80年戦争、あるいはオランダヘゲモニーへの経済史的背景として(仮)

blog用メモ: 80年戦争が生じ、ウェストファリアがあのような条約の形で終結した背景として、政治史的な流れだと領域国家の主権確立がなによりも重視されるけれど、そもそもあの戦争が生じた大きな流れとしてはあらたな都市国家と商人同盟勢力(ネーデルラント→ユトレヒト)がそれまでの皇帝権やその御用同盟(ハンザ)からより自由になることを目指したことにある。 皇帝や王、あるいは教皇といったカトリックの宗主たちがプロテスタント系商人資本にきつく当たったのは、宗旨が違うということもあるだろうが、自分たちが商人に莫大な借金を負っていたことからの引け目もあったのではないか?そこからすると80年戦争は「領邦国家による主権独立の記念碑」のみならず「商人(資本、ブルジョワ)が王や教皇、皇帝といったところからより自由になれた記念碑」ともいえる。それは単にオランダによるスペインからの独立戦争というだけではなく…。 続きを読む
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m_um_u @m_um_u
グルデン(フィレンツェ、1252~)→ターラー(チロル、1486~)→ターラー(ボヘミア、1520) 以後、当時のオーストリア系銀貨は「ターラー」 / “米ドルの故郷はチロルとボヘミア” http://t.co/BxxNjfbT
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ドッカード金貨(ヴェネツィア、14~15c)、スペインから貴金属大量流入(16c,鋳造場所わからず)、バンコ・グルデン(オランダ、17c)、フランスイギリスの植民地通貨としてポンドとリーブル(18c) / “基軸通貨の歴史、基軸通貨と…” http://t.co/VKvJFz1R
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「マンツフェルト・南ザクセン・ボヘミア・ドイツ(シュヴァルツシルト、ティロル)・ハンガリー、レーエン(シャフト):鉱山保有権(税)、十分の一税の最初の形、国は地金を廉価で購入→地金と造幣金額の差が大きな国庫収入に、
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『カール5世、フッガー家などに対する独占非難の勅令』、ケルン周辺・エルベ川流域(プラハ北)・イン川南、地金を廉価で購入→地金と造幣金額の差が大きな国庫収入に、鉱山プランテーション、先買権=金融 / “中世末期・近世初頭のドイツ鉱山業と…” http://t.co/ui8xbAOo
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先買権=金融:(5グルデンで買った銀の先買権は最終的に10グルデンの価値→2グルデンの儲けに)、上げた利益でフッガーなどが銅買い付け(戦争材用)、鉱山プランテーション(→労働者不満)、南ドイツとヴェネツィア商人の連携、対フッガーライン→ヴェネツィアへの銅禁→アントウェルペンへ
m_um_u @m_um_u
基軸通貨の流れみるとその時代の経済の中心がどのあたりだったか分かるし、銀と人口の流れがそれを裏付ける形になるんだろうけど。銀はただ採掘→鋳造してるだけだと富に通じなくて、実際にモノと交換した時点で富になるのだろうからそれを含んだ流通全体の流れがわからんとなぁ。。
m_um_u @m_um_u
価格革命周辺のこの辺の流れがどうも未だはっきりわかってないというか、色々議論があるみたいなのだよの。ヴェネツィア+南ドイツラインからブリュージュ、アントワープ、アムステルダムに移っていった流れもよくわかってないみたいだし。バルト海沿岸の貿易もよくわかってないみたいだし
m_um_u @m_um_u
15cのドイツ辺りの鉱山労働周辺てすでに産業資本主義ぽい
m_um_u @m_um_u
中世から近世ぐらいの大商人のはたらきっぷりについてまとまってるものが意外とない。。メディチ、フッガー、ウエルザーみたいなのが銀行・金貸しして発言権強めてった、みたいなの
m_um_u @m_um_u
この時代だとまだ活版印刷できてなくて商人活動記録みたいなのなんかわざわざ残さないので全体的な実態が捉えにくいのかのぅ。。地域研究みたいなのだと出てるのだろけど
m_um_u @m_um_u
「ヨーロッパ中世の手工業と商業(瀬原義生)」よりフッガー、ウェルザーなど http://t.co/f3Xe4O3G http://t.co/IDQjPG6H / “HD: 中世期の商業3” http://t.co/gZS1yaqg
m_um_u @m_um_u
従来の政治学とかだと「このように王権が弱く都市国家が多かったので中央集権デキなかった」みたいな言い方されるけどなんか逆のような。。(商業的自治権が固まっていたので経済的な準ヘゲモニーはたらいて中央集権する必要がなかった。もしくは高度に複雑化した商業組織・制度運営のために
m_um_u @m_um_u
なるほろ。中世、近世だと株式会社なかったから金融つっても王権に融資するぐらいしかなくてそんなに膨らまなかったのか(一部ぐらいしか) モノの量もカネの量も人口も少なかったし
m_um_u @m_um_u
もともとは東方に綿と麻ブレンドした織物売って一財産儲け、そこから鉱山商売に手を出した。ハプスブルクの鉱山、銀行取引を一手に率い、ハプスブルクの没落とともに消えていった(贖宥状を教皇に薦めた、絡み / “南ドイツといえばフッガー家: ぴ…” http://t.co/TccGsGH2
m_um_u @m_um_u
為替取引でレートの利ざやを得た、と。やってることは高利貸しなのでカトリックの教えに反する→ルネサンス芸術に寄与することで贖罪 http://t.co/Z0gCz0Lq cf.煉獄の創造と贖宥状 「中世の高利貸し」 … http://t.co/hZwKfk4N
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