江崎グリコ御中「冬のくちどけ物語」
- cihcugadum
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(冬のくちどけ物語 1)女はストックしている「冬のくちどけ」を徐に取りだした。 ショコラの部分が覗きこめる半透明の袋に手をかけ一気に開ける。刹那、ふわりとカカオパウダーが舞ったような気がする。まるで宝物を取り出すような仕草で、すっと一本抜き出す。
2012-01-22 11:36:59(冬のくちどけ物語 2)茶色がかったショコラの色が、妖しく輝くアルマンディンガーネットのように女には見える。甘く優しい、妖艶な色だ。一面に降りそそがれたココアパウダー。こんな雪が降ったなら女はそこに埋もれて死んでもいいと思ったのかもしれない。
2012-01-22 11:43:30(冬のくちどけ物語 3)じっと見つめていた一本のそれをゆっくりと唇へと近づける。かぐわしいショコラの香りも女へと近づいてくる。 少し手を止めて、女は静かなため息をついた。切なげな、苦しさを堪えたような。パウダーが辺りに飛び散らないように、細心の注意を払って。
2012-01-22 11:47:27(冬のくちどけ物語 4)しばらくそれを見つめていた女は、決意を固めたような眼差しで、また唇へと近づける。唇と唇の間に挟みこまれたそれは「くちどけ」の名の通り、とても柔らかい。女の白い歯がそれをゆっくりと噛み砕く。ほろ苦さと甘さが駆け巡る。そして、一気にポッキーを貫く。
2012-01-22 11:54:18(冬のくちどけ物語 5)口内に甘く優しいショコラが広がる。サクサクと音を立てて女はそれを味わう。ゆっくりと食べたのは最初の一本きりで、後はとめどなく動く手と唇の反復運動。脳内の味覚をつかさどるという側頭葉の反応など排除してただ無心にその味を噛みしめる。腹を空かせたライオンのように
2012-01-22 12:01:41(冬のくちどけ物語 6)ふと時が経ち、我に返った女は思う。「美味しい、冬のくちどけはやっぱり美味しい。でも、でも何かが足りない。圧倒的な何かが…」それが何なのか、女には最初から分かっていたのかもしれない。視線の先にはストックされた「冬のくちどけ」があった。
2012-01-22 12:04:28(冬のくちどけ物語 7)女は思う。ストックなど、本当はいらなかったんじゃないか。季節限定で、冬にしか発売されない「冬のくちどけ」。冬だからって、どの店にでもあるわけじゃない「冬のくちどけ」。勇んで行った、いつものコンビニで売り切れの棚の前で、涙をぬぐった「冬のくちどけ」。
2012-01-22 12:08:55(冬のくちどけ物語 8)そんな「冬のくちどけ」とのメモリーが女の脳裏に蘇った。恋しくて、恋しくて、焦がれる気持ちとともに出会うからこそ「冬のくちどけ」との愛は永遠だったのに。私は、私ときたら、何てことをしてしまったのだろう。愛するくちどけを束縛しようとするなんて、、、
2012-01-22 12:17:03(冬のくちどけ物語 9)女はゆっくりと崩れ落ちる。フローリングの冷たい床に膝を突く。ゆっくりと手を落とす。「冬のくちどけ」を持った右手は掲げたままで。
2012-01-22 12:21:52(冬のくちどけ物語 10)私たちは愛するものを渇望する。愛するものを永遠に愛したいと願う。そして束縛したいと思う。愛すれば愛するほどに欲望は果てしない。けれど、愛を欲望のままに貫くことはその愛を失うことでもある。そう私は「冬のくちどけ」から学んだ。今年の冬、もう一度君を愛そう。完
2012-01-22 12:30:36