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一色登希彦氏が語る漫画『日本沈没』連載当時のエピソード

電子書籍版『日本沈没』が3月2日にリリースするのに合わせて、作者の一色登希彦氏が連載当時のエピソードについて語っていたのをまとめました
マンガ 一色登希彦 日本沈没
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一色登希彦 @ishikitokihiko
【「日本沈没」の宣伝】小松左京さんの原作を頂戴し執筆した拙版「日本沈没」(全15巻)は現在暫定的に1巻2巻のみ無料でデジタル版をご覧いただけます→ http://t.co/LfHHUKjA が、ようやく3月に全巻の電子書籍がeBookJapanよりリリースされます。
一色登希彦 @ishikitokihiko
【「日本沈没」】電子版は昨年頭にリリースの算段があったのですが、昨年3月の震災が起きたのち保留が続いていました。今回は逆に3月の1年目のタイミングを目指してのリリース。小松左京さんの原作版「日本沈没」も同じくeBookJapanよりリリースされます。
一色登希彦 @ishikitokihiko
【「日本沈没」】電子版は表紙も新作されます。時々いくつか紹介しますね。これは8巻。自分で大好きな「総理ご乱心」の回。よく今でも「安倍総理モデルですよね」と言われますが、これを描いたときは日本の総理は小泉氏でしたので違います。 http://t.co/lWV8imWx
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一色登希彦 @ishikitokihiko
【「日本沈没」】電子書籍版、eBookJapanより3月2日発売予定です http://t.co/xr62cnHW いくつかの巻の表紙は既存のカラーイラスト等を使い新作してもらいました。これは12巻、割と好きなイラストです。  http://t.co/fkS9CHoL
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一色登希彦 @ishikitokihiko
【「日本沈没」】電子書籍版、eBookJapanより3月2日発売。 http://t.co/xr62cnHW これは4巻の表紙。連載時、スピリッツ誌の表紙に使ったイラストが未使用だったので引っ張り出してきました。 http://t.co/xaqzEeVS
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一色登希彦 @ishikitokihiko
【「日本沈没」】来週の電書版発売に向けて2005年からのスピリッツ連載当時のことをだらだら書き連ねます。思い出す度にテキトーに書き進めますんで。
一色登希彦 @ishikitokihiko
【「日本沈没」】拙版「沈没」のスピリッツ連載開始は2005年12月の最終発売号から。連載準備の執筆開始はその2005年の秋から。スピリッツからの連載の打診は2005年の半ば頃だった。 樋口真嗣監督版の映画「日本沈没」の制作が進んでいて小学館が制作に関わっていた関係での「漫画化」。
一色登希彦 @ishikitokihiko
【「日本沈没」】2005年当時の自分の話。2004年末にヤングサンデーで5年に渡る「ダービージョッキー」の連載を終え、2005年前半はヤングキングで「モーティヴ」の新作を描き切ることに没頭していた。そのさなかの自分にスピリッツの武者(むしゃ)副編集長が声をかけてくれたのだった。
一色登希彦 @ishikitokihiko
【「日本沈没」】武者さんは、自分も大好きな作家さんである藤田和日郎さんが度々「新人時代の恩人」と名を挙げる編集者。その武者さんが「是非スピリッツで」と打診を下さる。光栄この上ないのだけれど、正直、当時のスピリッツに自分が何を描いたら良いのかイメージを定めかねた。
一色登希彦 @ishikitokihiko
【「日本沈没」】「ダービージョッキー」「モーティヴ」で、ポジティヴな自己投影をした「キャラクター」が物語を全うする話は全力で描き切ってしまった気がしていた。 その後に描きたかったことは今は簡易に言葉に出来る。「日本はこのままで大丈夫なの?」…そういう話を描きたいと思い始めていた。
一色登希彦 @ishikitokihiko
【「日本沈没」】煮え切らないリアクションを続ける自分。「ならどんなものが描きたい?」と探る編集氏。その時自分が「この小説を原作に漫画が描けるなら描きたい」と大風呂敷を広げ、挙げたのが、発売されたばかりの村上龍さんの「半島を出よ」だった。
一色登希彦 @ishikitokihiko
【「日本沈没」】今までとは全く違うものを描きたいという意思表示で、自分の退路を断つ為で、編集氏の本気度がいかほどのものかを知りたくもあって広げた大風呂敷だった。 流石に大風呂敷すぎたかと思っていた数日後、武者副編集長から「編集長が会いたいと言っている」との連絡。 
