QAB琉球朝日放送 復帰40年報道特別番組「枯れ葉剤を浴びた島~ベトナムと沖縄・元米軍人の証言~」

2012年5月15日にQAB琉球朝日で放送された復帰40年報道特別番組「枯れ葉剤を浴びた島~ベトナムと沖縄・元米軍人の証言~」についてまとめました。以前にステーションQで放送された映像がかなり使われていたので、本放送をご覧になれなかった方は、まとめ最初のほうの動画を見ると分かりやすいと思います。多くの人が知るべき問題だと思います。
環境 沖縄
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mai @jrmmnisi
【動画】2011年8月9日(火)にステーションQ内で放送された「枯れ葉剤と沖縄の関係」 http://t.co/0fz9Qc6Z ミッチェルさん「沖縄には今もダイオキシンの濃度が高い危険な地域があるのでは」
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【動画】2011年11月9日(水)にステーションQ内で放送「 シュワブの枯れ葉剤使用を追う」  http://t.co/hrex96Jf
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【動画】2012年2月1日(水)にステーションQ内で放送「沖縄に枯葉剤があった」  http://t.co/3mdGbjMr 枯れ葉剤被害のドキュメンタリー映画「沈黙の春を生きて」の公開に合わせたジョン・ミッチェルさんの講演からの映像
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【動画】「枯れ葉剤の影響を今でも受けているベトナムの子供達」 http://t.co/zIOlS891
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2012.5.15放送 QAB琉球朝日放送 復帰40年報道特別番組「枯れ葉剤を浴びた島~ベトナムと沖縄・元米軍人の証言~」告知http://t.co/LpH7uYv0
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【枯れ葉剤を浴びた島①】アメリカ軍がベトナムの大地に蒔いた枯れ葉剤で、300万人以上が後遺症に苦しんでいる。その枯れ葉剤についてジョン・ミッチェル氏「やんばる、泡瀬、那覇港、牧港、キャンプシュワブ、普天間、…北はやんばるから南は那覇まで枯れ葉剤が広く使われていたことを突き止めた」
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【枯れ葉剤を浴びた島②】2011年4月12日ジャパンタイムズのミッチェル氏の記事。1960~70年代にかけ沖縄に駐留していたもと米軍人20人以上にインタビューした結果、県内の米軍施設で「エージェントオレンジ」という枯れ葉剤が保管されたり使われたりしていたことを突き止めた。
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【枯れ葉剤を浴びた島③】ミッチェル氏:元軍人の多くは沖縄で枯れ葉剤を使ったとき、米政府に「安全」と言われたため、手袋もマスクも使わなかった。元軍人たちに時間は残されていない。調査している間にも、一人が死亡し3人が重症に陥っている。急いで調査して真相を明らかにしなければならない。
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【枯れ葉剤を浴びた島④】ベトナム枯れ葉作戦。エージェントオレンジと呼ばれる枯れ葉剤等きわめて毒性が強いものを中心に何種もの枯れ葉剤がまかれた。ベトナムでは直接浴びた人のみならず、その子供や孫の代にわたる300万人以上ががん、糖尿病、皮膚病になり先天的な障害をもって生まれてきている
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【枯れ葉剤を浴びた島⑤】沖縄での枯れ葉剤被害を訴えるジョー・シパラ氏は1970年19歳の時に泡瀬通信施設に技術者として勤務。除草剤や殺虫剤として枯れ葉剤を使用。「枯れ葉剤とディーゼル燃料を半分ずつ混ぜるよう指導を受けた。エージェントオレンジが蚊を殺すのにも使えるということだった」
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【枯れ葉剤を浴びた島⑥】「アンテナ施設は55ヘクタールもある、そこに雑草が生えてこないように2~3週間に一度、枯れ葉剤をまいた。雑草は生えてこなくなっても、蚊を殺すためにまき続けた。」シパラ氏、10か月の任期を終え米国へ帰国。直後から体の不調に悩まされる。
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【枯れ葉剤を浴びた島⑦】シパラ氏:翌年結婚し、妻が妊娠。最初の子供は流産。「赤ちゃんはすごい奇形だったので、生まれてもあなたは幸せに思わなかっただろう」と医師。「枯れ葉剤を浴びたことはあるか」と聞かれた。医師は原因が枯れ葉剤だとは言わなかったが、子供の奇形と関連付けていたと思える
