中下大樹さんが伝える福島の人々の声

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中下大樹 @nakashitadaiki

ボランティアで福島の除染を手伝った方の声「結論から言うと、素人が出来るレベルではない。まず範囲が広すぎる。そして、作業員は、皆、汗をかくから、マスクを外すんだよ。被曝者を増やすようなもんだよ。あれは」

2012-01-13 15:20:06
中下大樹 @nakashitadaiki

多くの人は「人を殺す」なんてありえないと思っている。しかし、少なくとも車に乗っている人は誰にでも「人を殺してしまう」という可能性がある。誰だって意識的・無意識的に関わらず「加害者」になってしまう可能性がある。そのことに自覚的かどうか?交通事故の加害者との対話から自問自答している。

2012-01-13 13:55:00
中下大樹 @nakashitadaiki

石巻市で、瓦礫の中から運び出したご遺体の姿、ご遺体の顔の表情が頭から離れず、いまだに夢に出てくる。30体ほどの遺体を運んだ私ですら相当なダメージを受けたのだから、自衛隊や警察、消防の方々などのダメージは相当なものだろう。被災地された方のケアと同様に、彼らのケアも忘れてはならない。

2012-01-11 19:36:40
中下大樹 @nakashitadaiki

福島から新宿・戸山団地に避難されている人の声⑤「しかし、マスコミっていうのは一体何なんだろうね?大切なことを何一つ言っていない感じがするよ。大本営発表みたいだ。これだけ福島周辺では汚染されているのに、東京の大新聞がまだ原発を認めるような社説を書いていたでしょ。もはや犯罪に近い」

2012-01-10 10:41:51
中下大樹 @nakashitadaiki

福島から新宿・戸山団地に避難されている方の声④「俺(酪農家)は数え切れないほどの牛や馬、鶏を餓死させてしまったという自責の念でいっぱい。同時に、国に対して怒りを感じている。動物の命を尊重できないような政治や法律は一体何なのか?結局は人間の命も、どうでもよいと思っているんだろ?」

2012-01-10 10:28:45
中下大樹 @nakashitadaiki

福島から避難されている新宿・戸山団地の方々の声③「福島から強制的に避難させられた時、飼っていた犬に餌をあげてこなかったことが、今でも心残り。行政の話だと、すぐに戻れるような感じだったので、着の身着のまま送迎バスに乗り込みました。数ヶ月して防護服を着て家に戻ったら、動物たちは餓死」

2012-01-10 10:21:35
中下大樹 @nakashitadaiki

福島から避難されている新宿・戸山団地の方々の声②「福島を離れてみて、改めて故郷の良さが身にしみて分かりました。一方で、これまで隠蔽されていた差別や格差、排除の論理が、人々の心の中に未だ根強く残っているということも感じています。息子たちは放射能汚染検査を強制されました。悲しいです」

2012-01-10 10:14:24
中下大樹 @nakashitadaiki

新宿・戸山団地には福島から避難されている方々が多数入居されています。その方々の声①「私の孫は福島からの転校生ということで、(小学校の)クラスの子ども達から放射能がついていると言われ、学校でいじめを受けました。孫は、もう学校へは行きたくないと。福島へ家族で戻ろうかなと考えています」

2012-01-10 10:04:41
中下大樹 @nakashitadaiki

冬休み、福島の方々と一緒に寝泊りをさせていただき、生活を共にして一番、愕然としたのは、原発や放射能に関するきちんとした情報があまりにも知らされていないということ。仮設住宅の方々に放射能の話をすると、嫌な顔をされるし、同調圧力も働いている。戦時中と、本質的には変わっていないのでは?

2012-01-07 00:00:15
中下大樹 @nakashitadaiki

福島の仮設住宅に住む6歳の子どもを持つ母親の声「出来れば福島を離れたい。子どものためにも、被曝はさせたくない。しかし、どうやって生活していけば?何か資格を持っていれば、福島を出てもすぐに仕事が見つかるかもしれない。しかし、高卒で何の取り柄もない私に、仕事が見つかるとは思えない」

2012-01-06 15:27:24
中下大樹 @nakashitadaiki

福島の仮設住宅に住む小学生(男の子)「将来は、警察官になりたい。僕の伯父さんは、警察官で津波で流されて死んだんだ。でも死ぬ直前まで、住民に<早く避難して>と声をかけ続けていたとお父さんから聞いたよ。仕事に誇りを持っていた伯父さんは凄いと思う。僕も伯父さんみたいな警察官になりたい」

2012-01-06 15:18:11
中下大樹 @nakashitadaiki

福島の仮設住宅に住む小学生(女の子)の言葉「将来の夢は、看護師さんになることだよ。だって、人の役に立てるでしょ。津波で家が流され、家族も失って辛かった時、傍にいてくれたのは看護師さんだった。とても嬉しかった。私も大人になったら看護師さんになりたいな」

