エリザ氏の紹介する、スコットランド最北端の堤防が守るもの

エリザ @elizabeth_munh

中世の城郭跡？　それとも近代の古戦場？ ではなく、これはスコットランドの北の果て、オークニー諸島の最北端、ノース・ロナルドセイ島の13マイルにも及ぶ長大な『堤防』。 人間が手積みで拵えたこの堤防は、イギリス指定建造物グレードAに属し、その価値はエディンバラ城やバッキンガム宮殿と等しい。 今日はこの奇妙な堤防が何を守っているのかを話しましょう。

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オークニー諸島は北海と大西洋の丁度中間あたりに位置する小さな島々で、大陸と最も距離がある事からイギリス海軍の主力軍港が置かれた事もある。 その北端ノース・ロナルドセイ島は荒波と複雑な海岸線を活用してかつてはコンブを焼いて炭酸ナトリウムを抽出するのを主な産業とした。 pic.twitter.com/VMMFVM8L1m

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ところが18世紀から農業の改善が進み、最終的にオークニー諸島は牧畜による肉牛生産に舵を切る。ノース・ロナルドセイ島もそれに倣ったものの、遥かに昔に導入され、半野良のまま放置されていた羊達が邪魔になった。 この羊達は島の孤立性のゆえに品種改良もされていないもので、商売には向かない。 pic.twitter.com/YMsGzJXatA

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こうして島の住民達は狭い島の数少ない牧草を羊から守るため、海岸線に沿ってぐるりとsheep dyke。即ち羊堤防を作った。羊達は牧草地から隔離され、海岸に取り残される。人間から厄介者扱いされた羊は完全に野生化した。 ところがここで思いもよらぬ事が起こる。 pic.twitter.com/1n0eKj8efJ

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牧草を食べれなくなった羊達は手に入る唯一の食べ物である海藻を食べ始め、短い間に消化器官をそれに適応させた。 干潮時に急いで海藻を食べ、満潮時には岩場に避難し、激しい波や雨風にも負けなかった個体のみが生き残り、やがてノース・ロナルドセイ島の羊達は独特の性質を宿すようになる。 pic.twitter.com/VqxKREf28t

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最終的に羊達はほぼ海藻のみで生きる非常に珍しい哺乳類となった。しかも孤立した島で放置されていた彼らは5000年前のほぼ原初の姿の羊とDNA的にも変わらない貴重な存在、絶滅危惧種である事が明らかになる。 二重の意味で珍しい羊である事に人間が気づくと、堤防は羊達を守るものへと意味を変えた。

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何せもう牧草地には戻れない。改装に特化した消化器官を持つ彼らに牧草は最早毒だった。 そして全世界を見渡してもこの北の果ての小さな島でしか採れない羊毛とラム肉は希少価値の塊で、ラムステーキはエリザベス2世の晩餐にも出た事がある。 羊は島の存在価値そのものとなった。

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しかし北の果ての人口は減少の一途を辿り、最盛期でも500人程度だった人口は現代、70人程度となる。正に限界集落。 雨風も激しく頻繁に嵐がやってくる島の堤防は羊に蹴飛ばされる事もあって維持が年々困難になっていった。高齢化も進む。堤防はひたすら長い。

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こうして2016年以来、ノース・ロナルドセイ種の普及と維持を目的としてシープ・フェスティバルが開催される運びとなり、参加者達はイベントを楽しみつつ毎年崩れる羊堤防の補修をやる事になった。 この試みは成功し、イギリス最北端の限界集落は年一度、世界中知る人ぞ知る古代羊のお祭りで沸く。 pic.twitter.com/d9lPnQgwJA

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かくして、海藻でも食べてろと人間から放逐された羊は最終的に羊毛で、羊肉で、そして観光で人を食べさせ養う事になる。 お味の方は、野趣溢れ、まるでジビエのようであり、ほんのりと海藻の匂いがするとか。 コンブなんかの旨み成分が染み込んだ肉なのだとしたら、ちょっと食指が動くわね。 pic.twitter.com/ZgDtbOIopL

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