E-ニンジャスレイヤー ~ロード・トゥ・カリュドーン・カップ~
「スウーッ……フウーッ……」扉の前で、コトブキは深呼吸を繰り返した。玄関ドアのチェーンロックに手を伸ばしかけ、やめ、また手を伸ばし、首を振り、鏡に駆け戻った。「わ……忘れ物なし。寝癖もなし。メイクも良し」メガネをかけ、フードを目深に被る。「た、多分良し」今度こそ、ドアを開けた。
2024-04-01 13:03:20コトブキは自分の部屋をなかば自虐的に「開かずの間」と称していた。居心地が良いので外に出る必要がない。トレーニングベンチで筋トレを行い、配達サービスで生活用品や食料を調達する。イーサイタマは高度に発達した電子社会なのだ。だから、外界に出るなど、とてつもないイベント。覚悟を要した。
2024-04-01 13:05:55小走りで駅に向かうコトブキは昨晩の会話を思い出す。(ガーランド=サン、早速ですがマスラダ=サンのIRCを教えて頂きたく)(無い)(エッ?)(奴はオフラインプレイヤーだ)(オ……オフライン……とは……?)(ネット対戦ではなく、ゲーセンだけだ)(ゲーセンとは……?)(ゲームセンターだ)
2024-04-01 13:09:12(ゲームセンター……アーケード……映画とかで見たことがあります。不良が乱闘をして、タバコの煙とかが?)(今はもっとこう、マジックハンド・カワイイキャッチとか、音ゲーとか、大型筐体だがな。……しかし実際、マスラダ=サンが居るゲーセンは、歴史資料がそのまま残ったようなゲトーだ)
2024-04-01 13:13:37(ゲトー……!)(だが、尻込みするな。話は通してある。キアイを入れろ。無愛想で礼儀を知らん奴だが、腕は確か。かつてのレジェンドだ)(わ、わかりました!)わけがわからぬまま、場所の情報を得た。紹介者であるガーランドの顔を潰すわけにはいかない。コトブキはキアイを入れて電車に乗った。
2024-04-01 13:16:52(そんなに気負わず)コトブキは、人気ニンジャのユカノ先輩の励ましを思い出す。(カリュドーンカップはプロリーグと違う。楽しんで参加すればいい。視聴者の皆は、いつもの真面目なコトブキ=サンを応援してくれるよ)(ありがとうございます。でも、やるからには死力を尽くして頑張りたいです!)
2024-04-01 13:21:54(死力?時々すごいこと言うね)ユカノは驚き笑った。コトブキは勢い込んだ。(ニンジャスレイヤー7、面白くて。配信抜きでも、なんだか、やり甲斐があります。全力でやりたいんです)(健闘を祈るわね)……物思いするコトブキに、IRC端末のメッセージ着信。インシネレイトだ。『お前やってんの?』
2024-04-01 13:26:31インシネレイトはチャラチャラしたキャラと意外な熱さのギャップで支持を集める人気ニンジャ。今回のカップ参加者でもある。コトブキはメッセージを返す。『やってますよ』『コーチが見つからないって聞いたけど大丈夫か。日にちねえぞ』「ご、心配、なく……と」呟きながら、コトブキは返信を打つ。
2024-04-01 13:29:41ニンッチ配信は人間力の世界。コトブキの身の回りの人気ニンジャ達はナイスな人ばかりだ。コトブキはIRCリストの名前を流し見る。ヤモト・コキの名が目に入る。恐らく日本トップのニンジャ。今もメッセージは通じる。送ればの話だ。……だが、妙な抵抗、気まずさがあり、今回も何もせず画面を閉じた。
2024-04-01 13:34:51「セキバハラ。セキバハラ」車内放送がコトブキの物思いを断ち切る。セキバハラ駅に降り立つと、立ち食い蕎麦やケバブの匂いが漂った。サラリマンの群れをかわしつつ、コトブキは指定のアドレスを目指す。距離はさほどなかった。雑居ビルと雑居ビルの間に、異様な地下階段あり。「ここですね……」
2024-04-01 13:38:36周囲を見回し、階段を降りてゆくと、闇の底から凄まじい騒音が溢れ出た。グワラララ!ストコココピロペペー!ハンパスンナヨ!キャバアーン!「うう」コトブキは被ったパーカーを手で押さえ、キアイを入れて、騒音の中へ踏み入った。「……」最初に目に入ったのは半端な金髪の店員。名札に「タキ」。
2024-04-01 13:44:41「……」店員は寝ぼけ眼でコトブキのつま先から頭までジロジロと見つめた後、布巾と洗剤を手に、カウンターの奥に戻った。コトブキは妖しい光と闇の渦の中にいた。騒音はゲーム筐体が発するものだ。人々は背中を丸め、レバーとボタンを激しく操作していた。「ザッケンナコラー!」騒音を割って罵声!
