エリザ氏による、ソード&バックラーが時代遅れになってレイピアが登場した時代背景

ブランドイメージって大事 タイトル変更しました
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エリザ @elizabeth_munh

いんたーねっとRAFちゃんねる

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中世イングランドでは幅広の長剣に機動性の高い小盾と言うソード&バックラーと言うスタイルが長らく支持されてきた。しかし16世紀、伝統的なスタイルは一本の剣によってたちまち塗り替えられる。 それがレイピア。軽く今日はその辺を話しましょう。 pic.twitter.com/X4JZSnWAAg

2023-11-01 20:52:15
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エリザ @elizabeth_munh

中世も後期に入ると甲冑の進化は極限まで達し、それを破るための武器は大型化。剣術も装甲の隙間を突いたり、留め金を破損させて鎧を壊したりするようなものとなる。 とは言えそこまで極端に装甲化された敵というのは少なく、また平時でも街道を歩くだけで危険な時代。

2023-11-01 20:56:47
エリザ @elizabeth_munh

まだまだソード&バックラーと言うスタイルには需要があった。中世後期の典型的なイングランドの旅人は最低限の武装として長剣とバックラーを携えてたし、それを教える道場もある。 状況に変化が訪れたのは大陸からだった。

2023-11-01 21:00:46
エリザ @elizabeth_munh

ドレスソード、即ち実戦に耐えない、装いの一部としての剣と見做されていたレイピアがイタリアで大躍進を遂げた。 銃が普及し始めると鎧の価値は低下し、緩やかに軽装化へと向かう。 そうすると頑丈な板金鎧を破るために大型化していた剣も存在意義をなくし、軽量化。

2023-11-01 21:04:15
エリザ @elizabeth_munh

剣は依然、重要な近接戦闘武器であり、兵種を問わず軍人は皆装備したものの、メインウェポンからサイドアームへと立場を変える。戦場における有効性は低下した。携行性が以後は重視される。 代わって装飾性や象徴としての機能を剣は高めた。闘争が身近な時代、剣とは最も携帯しやすい権威の象徴。

2023-11-01 21:12:08
エリザ @elizabeth_munh

こうして戦場での実用性から離れた、コスチュームの一部としての剣が流行し、市民すらも剣を帯び始めた。 レイピア流行の理由はいくつかある。まず一つ目はその扱いやすさと軽量さ、そしてデザインの良さで、ひと昔前の騎士や傭兵達が使っていた大型の両手剣よりもはるかに優美だった。

2023-11-01 21:16:22
エリザ @elizabeth_munh

日本の大太刀にも言えることだけど、重装の甲冑に対抗するために大型化する剣は、やがて実用性より視覚的な象徴性を重視するようになる。 剛腕、剛気を是とする風潮は大剣を担ぐ豪傑を讃えるものの、そうした人達はしばしば無頼漢、乱暴者、粗野と言った評価を向けられる。

2023-11-01 21:21:03
エリザ @elizabeth_munh

大型の剣を担ぐ人達は剣を半ばハッタリの道具として使ったので、普段の態度からしてよく言えば豪傑らしく、悪く言えば乱暴者だった。 しかしレイピアはいかに長くてもそのようなイメージを抱かれにくいデザインだし、取り回しもそのような武器に比べれば優れている。

2023-11-01 21:24:33
エリザ @elizabeth_munh

普通の市民が身につけていても、悪印象を持たれにくい。 もう一つは剣術ブームがある。それまで剣術と言うのは誰かに師事したり、剣術道場で学ぶしかないもので、習得の機会は限られていた。 中世の学識層とは聖職者であり、彼らは剣術と距離がある。剣術書など出回らない。

2023-11-01 21:28:44
エリザ @elizabeth_munh

しかし16世紀初めにはイタリアで初となる剣術指南書が出版され、更に本職が剣豪ではなく工学者であるカミッロ・アグリッパが科学的な見地から独自の剣術を開拓。 対甲冑ではなく、互いにいつでも身につけているレイピアを前提とした、刺突を主とした現代フェンシングの基礎となる剣術理論を探究した。

2023-11-01 21:33:08
エリザ @elizabeth_munh

剣は既にして戦場から半ば退き、メインの活躍場所を平時に移している。 アグリッパの剣術は正に時代に沿うもので、大陸はイタリア剣術で湧いた。我らがイングランドもこれを座視する事はできず、イタリア剣術輸入の試みが始まるも、それはイングランドの伝統剣術との軋轢をたちまち産んだ。

2023-11-01 21:36:33
エリザ @elizabeth_munh

ジョージ・シルバーはそうした時代のイングランドの剣豪で、身分としてはジェンルマンでありつつ、武芸に通じ、レイピアにも熟達していると豪語する人物だった。 たとえば彼はイタリア剣術を発展させたスペイン剣術を批判する。 「確かに強い。最強だろう。ただし、身につけられればの話だ」 pic.twitter.com/WKPmimKpQA

