーヒーローは街を良くしてくれる。そう信じた。信じてないのは俺達貧困層だ。最も犯罪にまみれたスラムに生活しているからこそ分かる。犯罪はちっとも減ってないって。スーパーヒーローがスリや、小銭泥棒や、レイプ犯を捕まえてくれるか？

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むしろミスター絶望がいるせいで、治安は悪化した。ヒーローがいるなら警官はもっと少なくて良いだろう。治安が良くなったのだから弱者支援は削減だ。そういうクソみたいな言葉が議会で飛び交った。もしも覆面大悪党が本物の犯罪者でも、ミスター絶望は俺達を救わない。力にならない。

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友達のコニーが言っていた。ミスター絶望は富裕層のクソの息子だって。明日の寝床に困るような貧困層の人生は想像もできないし、する気もないって。コニーは電話代を安くするためのデモに参加して、正体不明の男どもに殴られて死んだ。コニーは良いやつだったよ。

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ああ、俺はひとりなんだ。良いやつはみんな死んだ。真実を語るやつはみんないなくなった。ミスター絶望は見栄えがいい。アイマスクを着けてたってイケメンなのが分かる。体型は逆三角形で、所作が洗練されてる。きっと専属のトレーナーが居て、食事のバランスも栄養士が計算してるんだ。

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俺の体はガタガタだ。子供の頃からひでえ目に遭い続けて、顔は古いジャガイモみたいだ。鉄骨や砂利を運ぶ仕事を続けたせいで、骨がゆがんでる。人の目が見れなくて、言葉がうまく出ない。どもりが治らない。役所に行って、クソ野郎の受付に罵倒されて、なんとか金をめぐんでもらってる。

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どこも俺を雇ってくれない。8年前に兵役を受けて、外国で名前も知らないジジイに眉間を撃ち抜かれた。あれから、靴紐が結べない。どうしても結べない。何でもないのに涙が止まらない。ミスター絶望が犯罪と戦わないから友達も亡くした。俺はひとりだ。俺は終わりだ。

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ああ。でも。ヒーローは悪くないな。ミスター絶望のことじゃない。弱い人間のために命を張るヒーローは、全年齢全性別向けの白馬の王子みたいなもんだ。誰かが救ってくれれば、俺だって何者かになれたんだ。でも、ヒーローは俺を見ない。貧困層の住むスラムを見ない。

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美しい被害者。カメラ映えのする被害者。俺が二十代のブロンド美女なら救われたんだ。そうだろ。そういうことだろ。俺は子供の頃から不幸だった。でもおかしなことに、不幸な子供は年を取るごとに、ますます救われなくなっていくんだ。被害者としての価値が落ちるからだ。

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大人のくせに弱音を吐くな。おっさんのくせに泣き言を言うな。老人のくせに助けを乞うな。おかしいぜ。救われなかった子供が救われないまま放置されて、年を取ったら、なんで自力で這い上がるのが当然みたいに言われるんだ？ずっと救われないままなんだ。這い上がれるわけがねえ。

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ヒーローなんかいない。分かってるんだ。でもだからこそ必要なんだ。ドン底にへばりついてる人間の気持ちなんか、偉そうに自助だの自己責任だの語ってる奴らには分からねえんだろ。ああ、でも、自助……自己責任……。この言葉の本当の意味は、俺の力になるんだ。

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赤い海パンにアイマスクなんて、正気じゃない。でも俺の選択肢にそれ以上のものがあるか？紙袋に穴開けてかぶってみた。軍隊時代にもらったヘルメットに、スマイルマークをペイントしてみた。製鉄所に忍び込んで仮面を自作してみた。全部恐ろしくダサかった。

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どうすればいい。電気屋のショーウィンドウに並ぶ薄型テレビを眺めていて、不意に天啓が降りた。貧困層の守護聖人が俺にささやいた。そうだ。これ以外に無い。俺はショーウィンドウにヤモリのように張り付いた。ミスター絶望が、赤い海パンとアイマスクを手に笑っていた。

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『そうなんだ。コスチュームを新調することになってね。さすがに2020年代になって海パンアイマスクはキツくってさ。もっとクールな……赤いフェイスガードやコンバットスーツに代えてもらうんだよ。昔のコスチュームに愛着を感じてくれてるファンには悪いけどさ、まあ時代ってやつでね……』

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赤い海パンとアイマスク。レザーの手袋にブーツ。この数十年、売れに売れまくった衣装は、いまやゴミ捨て場に行けば無限に手に入る。フェイスガードにマントを着けたバカどもの歩く通りに、俺はオイルのシミのついた古い衣装で侵入する。ブーツの紐は結べないから、先がプラプラ揺れる。

真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

子供の頃からダサいと思っていたヒーロースーツが、今は誇らしい。この街でこれを着ているのは俺だけだ。この衣装は俺のものだ。弾丸と燃料爆弾に焼かれた俺の体には、体毛も皮膚もまばらにしか無い。すれ違うやつらがビビって道を空ける。喧嘩を売ってくるやつもいるが、俺は一般人よりは、強い。

真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

骨が歪んでいても、靴紐が結べなくても、人と目を合わせられなくても、俺はこの世の地獄を生き抜いてきたし、何より俺は、ヒーローだから。俺のための、俺を救うためだけに生まれた、ヒーローだから。両手がベトっとする。悲鳴が聞こえる。涙が止まらない。モンスターマシンのエンジン音が聞こえる。

真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

スラムでなきゃあ、こんなにすぐに現れるのか。俺が振り向くと、有象無象の1人が俺をポテトヘッドと呼んだ。野郎、そんなあだ名を付けてやがるのか。ミスター絶望が戦車みたいな車から降りてくる。みんなは彼をラーヴァマンと呼んだ。そんな名前だったのか？溶岩男？心底ダせえ。

真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

お前はミスター絶望で、俺はポテトヘッドなんかじゃねえ。俺はミスター希望だ。ホープだ。負ける気がしねえ。お前はこのスーツを捨てたんだ。数十年の歴史と強さを捨てた。ヒーローの証を捨てたんだ。全部、俺がもらう。俺がお前を食うんだ。

真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

コスプレ野郎め。俺が本物だ。 了

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