〔AR〕その6

東方プロジェクト二次創作SSのtwitter連載分をまとめたログです。 リアルタイム連載後に随時追加されていきます。 著者:蝙蝠外套(batcloak) 前:その5(http://togetter.com/li/325450) 続きを読む
0
BIONET @BIONET_

早朝の寺子屋の職員室で、慧音は眠気覚ましのための緑茶を啜っていた。

2012-06-29 21:02:06
BIONET @BIONET_

真面目の見本ともいえる彼女は、生徒達がやってくる一時間以上前に、寺子屋に出勤して一日の授業の準備を整えておく。その後、始業時間まではこうしてゆっくりしているのだ。今日も、生徒達が寺子屋に姿を現し始めるまで、まだ五十分はある。

2012-06-29 21:04:24
BIONET @BIONET_

緑茶の渋みは、慧音の眠気を彼方へと吹き飛ばした後、記憶の巡りも活性化させていた。それで、昨日のことを思い出す。 「阿求は、全部読み切っているだろうか」

2012-06-29 21:05:55
BIONET @BIONET_

昨日、慧音はバイオネットに共有されていた文学作品のいくつかを、阿求に手渡していた。 それは結構な分量ではあったが、日頃から大量の文書に目を通している阿求であれば、一晩かかることもないはずだ。今日の寺子屋は昼過ぎで終わるので、それから稗田家に顔を出して、感想を聞くのがよいだろうか。

2012-06-29 21:07:50
BIONET @BIONET_

「いっそ阿求も、日頃から寺子屋に来ればいいものを……」 そう、ひとりごちた矢先。 「慧音先生、おはようございますー!」 職員室の引き戸が、勢いよくスライドした。 「え? 阿求、なんでここに」

2012-06-29 21:10:12
BIONET @BIONET_

慧音は目を丸くして、職員室に、そして慧音に踏み込んでくる阿求を見た。普段、阿求は寺子屋に来ることはない。常々通う必要はないと公言しているので、せいぜい、授業に必要な資料を提供してくれる時くらいである。

2012-06-29 21:13:17
BIONET @BIONET_

しかし寺子屋に来ない理由については、別にもう一つある。阿求には夜更かしの悪癖があり、朝早く起きてくることはあまりない。寺子屋の授業は午前中が主なので、早朝に起きない限りはどうあがいても遅刻だ。朝が弱いのだとは本人の弁だが、単純に睡眠をおろそかにしているのは明白だった。

2012-06-29 21:17:15
BIONET @BIONET_

そして今日も、阿求の目の周りは腫れ、眼球は少し充血している。 「お前、昨日何時に寝た?」 「えーと、丑三つ時よりの少し前ではないかと」 「……どっちにしろ深夜じゃないか。夜はさっさと寝ろといつも言って……」 「それよりですよ慧音先生!」

2012-06-29 21:20:43
BIONET @BIONET_

阿求は慧音の説教を遮り、勢いよく何かを差し出した。 「昨日のものを複写したので、是非読んでください」  慧音は慌ててそれを受け取る。紙の束だ。それは慧音が昨日阿求に渡したものである。 「ああ、これか……ってお前、もしかして全部書いたのか!?」

2012-06-29 21:26:39
BIONET @BIONET_

慧音は紙束をバラバラとめくり、驚愕する。全ての紙に、墨がのっていたからだ。ざっと見た感じ、文字も標準的な楷書であり、公文書と比べても遜色のない丁寧さだった。 「夕方頃から文字が薄れ始めたので、一度全部転写し直してから筆入れしました。いやぁ大変でしたよ」 「大変って……」

2012-06-29 21:33:16
BIONET @BIONET_

例えば、約二百六十文字の般若心経の写経には、精神修練の意味があることを考えても、結構な時間が要する。 阿求が持ってきた紙の束が、写経の文字数を遙かに上回る分量であることはいうまでもない。下手すれば一綴じの本ができるくらいのものだ。阿求は、一晩で本を一冊書き下したようなものである。

2012-06-29 21:36:57
BIONET @BIONET_

「ま、そんな苦労話はおいといて……とにかくこの小説がね、すごいんですよ!」 阿求は呆気にとられた慧音を構うことなく、先ほど差し出した紙束を手元に戻し、ある部分を引き抜いてから改めて慧音の手に渡した。