2023-11-01 21:40:32
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エリザ @elizabeth_munh

工学者アグリッパの科学的見地によって生じたイタリア剣術に対抗したスペイン剣術は哲学に片足を深く突っ込んでおり、剣術と音楽、幾何学、天文学などを組み合わせた難解で過度に理論的なものとなっていた。 「頭でっかちだ。実践できるとは思えない」

2023-11-01 21:45:37
エリザ @elizabeth_munh

イングランドとスペインの関係が悪化し、やがてアルマダ海戦が起きて20年の長きに渡る英西戦争が始まると、尚のことスペイン剣術を受容しようと言う気は無くなった。 シルバーの真のライバルは本家たるイタリア剣術で、彼は生涯をかけてこれに抵抗する。

2023-11-01 21:48:56
エリザ @elizabeth_munh

イタリア剣術を初めてイングランドにもたらしたのはイタリア人外交官のボネッティで、生活に困窮したために始めたことながら、彼はイングランド上流階級のニーズを見事に読み切った。 「イングランド伝統の剣術は寧ろ彼らにとってもイメージが悪い。なら、ブランド戦略でいこう」

2023-11-01 21:52:23
エリザ @elizabeth_munh

甲冑を纏った騎士同士が強打を繰り返して敵を消耗させ、戦闘力を喪失したところで隙間を突く式の剣術に基礎を置く荒々しい剣術は当時の上流階級の好むところではなく、ボネッティは豪華なトレーニングルームと流麗な剣技、イタリア式の礼儀作法で自らをブランディングする。 たちまち大人気となった。

2023-11-01 21:55:47
エリザ @elizabeth_munh

「バカな! あんなものは剣術ではない! イングランドの伝統剣術が都会じみたインチキ剣術に負けるわけがないのに!」 シルバーからすれば殺傷力が無駄に高く、斬撃に適さないために敵を押し留める力が弱いレイピアは欠陥だらけの武器で、礼儀作法も虚飾だった。 「目を覚ませイングランド人!」

2023-11-01 21:59:20
エリザ @elizabeth_munh

こうして数多のイングランド人剣豪達の声を背景に著したのが『Paradoxes of defence』で、シルバーは徹底的に刺突に偏重したイタリア剣術に反論し、伝統剣術を擁護してその優位を訴えかけ、愛国心を鼓吹する。

2023-11-01 22:04:33
エリザ @elizabeth_munh

シルバーの主張はリスクへの警戒で、カウンターやフェイントと言った技を否定し、隙は作らず攻撃は常に強打と言うものだった。 安全第一の剣技はスポーツフェンシングの対極で、正に実戦に即した泥臭い実用性の表れと言えるかも知れない。

2023-11-01 22:09:12
エリザ @elizabeth_munh

シルバーはこの書をエリザベス女王のお気に入りで、イタリア剣術に庇護を与えていたエセックス伯に献呈する。ところが反応ははかばかしくない。 イングランド伝統剣術の担い手はこの頃、自由民達のギルドであり、実はシルバー自身、マスターでもない。剣術そのものの地位が低かった。

2023-11-01 22:12:14
エリザ @elizabeth_munh

対してイタリア剣術は上流階級の心を掴み、お洒落で社交的、そして戦場ではなく街中でのデュエルに即した実戦的剣術として価値を高める。 シルバー達はならば腕づくで白黒つけろと挑発するも、そのような喧嘩を積極的に売る態度こそ忌避されるべき前時代性の表れとみなされ、相手にされない。

2023-11-01 22:15:05
エリザ @elizabeth_munh

イタリア剣術のフェンサー達はブランディングと差別化のためにイングランド伝統剣術を非合理で劣った物として非難し、また時代の潮流も味方しなかったためにシルバー達は没落し、中世以来の伝統を持つイングランド古流剣術は命脈を絶たれる。中世への蔑視偏見もそれを後押しした。

2023-11-01 22:18:45
エリザ @elizabeth_munh

こうして歴史に埋もれたイングランド伝統剣術だけど、イタリア剣術への恨みと自らの復権を賭けて著した『Paradoxes』は20世紀近くになって復活を遂げる。 古流剣術の愛好家は現存するほぼ最古のイングランド剣術のマニュアルとしてシルバーの著作を引っ張りだし、再現に努め出した。

2023-11-01 22:21:19
エリザ @elizabeth_munh

やがて21世紀、アーマーファイトが全世界的に展開されるようになると、甲冑を前提とした時代の空気を色濃く反映するシルバーの剣術はその有効性を証明し、実に400年先に大勢の弟子を抱えることとなった。 時代に取り残された剣士は、今やイングランド筆頭の剣豪として名を馳せる。

2023-11-01 22:26:05