2024-04-01 13:49:12ギョッとしてそちらを見ると、一人用のシューティングゲームで何らかのミスをしたと思しきプレイヤーが癇癪を起こして台を殴っていた。まずは手荒い洗礼といったところか。店員が胡散臭げに見つめるなか、コトブキは奥に向かった。人だかりがある。向かい合わせの筐体はニンジャスレイヤー7だ。
2024-04-01 13:54:19「イヤーッ!」「グワーッ!」騒音の中から、聞き慣れたカラテシャウト。そして慣れ親しんだゲーム画面。コトブキはほっとした。同時に、自宅でプレイしているゲームがこういう場所に存在すると、また違って見えてくるものだなという感心もあった。6つの筐体は満席。観戦者も沢山だ。
2024-04-01 13:58:24観戦者達は一様に、胸の上で高く腕を組み、しかめつらで直立不動。プレイを見ている。「終わりだ。カンジ・キル!」「グワアアアーッ!」バキキーン!丁度、画面の中のダークニンジャが超ヒサツ・ワザをブルーブラッドにキメた瞬間だった。「アアアーッ!」ブルーブラッドのプレイヤーが頭を抱えた。
2024-04-01 14:02:00プレイヤーはコイン投入を躊躇し、後ろを振り返る。腕組み観戦者達は無言で首を横に振り、プレイ意志無しを示した。なかにはチョップめいた手で「やらないですよ」と示す者も居た。そんな中で、一人が進み出た。コトブキはその瞬間、騒音が遠くに消えたような錯覚を覚えた。空気のうねりだ。
2024-04-01 14:05:03一瞬、目が合った。コトブキは息を呑んだ。男はすぐに視線を無関心に逸らし、筐体に向かって座った。「……!」ほとんど確信に近いコトブキの感覚を、腕組み観戦者達の囁き合いが裏付けた。(マスラダ=サンだ)(マスラダ=サン、ついに見れるぞ)(マジ、パネエ……)コイン、投入。
2024-04-01 14:08:10「あ!」コトブキは口を押さえた。マスラダが選択したキャラクターは、自分と同じニンジャスレイヤーだったのだ。(マジでニンジャスレイヤーだ)(マジか)(ニンジャスレイヤーやれんの?)(いや、ないでしょ)(マジ、パネエ……)タカタカタカ。読み込み時間、マスラダはボタンを叩き確かめる。
2024-04-01 14:12:06コトブキの使用キャラはニンジャスレイヤー。主人公だからだ。しかし配信時の反応は芳しくなかった。「絶対オウガパピーがいい」「初心者はシンプルなドラゴンベイン」「ニンジャスレイヤーは理論値は強いけどTierリストは低位だから嫌になるよきっと」「やめな」沢山の指導が集まった。だが無視。
2024-04-01 14:15:36ニンジャスレイヤーはかつてのシリーズでは最強の一角だった。その秘密はチャドー呼吸。中腰姿勢の構えを取ると、体力が回復するとともに高性能のヒサツ・ワザが飛び出す。もともと通常性能は使いやすいワザが揃っているうえに、チャドーによって一発逆転も可能。だがチャドーはナーフされた。
2024-04-01 14:19:42そうなると、ニンジャスレイヤーの特別な火力は、猶予わずか2フレームの最速入力を条件とする最速ポン・パンチからのコンボに頼るしかなく、それを安定できないプレイヤーにとっては、単なる使いやすいワザが一通り揃った器用貧乏キャラとなってしまう。そういう評判を嫌と言うほど聞かされた。
2024-04-01 14:23:01(コトブキ=サンはエンジョイ勢だから、気にするな)ガーランドはそう言って、親身に基本戦術を教えてくれた。しかしコトブキは何処か寂しい思いだった。彼女自身でも自覚していなかった悔しさだった。ラウンド開始。ダークニンジャと向かい合うニンジャスレイヤーに、彼女は呟く。「頑張れ……」
2024-04-01 14:27:13「イヤーッ!」開幕0.5秒、ダークニンジャが瞬間的バックステップで攻撃を誘った。マスラダのニンジャスレイヤーは前へ踏み出している。ダークニンジャはその一瞬の無防備を狙い、コンボ始動斬撃を……「イヤーッ!」「グワーッ!」最速ポン・パンチがダークニンジャの腹に叩き込まれた!
2024-04-01 14:30:41最速ポン・パンチのしるしに、マフラー布が赤黒の炎を噴く。上体を小刻みに揺らすような奇妙な動きを取りながら、ニンジャスレイヤーは吹き飛ぶダークニンジャを一瞬で追い、リズミカルな追撃を当てていった。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
2024-04-01 14:33:04