2012-01-06 15:12:22
中下大樹 @nakashitadaiki

福島の仮設住宅・50代男性の言葉「全国のいろんな人が支えてくれて、素直にありがたいよ。でも俺はもう人の力を借りずに、自分の足で立って生きていたいんだ。家も家族も仕事も失ったけどね。将来、何とか生活再建のめどが立ったら、社会に何か恩返しがしたい。受けた恩を社会に還元したいって思う」

2012-01-06 15:08:50
中下大樹 @nakashitadaiki

福島の仮設住宅・70代女性の言葉「去年と今年の正月では気持ちが全く違う。テレビを見ても、全然楽しめない。「おめでとう」という気分にすらなれない。何であんなにクダラナイ番組をやっているのか?」

2012-01-06 15:03:46
中下大樹 @nakashitadaiki

福島の仮設住宅に入られているいる方々から、年賀状が届く。子どもの写真入り年賀状は、見ていて気持ちが和む。今年は、少しでも多くの福島の子どもたちの笑顔が見れますように・・・祈るばかりです。これからまた福島入りして、岩手・宮城も回ります。

2012-01-02 18:23:09
中下大樹 @nakashitadaiki

原発の近く、大熊町出身の方で、現在、会津の仮設に入っている方の話を聞く。「もう自宅には帰れないだろう。そのことを政府は、はっきり言ってほしい。何故、自分の家なのに、防護服を着て入らなければならないのか?あんまりだ」

2011-12-27 13:27:11
中下大樹 @nakashitadaiki

宮城県内の国道を車で走る。国道沿いには、地元の方々が書いたと思われる看板に、様々な言葉が。「町は津波に流されても、心までは流されない」

2011-12-27 13:16:50
中下大樹 @nakashitadaiki

福島の仮設在住・30代女性「放射能の話を隣の仮設の人にしたら嫌な顔をされた。集会場でもママ友にも放射能の話はもう出来ない。でも皆、心の中では放射能のことで怯えているんだ。戦時中も、戦争反対と思っても言えなかったっていうでしょう?心の中で感じていることを、声に出せないのは辛いです」

2011-12-24 14:42:33
中下大樹 @nakashitadaiki

福島の仮設住宅に住む5歳の女の子から手紙が届く。素直に嬉しい。「おからだに、きをつけてくださいね」と、こちらの体調を逆に気遣ってくれる。故郷に帰れず、放射能で大変な状況なのに・・・その優しさに思わず胸がいっぱいになる。夏の炊き出しの時に知り合い、未だに文通が続いている。ありがたい

2011-12-22 18:38:32
中下大樹 @nakashitadaiki

約10ヶ月間、地べたをはいずりまわるようにして現地(福島・宮城・岩手)で見聞きしてきたことを、行政や政治家に政策提言として積極的に伝えていこうと思う。亡くなって逝かれた方の無念さ、遺族の悲痛な叫び、今なお、原発や放射能の問題で苦しまれている方の想いをひしひしと感じながら。

2011-12-22 18:32:17
中下大樹 @nakashitadaiki

個人的には中絶に反対の立場ですが、何も言えませんでした@arigatouforever あまりにも、つらいですね。国や東電は「自分でおろしたならそんなん知らん」というのでしょうか。でも奇形や、脳障害や大変な持病等々を予測するのは無理もないこと。ずっとこのことは胸に刻んでおきます

2011-12-22 18:17:54
中下大樹 @nakashitadaiki

福島・仮設在住の30代女性の声(中絶経験者)「やっと授かった命。出来れば私も産みたかった。しかし、既に相当被曝しているし、仮に産んだとしても放射能にずっと怯えながら育てるには辛すぎるので中絶しました。夫は、放射能は目に見えないから大丈夫じゃないの?と言って関心を持ってくれません」

2011-12-22 17:30:01
中下大樹 @nakashitadaiki

福島の仮設住宅に住む20代女性「子どもがいるので被ばくについて勉強したいと思い、県内の講演会等に行くようにしている。しかし偉い先生の講演会は、「放射線量はほとんどゼロ」「内部被ばくなどない」「福島は大丈夫」ばかり。正確な情報が、手に入らない。それを声に出すと、さらに非難される」

2011-12-21 17:18:37
中下大樹 @nakashitadaiki

福島の仮設住宅に住む60代女性の言葉「国はスピーディーをあえて公表しなかった。結果、放射線量の高い所に避難させられた私たち。国は、私たち人間を見捨てたんだ。もう防護服なしでは故郷に戻れない・・・」

2011-12-21 17:10:12