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Ken ITO 伊東 乾 @itokenstein
議論が水掛け論になるのは、構築が拙劣だからだ。対案を全否定しあったりするのを見ると、どちらも本質的な足場に立脚していないケースが大半(どこかの自治体の長とかのことだけでなく)。うすっぺらい議論で人目を引くだけのものは、有害無益だとつくづく思う。
Ken ITO 伊東 乾 @itokenstein
昨日は大学で勉強会があった。理学部地物の茅根先生から沿岸海洋学の地理的・地学的基礎的(大学入試に出る程度に基礎的)なお話を頂いた。これが国土交通行政に徹底しているか否かで被害は全く違った筈で、現実には凄まじく不合理な戦後高度成長期の土地利用と都市発展とがあった。それに基づく災害と
Ken ITO 伊東 乾 @itokenstein
大きな川の河口には三角州が出来る。河川の堆積効果、小学生でも知っている。日本全国にある沖積低地はすべて、この河川堆積物と津波堆積物が層をなして出来たもので、ボーリング調査すれば過去何百何千年にどのていど大規模津波をかぶっているか克明に分かるという。津波堆積物前提の土地という大基本
Ken ITO 伊東 乾 @itokenstein
弥生時代から20世紀初頭まで「河口の湿地」は「海辺の田んぼ」で人の住まない所だった。第一次産業の清算中心で稲を作っていた所が日露戦争以降重工業第二次産業に転用され、さらにその衰退と共にディズニーランドや宅地など第三次以降の産業に転化、住宅も建設されるようになった土地利用百年の変遷
Ken ITO 伊東 乾 @itokenstein
今回内陸何キロという地点でも津波冠水、漁船が流されてきたりした所は2000年ほど前は奥深い入り江、湾の中心だったのが三角州・津波堆積物等で埋め立てられ、さらに戦後高度成長期に町並みの景観が全く変わって、そこが海辺(というより内湾ど真ん中)という認識がされなくなってしまったエリア。
Ken ITO 伊東 乾 @itokenstein
いまある面積や鉄道その他の利便による地価など、数十年単位の人為で物をみても、数百年単位で考えるべき災害の対策には全く役立たない/むしろ危険というのが、理学の観点から見た、震災・津波災害からの復興とりわけ沿岸部復興の基礎の基礎にあるべき筈だが、実際にはそうなっていない青天井公共事業
Ken ITO 伊東 乾 @itokenstein
こうした地域を「人が住むべきではない」とするのが理学「住んでいる以上はどうにか対策を」というのが工学「そこに住むに至る事情や生活の実際を考える」のが人文科学「具体的な対策と手順を立案実施する」のが社会科学といった、おのおの専門持ち分の建設的な分業あってこそ学の名に値するものになる
Ken ITO 伊東 乾 @itokenstein
他の学との整合性を自ら示さず、いたずらに多くの人を混乱させる「専門家」は「せんもんか」と呼ばず「せんもんバか」と思うほうが安全。その情報をどのように斟酌し、きちんと整合した全体像の中で理解、生かしてゆくかは、むしろ私たち個人の判断・その審級が求められている。此処を考えねばならない
Ken ITO 伊東 乾 @itokenstein
僕は質素に音楽を営めればそれで人生満足な人間だけれども、いまの日本の状態で一個人として(とりわけ大学に籍があって)出来ることがあるのにそれをしないというのは道義的に許されないような気がしてならない。ライフワークと整合した形で自分に出来る範囲で、出来る事は役立つべく行動せねばと思う
Ken ITO 伊東 乾 @itokenstein
この所ご依頼があり少し働いたのは、国際語に翻訳して誰が見ても「こりゃ真っ当だ」と否定されえないファクトに立脚して復興発展を考える学術基礎のアウトラインのお手伝い。明確な宛名があり、日本としてアマルティア・センさんに見せて恥ずかしくなく、出来れば評価されるものを作るべく考えている。
Ken ITO 伊東 乾 @itokenstein
だれそれに照らして恥ずかしくない、というのは大事と思う。なるほどよさ気なスローガンでも実施策が皆無だと砂上楼閣とバレる。アマルティア・センやケネス・アロー本人に見せる前提で、彼らに判る言葉、共通の土台として認めてもらえるファクトのみからすべてを交通整理するのは自分自身よい経験に。
Ken ITO 伊東 乾 @itokenstein
無論自分一人では到底そんな事は出来ないが、僕は音楽屋で学術に我がない。自分の分野がどうこうというバイアスも掛からない。優れた先生方の志あるお仕事を適切にリエゾンするだけでも、センでもアローでもハーバーマスでもきちんと一緒に議論出来る円卓の準備は整える事が出来る。それが大事と思う。
Ken ITO 伊東 乾 @itokenstein
日本には本当に優れた第一級の仕事をされる専門家が沢山おられる(メディアで変に目立つ専門*カなどではなく)。そうした優れた仕事が、実はちっとも矛盾せず、各々の立場から誠実に仕事している、整合した全体像をきちんと確認してゆくこと。逆に矛盾した話を吹き込むと人は容易に欝状態になるという
Ken ITO 伊東 乾 @itokenstein
同じ対象を扱っても学問が違えば手段と目的が違うので結論に差が出るのは当然。理学が居住に不適と判断した場所にも現実に住んでいる人が居り、その対策を工学や医学が担当し、それらの適否や社会的改善を人文社会科学が検討実施する。どれを信じるか、信じないか、本当はドレ?という様な話ではない。
Ken ITO 伊東 乾 @itokenstein
逆に、学者のような肩書きを持ち専門のようなポーズを取りながら、摩訶不思議かつ素っ頓狂な事をいってるのを、いまもリツイートで一つ見たけれど、ああいうのは何なのだろう?その種の変なものとは一切関わりあわないようにしているけれど、見る人たちは見、黙ってあきれ返っている訳だけれど・・・。
Ken ITO 伊東 乾 @itokenstein
専門誌の投稿ルール程度に常識的な基本として科学あるいは学問とは前提と結論の間の関係で、前提が違えば結論は当然変わる。それをごっちゃにしても単に無意味。理学は物質や自然だけを見て居住の適不適を言えるけれど、工学や医学はすでにそこに住んでいる人前提で、話が違ってくるのはあまりに当り前

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