東武鬼怒川線とダム工事の資材輸送についてつらつらと(仮

水力発電所を建設するための工事用軌道を元に発展した鉄道 https://togetter.com/li/1218381 下野軌道から電化(下野電気鉄道) 買収により東武鬼怒川線となった歴史 続きを読む
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※国会図書館デジタルコレクションへのリンク
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https://www.ndl.go.jp/jp/registration/index.html

戦前の五十里ダム工事計画と工事軌道

mataaari25 @mataaari25

国会図書館デジタルコレクションの沼から dl.ndl.go.jp/pid/1489137/1/… 五十里ダム管理支所が撮影した写真と良く似たアングルあるやんけ! 下野電気鉄道終端から12km余り 県道(会津西街道)を改良 15kg軌条・軌間760mmを敷設し7tディーゼル機関車で運搬 野岩鉄道に先駆けて戦前に鉄路が通じていたと x.com/mlit_ikari_D/s…

2023-04-03 20:04:45
国土交通省 五十里ダム管理支所 @mlit_ikari_D

五十里湖-水位低下 五十里ダムは大正15年に調査が開始され、昭和4年に工事用水力発電所の建設に着手、昭和6年に発電が開始されました。 昭和25年に現在の地点にダム建設が決定し発電所は水没することになりました。 #鬼怒川4ダム #五十里ダム #貯水位低下(2017.11撮影) pic.twitter.com/74bOSydBrp

2017-12-11 10:48:30
国土交通省 五十里ダム管理支所 @mlit_ikari_D

五十里湖-水位低下 五十里ダムは大正15年に調査が開始され、昭和4年に工事用水力発電所の建設に着手、昭和6年に発電が開始されました。 昭和25年に現在の地点にダム建設が決定し発電所は水没することになりました。 #鬼怒川4ダム #五十里ダム #貯水位低下(2017.11撮影) pic.twitter.com/74bOSydBrp

2017-12-11 10:48:30
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mataaari25 @mataaari25

戦前の五十里調整池堰堤工事 鬼怒川の改良として調整池と発電を兼ねたダム建設を計画 現在のダム本体と異なり海尻橋付近とな 発電所は完成したもののダム本体は地質不良により放棄 第2次世界大戦を経て再計画を経て現在の五十里ダムがあると dl.ndl.go.jp/pid/1489137/1/…

2023-04-03 20:20:24
mataaari25 @mataaari25

戦前の五十里ダム建設メモ >下野電気鉄道終点新藤原駅より現場に至る間ヂーゼル機関車を走らすべくこの間の道路拡張を行った dl.ndl.go.jp/pid/2477599/1/… 道路拡張を昭和4年度に完成させ 昭和6年度に軌道敷設を完了とな その後にダム本体の工事が本格化したものの 地質不良により工事は中止と x.com/mataaari25/sta…

2024-02-25 22:16:25
mataaari25 @mataaari25

日本におけるディーゼル機関車の黎明期の写真 鬼怒川の改良にナローゲージの7t機関車が活躍 製造は独逸国ドイツ発動機株式会社 とあるので現在のBMWかな? 8両輸入されたそうな こんな工事列車が龍王峡や川治温泉などの会津西街道をとことこ走っていたと dl.ndl.go.jp/pid/1489137/1/…

2023-04-03 20:27:48
mataaari25 @mataaari25

適当にスレッドにまとめましたが 2017年に五十里ダムが水抜きされた時にあらわれた旧道 現在の五十里湖の左岸(東側) 明治10年建設された県道ですが 改良が続けられこの様な遺構となった様です この道路に工事軌道の鉄路も存在していたとは驚きですのぅ… pic.twitter.com/NOdG6m0ptX

2023-04-03 20:43:30
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mataaari25 @mataaari25

湖底の遺構を眺めに再び五十里ダム・五十里湖へ かつては「海跡」と大字と名があった地 男鹿川と湯西川の合流地点にはコンクリ製の柱 鉄塔や吊橋の基礎の様にも見えますが…さて 明治時代に男鹿川東岸へ作られた新道 海尻橋の北側にも石垣が続いていたりと 見逃している所はまだまだありそうです pic.twitter.com/YrR7Vr86xq

2017-11-19 20:51:54
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鬼怒川改修・五十里調整池堰堤工事

利根川流域の治水
これまで行ってきた河川改修とは異なる抜本的な対策として計画されたのが
戦前の五十里ダム計画

大正11年:調査開始
昭和2年:工事開始
昭和6年:工事用の五十里発電所完成・ダム本体工事開始
昭和7年:地質不良のため工事中止

※参照・引用元

鬼怒川改修五十里(イカリ)調整池堰堤工事材料運搬軌道、三岩の嶮付近の景(昭和六年七月中旬現状)

土木建築工事画報 7(8)(78)
鬼怒川改修五十里調整池堰堤工事発電に就て(p.14)
https://dl.ndl.go.jp/pid/1489137/1/12

道路構築=下野電気鉄道新藤原駅より現場に至る間ディーゼル機関車を走らすべくこの間の道路拡築を行ったのは
昭和三年度調査を行い昭和四年度内に略々完成した。
昭和六年度内に軌道敷設を完了した。

建設省直轄工事技術研究報告 第3回
五十里堰堤工事の経過と調査(p.143)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2477599/1/104

工事施工に就いては先ず材料運搬軌道敷設の為の昭和4年度に於いて会津西街道筋藤原村大字藤原地先
下野電気鉄道新藤原駅より三依村大字五十里字開門地先堰堤築設地に至る約十二キロの県道構築を施工し~

