同志社「コミュニティ・デザインの理論と実践」應典院 秋田住職講演まとめ

同志社大学大学院総合政策科学研究科「コミュニティ・デザインの理論と実践」での浄土宗應典院 秋田光彦住職の講演を@nposchool さんが採録したもので、それをtogetteしました。
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Hironori Yamaguchi @nposchool

秋田住職>應典院再建当初、1年半はあまり人が来なかった。自己啓発関係の方に続いて鬱病、軽い精神障害の方々が来られた。初めは一生懸命つきあってきたが、対応する側が燃え尽きてしまう感覚があった。一方で、対話するとは何か、向き合うということは何か、あのときに学ばせてもらった気がする。

2010-05-24 23:32:25
Hironori Yamaguchi @nposchool

秋田住職>ただ、今はそうした鬱の方々などは来られないい。賑やかだから。一方で、誰も来ないお寺にそういう方々が来て、掃除を始めたりしたこと。そして「ここにいていいでしょうか」と問われたこと。ここに、ネットワークが発達したことで人が来れなくなっていいのかと、今も当時を振り返ると悩む。

2010-05-24 23:34:07
Hironori Yamaguchi @nposchool

秋田住職>今は行かないが、2回に1回位、演劇の打上げにも混ざると、最初は演劇論を熱く語り合うが、途中から人生相談に。「もうすぐ30だが」「好きな人がいるが、結婚していいのか」等、切実な悩みが吐露された。テレビスターになるぞ、という人もいたが、予め何かに傷つき演じる若者たちだった。

2010-05-24 23:39:36
Hironori Yamaguchi @nposchool

秋田住職>とりわけ應典院の再建当初に来ていたのはロストジェネレーションと言われる世代。彼らにとっては演劇やアートは貢ぎ物。自分の全てを犠牲にして捧げていた。そこで、他にも劇場はあるが、お寺は悩むことができる場所だと、劇場寺院として應典院をコミュニケーションを考えなおす場所に、と。

2010-05-24 23:42:36
Hironori Yamaguchi @nposchool

秋田住職>劇場寺院と謳う應典院だが、その分野は音楽ではなかった。演劇が労働集約型という点が大きい。人が集まらないとできないし、そこには嫌いな奴、苦手な奴もいる。しかし、それぞれの役割を担いながら、関係を織り込んでいく数ヶ月がある。演劇はずっとワークショップをやっているようなもの。

2010-05-24 23:56:46
Hironori Yamaguchi @nposchool

秋田住職>演劇は徹底的に言語の世界。そこに惹かれている。應典院では、演劇という回路を通じ、自己と他者をどう取り結んでいくかを重視。搬入の日、決まって法話をさせてもらっている。考えたことがないことを考え直す、生き直す、インターメディア、媒介として表現の場に向き合ってもらえるように。

2010-05-25 00:00:00
Hironori Yamaguchi @nposchool

秋田住職>たまには「魅せる」ことも大切なので應典院には有名な方も講演で招くが、演劇以外では現代アートにも惹かれている。こちらは徹底して非言語。しかしある種の超越性があり、宗教性にも通じるものがある。こういうノウハウが勉強できたではなく、自分の生き方をデザインする道筋を得て欲しい。

2010-05-25 00:03:37
Hironori Yamaguchi @nposchool

とりあえず、秋田光彦住職のひとまとまりの話のつぶやき了。RT @TakuNagano: つまり、思考停止を利用してるってことでしょう。RT @o2hi: アタシは教会には初めっから意味や役割を求めたのだが、..まぁ、まず@nposchoolさんの一連のついーとを読んでみようっと。

2010-05-25 00:04:47
Hironori Yamaguchi @nposchool

コメント感謝です!「これ」の中身がどこまでを指しているか分からないのですが、少なくとも應典院はお寺の温故知新・原点回帰を図ってきました。上田紀行先生の仰る「仏教ルネッサンス」です。QT @shimalog: これは、大昔から日本では、寺院や神社といった場所が担っていたことです。

2010-05-25 00:51:12
秋田光彦 @mitsuhikoakita

昨日同志社のコミュニティデザインの授業で話した内容をツイッター再録してもらった。改めて自分の思考が露になって、ありがたくもあり、冷や汗も。山口さん、ありがとう。 RT @nposchool:

2010-05-26 00:13:43