【ゾンサバで】 10日目 【リレーSS】
- inui_nosuke
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「は……はは、俺も、俺もこれでやっと……!」「な…やめなさい!!」カナメの制止も聞かず男は悲鳴のした方へ駆け出した。暗闇から数人のグループがこちらに近づいてきている。何の前ふりもなく男は襲撃者に殴りかかった。「オラッ、オラオラオラッ、殺せっ、殺してみろよ……っっ!!」
2012-07-05 01:36:40喉から吐き出すように言いながら掴みかかる。その無謀にしばし気勢を殺がれていたグループも狂気を目に宿して男を囲み蹴りつけはじめた。防御ではなく、娯楽。淫楽。蹴りつけるたび上がる苦悶の声にびちゃびちゃという水音が混ざり始める。
2012-07-05 01:36:49その先を見るべきではなかった。けれど目をそらせなかった。ニナに手を引かれても、セラは釘で打ち付けられたようにその場に立ち尽くしていた。「んだコイツ、ふざけやがって!」「ヒハ、肉だ、新鮮な肉──」「アガ、ギ…、ヒヒ…肉ゥ」血の臭いに酔いでもするのかグループは狂乱の度合いを強める。
2012-07-05 01:36:59蹴られ、アスファルトに倒れ付した男が動く気配はすでにない。それでも止まない凶行。むせかえるような血臭──それは、少女が初めて見た、人が人を殺める瞬間だった。
2012-07-05 01:37:11ダァンッ、という激しい音がその狂騒を凍りつかせる。虚空に弾丸を放ったあと、カナメは手にしていたコルト・オフィサーズを真っ直ぐ暴徒たちに向けた。「消えなさい」聞く耳持たず近寄ろうとする一人の太腿を打ち抜く。「ガ……ア……ッ」再びの一喝。「とっとと消えなさい、次は頭よ」
2012-07-05 01:37:28逡巡した一団は、結局、血みどろの肉塊を引きずり去っていった。セラの膝が折れる。いつもは気丈なニナも、がちがちと歯を鳴らしていた。「人間、だった…なのに、あいつら……っ」「どこまで正気が残っていたら人間と呼べるか分からないけどね。少なくともアレを食べるようならもう、人ではないわ」
2012-07-05 01:37:44震えを止めようと口を押さえたニナが、耐え切れずその場に夕食を戻した。セラは全ての理解の前に感情を落としてしまったような顔で、しかしカナメに静かに訊いた。「あの人は……助けて、くれたんですか……?」まっすぐ暴徒に向かっていった男。タクミに一方的な暴力を振るった動機の不透明な人物。
2012-07-05 01:37:57「むごいようだけど、多分違うわ。あいつはね、死にたかったの。でも〈怪物〉になるのは嫌だった。自分で自分を殺す事も出来なかった。絶望して、逃げ道を探して──見つけたのよ。自分を、人として殺してくれる相手を」「そんな……」動揺に少女の瞳が揺れる。
2012-07-05 01:38:07「そんなのは理解できない? でも、あたしだってあんた達がいなかったら絶望で同じ道を選んだかもしれないわ」セラが無意識に首を振る。それに続く言葉を予感して。「そしてね、あの男がした事と、人助けが大好きな誰かさんの行動。起こす行動は違っても、二人が求める物は本質的に同じだわ」
2012-07-05 01:38:15それは違う。そう、喉まで出かかるのに口に出す事が出来ない。それは真実であると自分のどこかが信じてしまったからなのか、それとも、解き明かすほどの情緒を幼さがまだ許さないからなのか。「本当は熱を出して少し落ち着くかと思ったけど、さっきの悲鳴に駆け出すようじゃむしろ悪化って感じね」
2012-07-05 01:38:25長いため息。「まあいいわ。あの子が賭けた食糧も戻ったことだし。──あら? ほんのちょっとだけど迷惑料もあるみたいね」先ほどの賭けの賞品を荷物にまとめると、カナメが二人に立ち上がるよう言う。「あの人のも、持っていくの……?」ぽつり、とセラが問う。それはとても気が咎める行為だ。
2012-07-05 01:38:36「当然でしょ。あいつは自分で死ににいった。私たちは生き残りたい。なら結論はひとつしかない」切り捨てたあとカナメはニナの頬を叩く。「しっかりしなさい。タクミとどう合流するのか考えないと。セラは? もう歩けるの?」「行こう?」ふらつく足でなんとか立ち上がり、ニナに手をのばす。
2012-07-05 01:38:48目の前で起きた惨劇と、それが暗示するタクミの心の歪み。そのふたつが少女の胸に、深く消えがたい傷を残す。早くタクミが戻ればいい。彼の顔をみれば、カナメの言葉を否定する「何か」を見つけられるはずだから。
2012-07-05 20:37:13