一色登希彦 @ishikitokihiko
【「日本沈没」】2005年初夏。吉祥寺の地味〜な喫茶店でスピリッツの立川編集長と待ち合わせ。「「半島を出よ」を漫画にしたいと聞いたんだけど…その実現のハードルは高いのだけど、実は「日本沈没」の再映画化に併せて小学館の漫画誌で漫画を描ける人を捜している」と。 俺ふたつ返事即答。
一色登希彦 @ishikitokihiko
【「日本沈没」】速攻ふたつ返事は後から聞くと編集長も驚いたという。即レスしたのは理由があった。「日本沈没」を好きだったこと。直近の報道で樋口真嗣氏が監督をするのを知っていたこと。どのみち誰かが受けることになる「企画」なら、誰を差し置いても自分がチャンスを手放したくないと思った事。
一色登希彦 @ishikitokihiko
【「日本沈没」】当時も今も、映画の「漫画版」が描かれる事は多い。おそらく映画の「製作委員会」なるものに出版社も名を連ねることに由来しているのだと思う。それは承知の上で、自分が「日本沈没」を描くにあたってスピリッツに出した条件がいくつかあった。
一色登希彦 @ishikitokihiko
【「日本沈没」】スピリッツに出した条件。新作映画の脚本をなぞる形で漫画を描く事はしない。映画の漫画化企画にありがちな単行本数冊のボリュームでは無理、数年単位の十数巻のボリュームで描きたい。制作コストがかかるので原稿料他の対価をアップして欲しい。…等々。
一色登希彦 @ishikitokihiko
【「日本沈没」】映画の脚本通りに漫画を描くつもりが無い意志は、打診を受ける返事をした直後に映画の脚本準備稿を読ませてもらって固めた(このことは詳しく後述します)。映画が終わっても数年の期間に渡って漫画の連載を続けたい旨も同じく。
一色登希彦 @ishikitokihiko
【「日本沈没」】そして制作コストを算出して対価を求めた。映画に対抗出来るような漫画版を制作するためには「個人的」レベルでの制作は難しいと判断した。当時珍しかった(珍しかったのよホントに!)コミックスタジオでPCで最多人数で制作することを目指した。
一色登希彦 @ishikitokihiko
【「日本沈没」】その頃アニメのメイキング映像やハリウッドSF映画のメイキングを多く見ていて、コミックスタジオ等でPCで漫画を制作する仕組みはそれらと全く同じように考えられるような気がし始めていた。それが実践できるなら「日本沈没」という「大作」を手がけられるかもと考えた。
一色登希彦 @ishikitokihiko
【「日本沈没」】VFX映画やアニメの制作法に近い思想での漫画の創り方。素材を撮影(作画)し、自在に編集(コピペ)して制作する。「日本沈没」に関しては「漫画家」というよりは「(アニメの)総監督」みたいなことをしたいと考えた。 スタッフを増員し、最新のMacを十数台買い込んだです。
一色登希彦 @ishikitokihiko
【「日本沈没」】ところで2005年当時、「日本沈没」の映画製作が始まったのはどういうきっかけや情勢があったのだろう?改めて関係者に聞き直してみたいところではある。 私見だけれど2004年のスマトラ島地震津波災害が無関係ではないような気がしている。というのも・・・
一色登希彦 @ishikitokihiko
【「日本沈没」】「沈没」の連載開始と時を同じくして、日本(東京)が巨大地震災害に見舞われるモチーフの漫画が同時発生的に乱立した(古屋兎丸さんの「彼女を守る51の方法」等々)。これはある種のシンクロニシティだと思っている。「東京は、日本は、ヤバいんじゃね?」という空気が当時あった。
一色登希彦 @ishikitokihiko
【「日本沈没」】自分が「日本沈没」を描こうとした動機のひとつもそこにある。当時は言語化できなかったけれど「この国ヤバいだろ」という無意識の悪寒を物語にしたかった。それが拙版冒頭の「心の底で、願ってしまっていた…こんなどうしようもない国、滅んでなくなってしまえばいいって…」になる。
一色登希彦 @ishikitokihiko
【「日本沈没」】「こんなどうしようもない国…」この、天に唾するような語り出しは、映画を撮影中の樋口真嗣監督と撮影現場で会って話して、氏の言葉から頂戴したインスピレーションに拠る所が大きい。自分は勝手に、樋口監督から「託された」と思い込んでいる。
一色登希彦 @ishikitokihiko
(ぶつぶつ語る「日本沈没」、長く続けます。ひとまずひと休み。おやすみぐー。)
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コメント

加野瀬未友 @kanose 2012年2月26日
樋口監督と会ったエピソードを追加しました
りんもっく @lynmock 2013年4月23日
オリジナル展開は凄く好きだったんですが、最後がよく理解できませんでした…
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