『砂の城』

#砂の城 で連載しているツイノベ集です。 少しずつ更新する予定。
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プロローグ

愁夢 @s_shumu

現実感も色も希薄な雑踏。視界の隅にひっかかったのは灰銀の頭。捨てられたように転がる肢体は梅の枝のように細く、同時に繊細な美しさを感じさせた。「きみ、どうして此処にいるの?」「だ、れ?」見上げた瞳は抜けるような青さ。病的なまでに青白い頬を滑る灰銀の髪。彼は“綺麗”だった。 #砂の城

2012-01-08 00:09:58
愁夢 @s_shumu

その瞳に見られた瞬間、次の言葉を失くした。怪訝そうに顰められた瞳に、我に返る。「僕はステファン・ロシェット。スティと呼んで」「スティ?」「そう」6,7歳くらいなのだろうに、少年は妖艶とも呼べる気怠い笑みを浮かべた。「ぼくに、なんのよう?」鈴の声は疲れを滲ませて掠れた。 #砂の城

2012-01-08 00:17:00
愁夢 @s_shumu

「一緒に行こう」差し出した手を青の瞳がきょとんと見つめた。「どこへ?」真っ直ぐに見つめる瞳と、諦めきった表情のアンバランスさ。「だって、ひとりでしょう?僕もひとりなんだ。―それとも、ここでいる方がいい?」少年は躊躇った顔で、不信を抱いた目で僕を見る。「どうしてぼくなの?」#砂の城

2012-01-08 00:22:22
愁夢 @s_shumu

「スティさん、ぼくで、いいの?」その言葉に口籠った。彼が、良かったのではなかった。誰でも、良かったのだ。この時の僕は。それに、少年は微かな笑みを浮かべた。茶番でも見るような瞳だ。「そうだな……きっといつか君は僕が必要になると思う」「え?」「その時、君は僕を利用したらいい」#砂の城

2012-01-08 00:25:54
愁夢 @s_shumu

少年は不思議そうな瞳で僕を見ていた。小さくて折れそうな、かさついた彼の手を掴む。「行こう」握りこんだ手は、微かに僕の手を握り返して。「どういうことですか?」真っ直ぐに青い瞳が僕には眩しかった。「いずれ、きっとわかるよ」薄汚れた彼の灰銀の頭を撫でると、彼は小さく笑った。 #砂の城

2012-01-08 00:33:43

悪夢の後に。

愁夢 @s_shumu

「夢を、見た……」寝付いたはずの彼が少し寂しい顔をして居間の僕の所へやってくる。「そっか、大丈夫?」こくん、と頷く彼の顔は浮かない。二人でベッドに潜り込んで、彼の灰銀の髪を撫でる。「朝にはその夢も忘れているよ」微笑むと、彼は安心した表情を浮かべ、ゆっくりと眠っていった。 #砂の城

2012-01-08 23:15:12
愁夢 @s_shumu

あの日からどのくらいたっただろう。スティと出会ったころのことはあんまり覚えてない。彼はこんきよくぼくのめんどうを見た。ほそっこくてみっともなかったぼくも少し背がのびて、きんにくもついた。すこしずつスティのてつだいもできるようになってきた。スティにぼくはおんがえししたい。 #砂の城

2012-01-08 23:21:28
愁夢 @s_shumu

「夢を忘れる……」彼に告げた言葉が頭の中で巡る。きっと明日の朝、彼を蝕んだ悪夢の内容を彼は忘れているだろう。ひょっとしたら、存在自体を忘れているかもしれない。柔らかな灰銀の髪を梳く。静かな寝息。「まるで自分を捨てていくみたいだ」必要なことだけど、寂しいことかもしれない。 #砂の城

2012-01-08 23:26:32

風邪の最中。

愁夢 @s_shumu

ゴホッ、ゲホッ、か細い肩が苦しそうに揺れる。「大丈夫?」覗き込んだ青い瞳は潤み、無理やりに頷いた顔は申し訳なさそうに僕を見ていた。「だい、じょうぶ、」咳の合間に告げられた言葉。『甘えたって、構わないのに』言いたいのを呑みこんで、そっと額に濡れ布巾を載せる。「ありがとう」 #砂の城

