館もののラストにおける館の炎上について
- K_misa_maguro
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そういや洋館物の「ラストで炎上」というイメージはどの作品から定着したんだろう。本格ミステリではほとんど見かけないけど。
2012-02-11 14:26:30「崩壊」の一パターンとしての「炎上」はどこから始まったのか、となると分かんない。アッシャー家は崩落。でもメッツェンガーシュタインは炎上。
2012-02-11 14:33:26本格ミステリで館がラストで炎上しないのは、名探偵の推理が終わった時点でカタルシスが得られるからだろうな。だからわざわざ炎上させてカタルシスを得る必要がない。
2012-02-11 14:34:20初期クイーンの、たとえば『ギリシャ棺の謎』を読めばわかるように、探偵小説は言葉で作られたゴシック建築だ。しかも壮大な建築を組みあげた上で、最後には一挙に倒壊させてしまう。近代の壮大な長編小説もゴシック的な構築性があるが、この点でバルザックやトルストイの小説と探偵小説は違う。
2012-01-24 03:37:58@heatfeel 漫画の場合、小説より派手さが求められるから燃やすことがあるんでしょうかね。
2012-02-11 14:40:09館の物質的な崩壊と、その館に住む一族の滅亡とを結び付けている表現なので(何度も出すけど特にアッシャー家)、館が登場するからといってむやみに崩壊させてもしかたないというのはある。様式美になってしまった感はあるけど。
2012-02-11 14:41:50作例を新本格以降のものしか思い付けないので、話は少しずれるのですが >館炎上 『姑獲鳥の夏』の久遠寺医院が、原作では半ば廃墟化しただけだったのに対し、映画版では炎上させられていたのを思い出しました。
2012-02-11 14:48:36物語の展開上、炎上させる必然性はどこにもなかったのですけど、やはり原作通りでは画面が地味になりすぎるということだったのだろうか。基本的に会話しているだけで動きのない作品ですし。
2012-02-11 14:52:43というわけでわざわざ館をださなくてもミステリの中では常に緻密な構造物が作られ崩されを繰り返している。そこにあえて雰囲気ごてごての館を登場させたくなるのはやっぱり好きだからなのかなぁ。
2012-02-11 14:53:15