2012-06-29 21:41:07
BIONET @BIONET_

「もうなんていうか、最初読んだときは圧倒されて! 二度目に複写しながら読んでいたときは引き込まれて! 三度目に改めて読み返したときは、感動して涙が止まらなかったんです!」 「わ、わかった! わかったから落ち着け!」

2012-06-29 21:45:04
BIONET @BIONET_

慧音はわけもわからず、手元のまだ茶が残った湯呑みを阿求につきだした。阿求はノリよくそれを受け取り、まだそれなりに熱いそれを平然と飲み下した。勿論、腰に手を当てて。 「プハァ。すいません落ち着きました」 「……それはよかった」

2012-06-29 21:49:47
BIONET @BIONET_

慧音は阿求から湯呑みを受け取り、それをテーブルにおいてから、紙の束を改めて見る。 「とりあえず、わざわざ書いてもらったんだから、じっくり読ませてもらうとするよ」 「できれば今読んで感想を聞かせてほしいですが……まぁ確かにお仕事がありますよね」

2012-06-29 21:52:47
BIONET @BIONET_

「私は本を読むのがそれほど早くはないから、寺子屋が終わった後だな……どういう小説なんだ?」 慧音は柱時計をチラ見しながら、阿求に訊ねる。生徒達が登校してくる時間まではまだ余裕があるので、もう少し話を聞けそうだった。

2012-06-29 21:56:20
BIONET @BIONET_

阿求は、待ってましたと言わんばかりに、胸を張って語りだした。 「とっても仲良しな、猫と烏の妖怪、女の子二人組のお話なんですが、全体的に絵本のような語り口調で、ゆったりとした感じに綴られています。でも中盤以降、一気に空気が変わって、それはそれはもう壮絶な方向にですね……」

2012-06-29 21:58:15
BIONET @BIONET_

どうにも要領を得なかった。おそらく阿求は内容の核心を話さないように配慮しているのだろうが、それがよけいな回りくどさを生んでいた。ちなみに慧音は、推理小説を読んでる途中に、他人から犯人を教えられても気にしない質だった。

2012-06-29 21:59:48
BIONET @BIONET_

「……というわけなんですよ」 「ああ、うん、わかった」 まくし立てた阿求の言葉から、大まかにあらすじを導き出すことに終始していた慧音は、半分以上聞き流しており、生返事を返した。「ところで、小説が気に入ったのはわかるが、詩歌の方はどうだった?」

2012-06-29 22:03:40
BIONET @BIONET_

「あ、寝る前のクールダウンの為に読んだのですが、そちらもよかったです。特にこちらの」 阿求は紙束を精密にめくり、一枚を取り出す。 「これです。ペンネーム『Say,good!』さんという方が書かれた詩ですね」

2012-06-29 22:07:45
BIONET @BIONET_

「むむ……ほう、これは、美しいな」 慧音は、一瞥しただけで、ため息をもらした。歴史、特に皇族や貴族の話に詳しい慧音は、それらを語る上で切っても切れない詩歌についても、ある程度含蓄がある。

2012-06-29 22:12:56
BIONET @BIONET_

「素人目に見ても見事なものだ。どうやら秋の紅葉を歌ったもののようだが、その情景が目に浮かぶようだ」 「でしょう? きっとこの方は、とても詩歌を愛され、造詣も深い方ではないかと」

2012-06-29 22:13:17
BIONET @BIONET_

「野には思いも寄らぬ達人がいるものだ……人里にも何人か歌人がいるが、そんなに作品を目にすることはないしなぁ」 「それをいったら、小説家とか、物語作家なんてのも、あまりいませんよねぇ」

2012-06-29 22:16:58
BIONET @BIONET_

「江戸から明治の移り変わりによる混乱、大結界による隔離によって、文化的交流も閉鎖されてしまったからね。幻想郷内部、さらに人里の中だけでは、その辺の下地はなかなか育たないのかもな」

2012-06-29 22:23:41
BIONET @BIONET_

慧音は、紙の上に踊る詩歌を視線でなぞった。数名の作者の作品が混在しており、ペンネームを用いているものもいれば、慧音も知っている人里内外の名前も見られた。

2012-06-29 22:23:50