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冬コミの話題とTL連動してたんだなぁ オーラルヒストリー「パンストムシキング史」 togetter.com/li/2029718
2023-09-25 20:12:34ギィ、と耳慣れた軋んだ音を立ててロッカーの扉が閉じられる。足元に置かれたラケットバッグには適当に放り込んだロッカーの中身で既にいっぱいだった。
2023-10-09 19:36:04閉じられた扉に貼られた自身の名札を凝視する。 私は自分の名字が嫌だった。このスポーツ界隈で自己紹介した時に言われる言葉は大体決まっているから。
2023-10-09 19:37:37「もしかしてあのオリンピック銀メダルの?」そう、私はどこまで言っても母の添え物でしかない。もしくは高校入学一年目にして高校三大大会を制覇した姉の。
2023-10-09 19:41:16紙にマジックで記入しただけの簡素な名札を外し、くしゃりと握り締めてから部室の隅にあるゴミ箱に適当に放り込む。 もう、私には関係が無い。母も姉も。関係が無くなった。
2023-10-09 19:41:44その場に残った未練を断ち切るように踵を返して部室のドアを開けると、外には二年生の佐藤が立っていた。たまたま部活の準備で早めに部室に来たのだろう。私と目が合った彼女は気まずそうに目を逸らした。
2023-10-09 19:42:13特に喋りかけるでも無く、私は無言のまま彼女の横を通り過ぎる。 「お、おつかれさま、でした」部活動の習慣で上級生に対して反射的に発せられたその言葉はか細く、言葉尻も消えて霧散した。 余計な気まずさを胸に抱えたまま、私は部室を後にした。
2023-10-09 19:43:51ーーーーーーーーーーーーーーーー 夏休み前の教室には独特の空気が充満している。 中学生最後の夏だからこそ、勉強も遊びも悔い無く過ごすぞ、という意気込みが教室の空気を浮ついたものにしていた。
2023-10-09 19:44:48それに対して、私はひとり窓際の席でグラウンドを眺めながらボーっとしていた。 おそらくこの教室にいる者のほとんどは地元の偏差値高めの公立へ行くかスポーツ推薦がある私立に行くかの2パターンだろう。
2023-10-09 19:47:56かくいう私も浮かれていないがスポーツ推薦を目指す内のひとりだった。 ━━1ヶ月前までは。 知らず右腕に巻かれた包帯に手を当ててしまう。
2023-10-09 19:49:05これからについて考える事は山ほどあった。 明るい表情のクラスメイトたちに悟られないように平然とした顔を装っているが正直不安で押しつぶされそうだ。
2023-10-09 19:49:56担任の教師が教壇の前で通り一遍の「夏は危険な季節だから注意しろ」と捲し立てているが、時間を告げるチャイムが鳴った際に生徒があげた歓声の大きさから、誰も聞いていないことは明白だった。
2023-10-09 19:51:58早速仲の良いグループがいくつか集まって今からカラオケに行く算段を話し合っている。 私は、というと特に仲の良いクラスメイトもおらず、義理で誘われても面倒、とばかりに足早に荷物を抱えて教室を出て行った。
2023-10-09 19:52:51背後でどっと上がった笑い声が私にあてたものでは無いと分かってはいたが、私の気持ちは暗く沈むばかりだった。 ーーーーーーーーーーーーーーーー
2023-10-09 19:53:18家までの帰り道で、これほど気が重くなる日は今まで無かった。 いや、練習がきつくて帰りたく無い、と思う日は幾度もあった。しかしまだそのしごきの先に親が設定した目標があった時の話だ。
2023-10-09 19:54:15部活を辞めた今はもう、私には親からのあったかどうか分からない小さな期待も、その親が敷いていたレールの先にあるプロテニス選手という将来も、全て無くなってしまった。
2023-10-09 19:54:42ずきりと、右手が痛んだ気がした。 多分気のせいだろう。お医者さんは「手術は成功しました、日常生活もじきに問題無く送れるようになるでしょう」と言っていたし、その後のリハビリも私は頑張った。
2023-10-09 19:55:18ただ「もうテニスを続けるのは無理だ」と言われただけ。 ━━ただ、それだけ。 体に重たい泥を流し込まれた様に足の動きが鈍くなる。頭も重い。 必然、下を向いてしまう。このまま放って置いたらいずれ涙がこぼれてくるだろう。
2023-10-09 19:55:54誰かに泣いているところを見られたくなくて、私は普段通っている帰り道から河川敷の脇道にずれる。 きゅっと狭くなった道の両脇には夏草が繁茂して道に張り出し、虫が多い事からランニングコースにしている人以外滅多にここを通る人間はいない。
2023-10-09 19:56:49あたりに誰もいない事がわかると私は涙を拭い、遠くに掛かった橋を目標に歩を進める。 離れた道路から聞こえる車のエンジン音と近くで鳴くセミの音、容赦なく照りつける太陽がわたしの足取りをふらふらと不確かなものにする。 手に食い込む鞄の重さが憎い。
2023-10-09 19:57:25