『砂の城』

#砂の城 で連載しているツイノベ集です。 少しずつ更新する予定。
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夕暮れの温もり。

愁夢 @s_shumu

夕焼けのなか、揺れる穂先の間を灰銀の頭が駆けてくる。「ただいま、スティ」薔薇色の頬から白い息が零れる。輝く青い瞳が真っ直ぐに僕を見て。「おかえり、シェル」飛び込んできた温もりを抱きしめて、秋色の風を吸い込んだ。ああ、都会とは違う、砂交じりの柔らかい香り。 #砂の城

2012-01-11 23:24:41
愁夢 @s_shumu

「今日は誰といたの?」「んと、ユーリといたよ」「ああ、赤髪の。何してたの?」「かっけっこしたり、木登りしたり、まだ水のはっている田んぼでオタマジャクシを覗き込んだり」「そっか。楽しかった?」表情を見るだけでわかることを尋ねてみる。「うん」深くなった笑みが何よりも雄弁で。 #砂の城

2012-01-11 23:47:47

田舎と都会と、その鳥籠のなか。

愁夢 @s_shumu

「僕も木登りしたかったなぁ」ふと漏れた言葉に、シェルは目を輝かせた。「じゃあ、スティも明日いっしょにあそびに行こう!」期待を込めた瞳に苦笑が漏れる。「だーめ。大人の僕が登ったら、枝の方が先に地面へ落ちちゃう」「君が登りたいって言ったのに」彼は駄々っ子のように口を尖らせた。#砂の城

2012-01-11 23:55:13
愁夢 @s_shumu

「そういう意味じゃなくて、僕が子供だった時の話」「スティが子供?」シェルは難解そうな顔をした。「僕にだって、君くらいの頃はあったんだからね」「んー、そりゃそうだよね」「そう。でも、僕が育ったところはあまり自然がなかったから、木登りで遊ぶっていうのはあんまりなかったなぁ」 #砂の城

2012-01-11 23:58:39
愁夢 @s_shumu

「え、お城の中ででもくらしてたの?ボクは小っちゃい頃に売られちゃったから外に出ることもなかったけど、スティはまっとうな暮らししてきたんでしょ?」不思議そうに首を傾げるシェルに薄く笑う。真っ当な暮らしと言えない生立ちを淡々と語られるのは少し痛い。「僕は街で暮らしてたから」 #砂の城

2012-01-12 00:13:37
愁夢 @s_shumu

「あ、やっぱり城下町?でも、そんな身分持ってたなら、なんだってこんな片田舎に越してきたの?」「良い身分ではないんだけど。でも、僕にはこっちの暮らしの方があってると最近思うようになった」納得しかねる顔だった彼も得心のいった顔で頷いた。「ボクもスティには田舎が合ってると思う」#砂の城

2012-01-12 00:21:41

田舎の特典。

愁夢 @s_shumu

出会った町から数日かけてこの田舎に帰ってきた時、日もとっぷりと暮れていた。だから、シェルを最初に出迎えたのは、星たちだった。「わぁ」降るような星空に彼は歓声をあげて。「この景色と食べ物くらいしか誇れないところだけど」星に夢中になっている彼の耳に届いていないみたいだった。 #砂の城

2012-01-12 00:38:24

星の一番輝く夜に。

愁夢 @s_shumu

「今日は新月だね、スティ」それはまるで合言葉のようだった。月のない夜、それはシェルにとって特別な日。出掛ける用意も終わらせてある彼に急き立てられて、家事を済ませる。「そうだね。じゃあ、散歩に行こうか」夜の散歩は月に一度。星の一番輝く夜に。 #砂の城

2012-01-12 23:22:28
愁夢 @s_shumu

星の一番輝く夜。ボクはこの村にやってきた。だから、その夜だけ、スティは夜のさんぽにさそった。晩ごはんのあと、小さな村のなかを手をつないでゆっくりと歩く。その時間がボクは好きで、ほんとうはその日の朝からわくわくしてる。それを知ってか知らずか、スティの用意はいつだって遅い。 #砂の城

2012-01-12 23:36:26

星よりも、風よりも。

愁夢 @s_shumu

家を出たら、すぐに手をつなぐ。すこし冷たくて、でも大きなスティの手にボクの手が握りこまれる。見上げるとすきとおった星空。今日は雲もほとんどなかった。「綺麗だね」笑う、彼の笑顔。ねぇ、星空なんかよりもそっちの方が好きだって、さんぽよりも手をつなぐのが目的だって、知ってる? #砂の城

2012-01-12 23:42:08

落ちていきそうな星空の下で。

愁夢 @s_shumu

散歩の道はいつも違う。今日は稲穂が揺れる畦道をシェルが選んだ。繋いだ手は前へ後ろへ振り子のように揺れて。少し眠たそうな顔をしているシェルの隣で、星を見上げる。落ちてくるような、落ちていくような星空。背筋さえ凍りそうな、満天の星空の下で、ちっぽけなふたり。幸せな、ふたり。 #砂の城

2012-01-13 00:22:04

一番星の約束。

愁夢 @s_shumu

「あ、一番星!」ユーリが指さした先に見えたのはかがやく星のすがた。「ホントだ」夕暮れにしずんでいく村のなか、いそいで家への道をたどる。『一番星が見えたら直ぐに帰ってくるんだよ』それは彼との約束。「じゃあな、シェル」「うん、また明日!」扉を開ける。ほら、暖かい君が待ってる。#砂の城

2012-01-13 23:29:37

星の、恒星の、惑星の、名前。

愁夢 @s_shumu

「あの星に、名前はあるのかな?」星の輝く夜のさんぽのこと。スティは不意にそんな言葉を口にした。「名前?」「そう。シェル、かスティみたいな」ぼくは思わず笑った。「星は、星だよ?」「そうだね、でも、あの星たちにも家族がいるかもしれない」「なぁにそれ」彼はすこし寂しそうな顔で。#砂の城

2012-01-13 23:38:46
愁夢 @s_shumu

星の煌めく夜。家に帰り着いて、暖かい布で身体を拭いてあげたら、彼はこてんとお布団に横になった。今日はいつもはねだる添い寝もいらなかった。ほっとしたのか、落胆したのか自分でもわからないまま、外に出る。見上げる星空。あのどこかに。あのどれかに。想いを馳せる、寂しい夜。 #砂の城

2012-01-13 23:56:41
愁夢 @s_shumu

「ね、シェルは海って見たことある?」「海?」きょとんとした顔を見て、内心で冷や汗を流す。「あれ、海って知らない?」「ううん、知ってる。でも、どうして突然?」「いや、シェルの瞳を見てると、思い出して」「僕の瞳で?」「僕はどこまでも青い海を、昔見たことがあるんだ」故郷の海。 #砂の城

2012-01-14 23:20:18

砂で作られるお城。

愁夢 @s_shumu

「海を?」「見たことはないの?」「うん。スティ、どこ住んでたの?」「んー、遠いところだよ」すこし、遠い顔をしたスティ。「ふーん」その顔を見つめて、でもボクはしつもんを呑み込む。「海ってどんなところ?」「水の青と空の青が遠くで交じり合う景色。波が砂浜に時々打ち寄せたりして」#砂の城

2012-01-14 23:29:03