プレゼントは二回
もうすぐクリスマス。今は何も欲しいものが思い当たらないのに、子供の頃はなぜあれほどプレゼントが好きだったのだろうと思考を巡らせていて、気づいたことがあります。子供は誰でもモノが好きです。物欲がとても旺盛。デパートで「買って買って」とせがむ甘やかされた子供の図式は普遍的なものです。
2011-12-19 11:02:26大人の目には、「物欲のために我を通す、社会的には不都合な振る舞い」に見えますので、そのような大人の世界観を前提にすると、「自制の聞かない未熟な人間に対して、その子供じみた振る舞いを諭し、言っても分からない場合は罰を与える」という一般的大人の振る舞いが合理的、ということになります。
2011-12-19 11:08:22しかしながら、注意深く観察すると、子供が欲しているのはモノではないし、子供は物欲によって駆り立てられているのでもない、と私には思えるのだ。子供が心から求めているモノは、モノを通じて得られる体験であって、モノ自体ではないのではないか?
2011-12-19 11:14:44子供の立場で考えれば、おもちゃというモノを通じて得られる体験は、人生で初めてのことばかり。我々大人だって、生まれて初めての経験が、人生でどれだけインパクトのあるものか想像することはできる。おもちゃを手にした子供が、今、体験していることは正にそれと同じことなのだ。
2011-12-19 11:17:31今、子供が手にしている積み木は、彼/彼女の人生で見たことも、聞いたことも、触ったこともないもの。それでどんなことができるのか、自分はそれに触れて何ができるのか・・・。まったく新たな世界観を構築する「世界旅行」の最中だ。
2011-12-19 11:21:24世界旅行の最中で、旅行を取りやめて急遽帰宅しなければならなくなったら、あなたはどんな気持ちになるだろう?夫婦喧嘩が起こるのは一般的として、色んな人を恨んだり、暗い気持ちになったりするのだろうか?子供の積み木をあなたが自分の都合で取り上げる時、子供にはこれと同じことが起こっている。
2011-12-19 11:23:34モンテッソーリの観察によると、子供はお絵描きでも、粘土づくりでも、一心不乱に集中して時間を忘れるが、一定の時間を経過すると、ぱったり関心が無くなるという。私は、それが、子供がそのモノを自分の世界観に取り入れた瞬間だと思う。
2011-12-19 11:27:39私たち大人でも、子供でも、すべてのものを二回手に入れるのだと思う。物理的に手に入れる一回目、そのモノを自分の世界観に取り込む二回目。資本主義に生きる大人にとって重要なのは一回目で、子供にとって重要なのは常に二回目だ。
2011-12-19 11:29:33大人は子供のときに二回目を手に入れているから、子供には一回目を与えれば十分だと思う。世間体が悪かったり、子供が協調性を見せなかったり、単に自分が忙しかったりすると、大人は子供に一回目を与えて、二回目を取り上げる。・・・世界旅行を切り上げるよう、強く叱ることになる。自分の都合で。
2011-12-19 11:31:31このクリスマスには、ぜひ子供に「世界旅行」をプレゼントしよう。一回目だけではなく、二回目の体験を贈ろう。その「世界旅行」の最中、電話を切って、テレビを消して、自分の時間のすべてを贈り物に添えて。
2011-12-19 11:35:22