サンライズのロボットアニメにおけるキャラクターとロボットの関係構造

サンライズのロボットアニメをキャラクターとロボットの関係からおさらいしました。
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おはぎ @ohagi2334

サンライズのロボットアニメには、ロボットと人の交流・触れ合いをどう描くのかっていう歴史でもある。おそらくサンライズのロボットアニメで初めて交流を扱ったのは、蒼き流星レイズナーのレイ。そしてワタル・グランゾート・勇者シリーズなどを経て、そしてゼノグラシアに辿り着く。

2012-03-22 21:22:05

ガラットの方が早いという指摘が。確かに。

おはぎ @ohagi2334

サンライズロボットアニメにおけるロボットと人の交流は、異種同士の交わりであるが為に、人と人の交流より濃く描かれる。例えば、ジェイデッカーの勇太に熱い視線を送るデッカードはフェチっぽいし。ワタルと龍神丸の関係もやっぱり男臭い。そこがたまらなく魅力的なんだけど。

2012-03-22 21:27:14
おはぎ @ohagi2334

サンライズのロボットアニメにおけるロボットと人の交流は、ロボットがキャラへ変質的・歪んでいるといえるぐらいの愛情で接してくるのが一つのパターン。これを極限までに追求したのがゼノグラシア。

2012-03-22 21:30:44
おはぎ @ohagi2334

サンライズのロボットアニメにおける人とロボットの交流。富野監督の場合は、人とロボットの関係を人が使う道具としてロボットを描く。例えばVガンのウッソは変幻自在の戦法でMS戦を行い、∀では洗濯機としてガンダムを用いる。あくまで人が生きる為の道具として描く。

2012-03-22 21:34:17
おはぎ @ohagi2334

富野監督はロボットを道具として描く。他のサンライズ作品、特に勇者シリーズはキャラクターとして描く。

2012-03-22 21:37:26
おはぎ @ohagi2334

勇者警察ジェイデッカーの頃の会川昇さんの脚本は、人とロボットの交流というテーマを本気で描いていた。セルで描かれたキャラとロボはキャラクターという意味で等価であるというメタ的信念の元、人もロボットも変わりがない。だからわかりあえるという話を描いていた、と思う。

2012-03-22 21:40:35
おはぎ @ohagi2334

富野さんの作品はロボットを道具と割り切って使っても、使い捨ての道具ではなく、一緒に生きていくための道具であろうとする愛着を感じさせるようにキャラが動く。

2012-03-22 22:15:05
おはぎ @ohagi2334

ロボットアニメで気になっちゃうのが、主人公含めて機体をどういう態度で接するのかという点。機体に愛情を持っている描写や台詞があると、人とロボットの関係という意味でグっと来る。ボトムズみたいにドライな接し方もあれは世界観的にOK。

2012-03-22 21:48:40
おはぎ @ohagi2334

太陽の牙ダグラムの最終回で主人公クリンが「ダグラムは僕の全てだ。僕の体で、僕の牙で、僕の心で、一緒に泣いて、一緒に走って、一緒に歩いてきた。デロイアでの僕の全てなんだ。(中略)僕はこの手でダグラムと別れる」という台詞はクリンのダグラムに対する愛情が溢れすぎていて泣ける。

2012-03-22 21:52:09
おはぎ @ohagi2334

サンライズロボットアニメにおける人とロボットの関係を見る上で大事な作品一つ忘れてた。サイバーフォーミュラだ。あれもハヤトとアスラーダの関係が良かった作品だった。

2012-03-22 22:11:48
おはぎ @ohagi2334

サイバーフォーミュラの頃の福田監督は人と機体のコミュニケーションを物語的に扱っていたが、ガンダムSEEDになるとガンダムを純然な道具として割り切って使っているのが印象的だった。

2012-03-22 22:39:12
おはぎ @ohagi2334

太陽の牙ダグラムも、魔神英雄伝ワタルも、伝説の勇者ダ・ガーンも、最後はロボットと別れる展開なのだが、それってつまり大人への割礼の儀式という意味合いがあるのだろうね。少年は大人になる為にロボットという父親から旅立たなければならないと。

2012-03-22 21:58:09

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