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【枯れ葉剤を浴びた島⑧】診察を受けたのは米軍基地内の病院。医師・米軍が枯れ葉剤の影響を知っていたのではないかという疑惑が浮かび上がる。シパラ氏はその後二人の子供に恵まれるが、生まれた子供たちにはともに先天的な障害。娘のニコルさんは、生まれつき両足の指が奇形。何度も手術を受けた
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【枯れ葉剤を浴びた島⑨】現在、シパラ氏は糖尿病はじめ数々の病気を抱える。彼が自身の病気や子供たちの奇形に枯れ葉剤の影響を疑ったのは、テレビでベトナムの子供たちを見たのがきっかけ。シパラ氏「米軍人の子供や孫を調べたらベトナムの子供たちと同じような奇形があることわかった。」
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【枯れ葉剤を浴びた島⑩】1975~76年キャンプ瑞慶覧に勤務したキャシー・ゴーツさん:多発性骨髄腫で放射線治療中。子供と孫にも重い障害。沖縄で生まれた長女は糖尿病や膝の形成障害等様々な病気。3才の孫は言語発達障害。15歳の子は視覚障害、目がよく見えない。孫の世代まで影響受けている
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【枯れ葉剤を浴びた島⑪】ゴーツさん:多発性骨髄腫との診断時、医師に「枯れ葉剤を浴びたことはないか」と聞かれた。しかし、ベトナムに行った経験はない。沖縄で妊娠中に基地の周りを散歩中、2~3回何か撒かれるのを見た。ガソリンみたいなにおいがした。一度体にかかったこともある。
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【枯れ葉剤を浴びた島⑫】シパラさんもゴーツさんも、自身や家族の病気が枯れ葉剤に関係していると確信し、米国政府に補償を求めている。米国政府は、沖縄で枯れ葉剤が保管、使用された記録は見つかっていない、と否定し続けている。
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【枯れ葉剤を浴びた島⑬】米政府の文書によると、米軍はベトナム以外でも、タイやラオス、カンボジア、韓国の非武装地帯などでも枯れ葉剤を実験的に撒き、保管していたことがわかっている。しかしベトナム戦争の前線基地だった沖縄に、枯れ葉剤があったとは認めていない。
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画像(米軍が枯れ葉剤を撒いたことが文書により判明している地域) http://t.co/UsSuuDHV
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【枯れ葉剤を浴びた島⑭】1968~70年那覇軍港や天願桟橋に勤務したジェームズ・スペンサーさん:天願桟橋でも枯れ葉剤を撒いた。上司は森を枯らすためベトナムで撒いているものと同じだ、と言っていた。那覇軍港で何度も枯れ葉剤の積み荷を扱った。二か月に一回運ばれてきた。
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【枯れ葉剤を浴びた島⑮】米軍が沖縄をどう位置付けていたか。1965年12月10日星条旗新聞「沖縄なくしてベトナム戦争を続けることはできない」という見出し。米太平洋軍グラント・シャープ司令官は、沖縄が訓練場や補給基地として、ベトナムへの出撃拠点として不可欠な役割を果たしていると指摘
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【枯れ葉剤を浴びた島⑯】1965年7月嘉手納基地、B52戦略爆撃機が台風避難を名目に嘉手納基地に飛来。そのまま居座り、ベトナムへの爆撃を始めた。沖縄タイムス元記者、国吉永哲さん「B52から爆弾を落としているのを見て、みんな複雑な思いだったと思う」
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【枯れ葉剤を浴びた島⑰】原水爆禁止世界大会で北ベトナムから来たハノイ大学のグイ・ニュー・コンツム学長は、沖縄にある基地がベトナムの人を苦しめていると訴えた。国吉さん「あなた方が手をあげないことには我々はもっと(基地のせいで)死ぬんだと言われた。被害者であり加害者になっている。」
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【枯れ葉剤を浴びた島⑱】アメリカは認めないが、沖縄に枯れ葉剤の存在を疑わせる事件も。1971年米軍から払い下げられたPCP除草剤が南風原、具志頭に大量に廃棄され、国場川を汚染。近くの児童が腹痛や吐き気を訴え、南部地区四村、三万人への給水が止められた。
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【枯れ葉剤を浴びた島⑲】元琉球衛生研究所長吉田朝哲さん:PCP除草剤、県が燃やそうとしたら、米軍将校が「焼くことだけはやめてほしい」と飛んで来た。焼くと世界最悪の毒が発生するからそれだけはやめてほしい、と。これもベトナム戦争で使われた枯れ葉剤ではないかと見ている。
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