直轄工事年報 昭和7年度
第一章 河川改修工事(p.230)
https://dl.ndl.go.jp/pid/1021999/1/179

戦後の五十里ダム工事と専用側線

mataaari25 @mataaari25

東武鬼怒川線 鬼怒川公園~新藤原駅にかつて存在したという 荷降ろしのための専用線 ”五十里ダム工事報告書” 第3章・セメント輸送 写真や図面などあり 配線など簡略図を作って見ました ダム竣工から7年後 昭和38年の空中写真では更地になってますな dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid… (続 pic.twitter.com/TKj126ypUT

2022-06-10 20:39:56
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mataaari25 @mataaari25

五十里ダム建設工事のために作られた専用線 図面には”小原構外専用引込線”と 昭和27~31年の約4年間で104000トンあまりの資材を輸送 輸送経路は セメント工場→国鉄→東武→専用線 積荷の大半は袋詰のセメント 15トン貨車に換算すると7000両近く行き交った計算になりますな (続 pic.twitter.com/4DmSHyAqYB

2022-06-10 20:49:50
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mataaari25 @mataaari25

五十里ダム建設工事において 一日あたり200トンのセメントが必要との見積もり 専用線への貨物列車は1日2便 10時と14時に到着していたそうですが 必要に応じで朝夜などに増便されていたとの事 静態保存されているED4011 戦前型の有蓋車を連ねて訪れていたのでしょうね google.com/maps/@36.72080…

2022-06-10 20:57:57
mataaari25 @mataaari25

鬼怒川公園~新藤原間 国道121号会津西街道側へ大きく迫り出した石積みの築堤 この辺りに五十里ダム工事のための荷扱所?があったらしく 複線とするには十分な敷地が 信号の柱のため… としては大き過ぎる気も 個人的な推測として 鉄索の鉄塔でも建てていたのかな?と想像です pic.twitter.com/30uwx7T9TJ

2022-02-02 16:49:45
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mataaari25 @mataaari25

五十里ダム工事報告書によれば 荷下ろしに新藤原駅の構内を使用する案が考えられたが 敷地を確保するのに莫大な切取工が必要だったと dl.ndl.go.jp/pid/2485692/1/… コスパが悪いので 鬼怒川公園駅との中間地点に専用側線する方向となったとな

2024-02-25 22:47:15

昭和31年:五十里ダム完成

土木技術 : 社会と土木を結ぶ総合雑誌 8(3)
五十里ダム建設工事計画について(p.10)
https://dl.ndl.go.jp/pid/3227810/1/10

建設の機械化 (30)
五十里(イカリ)ダムについて(p.5)
https://dl.ndl.go.jp/pid/3311011/1/5

五十里ダム工事報告書
第3章セメント輸送・第1節(p.195-197)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2485692/1/112

五十里ダム工事と鬼怒川公園駅との関係?

mataaari25 @mataaari25

東武鉄道百年史によると 鬼怒川公園駅は昭和19年に休止 昭和25年”停留所として営業再開”との記載 旧鬼怒川温泉駅は収容線は1線のみだった様ですし 戦後復興による容量不足が生じたのかも?ですが 五十里ダム工事の貨物列車を見据えた再開だったもかも? twitter.com/mataaari25/sta…

2022-06-10 21:27:05
mataaari25 @mataaari25

と、長々とスレッドへ連ねてきましたが 現時点の推論はこんな感じです 当然ながら鬼怒川線でも色々な動きがあった様で鬼怒川公園駅の移設があったとか 旧鬼怒川温泉駅に居るDRCは何とも窮屈そうですw pic.twitter.com/tE60CpxW3f

2019-05-30 23:17:43
mataaari25 @mataaari25

東武鬼怒川線のセメント輸送と鬼怒川公園駅 東武鉄道六十五年史によると 昭和25年9月に営業を復活 無人の停留所として定期旅客について取り扱い dl.ndl.go.jp/pid/2504143/1/… 五十里ダム工事の着手とまったくの同時期だったり 工事関係者やその家族への便宜という理由もあったかも?ですな

2024-02-25 23:25:17

川俣ダムと新藤原駅

mataaari25 @mataaari25

昭和51年の空中写真より mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.d… 明確な写真やソースは無くて推測となりますが 五十里ダムの時とは異なり 川俣ダム(昭和41年完成)の工事の際は 現在の野岩鉄道本社付近が切り開かれ 新藤原駅からのトラックへセメントを積み替えるための拠点になっていた という事なんでしょうね pic.twitter.com/abgArKd95M

2024-02-25 22:56:14
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Kichikatsu @kichikatsu

@mataaari25 昔の実家が写ってるわ! 野岩線開通以前、近所の人達は新藤原駅東側の空地を「マルツ」と呼んでいました。後に知ったのですが日通の事務所(?)か作業場(?)があった名残りでそう呼ばれていと聞きました。こんな僻地で日通が何をしていたのか分からなかったですが、ダムの建設資材運搬だったのか。

2024-02-26 00:06:13
mataaari25 @mataaari25

@kichikatsu おぉ、日本通運の社章?マークの「マル通」ですね 貴重な証言ありがとうございます 当時はかなりのトラックが行き交ったと思われますが 川俣ダム工事関連に違いないかと こちらのブログに昭和56年当時の写真があるのですが 新藤原駅の北側に広大な敷地が残されている様子が blog.livedoor.jp/asianrailroad/…

2024-02-26 12:09:52

川俣ダム
昭和32年:工事開始
昭和41年:完成

セメントは東武鉄道終点から川俣まで40kmをトラック輸送で運搬する。

建設の機械化 (132)
川俣ダムの計画およびその機械設備について(p.21)
https://dl.ndl.go.jp/pid/3311112/1/29

セメントは袋詰めのものを東武新藤原駅からトラック輸送により現場に設けた~

発電水力 = Hydro electric power (72)
川俣ダム建設工事(p.35)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2285245/1/27