2012-01-09 23:19:35
愁夢 @s_shumu

彼は冬になると必ず一度、風邪をこじらせた。あの出逢った年は特にひどかった。栄養状態のよくない身体からすべてを絞り出すかのように咳を繰り返し、食べ物もまともに受け入れられなくなって。このまま死んでしまうんじゃないかと思った。でも、あの時、握った手はまだ僕を握り返してる。 #砂の城

2012-01-09 23:26:59
愁夢 @s_shumu

スティとくらし始めてすぐ、ぼくはかぜをひいて寝こんだことがある。その時、ぼくがこわかったのは死んでしまうことじゃなくて、またすてられてしまうことだった。だって、病気のはたらけない子はじゃまだから。でも、スティはぼくを捨てなかった。優しいスティはぼくに死なないでと言った。 #砂の城

2012-01-09 23:32:48
愁夢 @s_shumu

「ありがとう」くるしい息の中でいうと、彼は目を瞬いてにっこりと笑った。「大丈夫だよ」だんまりのぼくの髪をなでる彼の優しい手。「だから、死なないでね」ぼくを見つめる目のおくに、なぜだかさびしさが見えて。じゃあ、捨てないで、というぼくの声が彼に聞こえたのかどうかは知らない。 #砂の城

2012-01-09 23:40:57
愁夢 @s_shumu

その日まで彼は僕と話すことをあまりしなかった。尋ねれば頷くか同じ言葉を繰り返す。だから、彼自身の言葉を知らなかった。「ありがとう」初めての彼の言葉。そして、「捨てないで」その切ない言葉に寂しさが見え隠れして。「一緒にいるよ」その言葉は病の彼へ、ではなく自分への決意だった。#砂の城

2012-01-09 23:46:55

病み上がりに、ボクの名前。

愁夢 @s_shumu

であった日から、スティはずっとそばにいてくれる。ぼくがまともに話しもしなかった時だって、いっしょにいてくれた。「シェル」元気になったぼくがベッドからでるのをスティにゆるされたとき、ぼくはようやく名前をいった。「ぼくはシェル」スティはうれしそうに笑った。「よろしく、シェル」#砂の城

2012-01-10 00:05:46

すてきな朝。

愁夢 @s_shumu

目がさめると、スティはまだ寝ていた。それは出会ってから初めてのこと。「スティ……?」まさか調子がわるいとか?心配になっていると、彼がめざめた。「んん…シェル、起きちゃった?」寝ぼけ眼のスティがぼくにほほえむ。「うん」「そっか、おはよう」「おはよう」それはすてきな朝のこと。#砂の城

2012-01-10 23:43:26

もみじの掌が掴むもの。

愁夢 @s_shumu

ある日、彼が料理中の僕の傍に寄ってきて、熱心に手元を覗き込んできた。「どうしたの?」「手、ちょっと貸して、スティ」いつになく真剣な瞳に押され、包丁を置いて手を拭う。「えっと、何すればいいの?」「手!」手を引っ張られ、彼の手が重なる。「あ、比べっこ?」ぎろり、と睨まれた。#砂の城

2012-01-11 00:05:24
愁夢 @s_shumu

そっと重なる掌。僕の指の第二関節にも満たないところにある指先は細く、もみじのように色づいている。僕が握れば折れてしまいそうなそれ。掌をじっと見つめて、彼は不満そうな顔をした。「やっぱり、小さい」笑うと、彼は怒ったように僕を見た。「当たり前だよ、シェル。君はまだ子供だ」 #砂の城

2012-01-11 00:11:20
愁夢 @s_shumu

彼はますます面白くなさそうな顔をした。「ね、君はまだ沢山の物を掴んだって守れない。そうでしょ?広い世界も知らないね、守りたいものを脅かす敵だって知らない」でも、と言い募る唇に指を載せる。「それでも、君はその手で何かを掴んでる。何かを守っている。それはとても素敵なことだよ」#砂の城

2012-01-11 00:15:51
愁夢 @s_shumu

「ぼくが、まもってる?」驚いた顔で、彼は自分の小さな紅葉色の掌を見つめた。「そうだよ、君の手はずっと何かを掴んで、何かを守ってる」「じゃあ、スティも?」「うん、守られてるよ。ね、僕らの手は視野の大きさと同じだけでいいんだ。見える範囲を守れる手であればいいんだよ、シェル」#砂の城

2012-01-11 00:20:30