戦艦タナガー最後の戦い(AC04二次創作)

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T-2改 @t2kai2

ウイスキー回廊における防衛線突破の報告は、ただちにエルジア共和国首都ファーバンティの軍総司令部に届けられた。陸軍は持ちうる全ての精鋭機甲師団が壊滅したことに驚愕し、空軍は"リボン付き"への未だに出ない対策を必死に検討していた。

2012-07-13 23:20:26
T-2改 @t2kai2

次は首都が戦場になる。誰もが予感し覚悟を強いられる中、このような事態に陥ってなお動揺も見せない者たちがエルジア軍総司令部にいた――栄光あるエルジア海軍の首脳陣。栄光、しかしそれは過去の歴史だ。せいぜいが今次大戦の中盤までであろう。

2012-07-13 23:23:07
T-2改 @t2kai2

「艦隊司令、敵は目前に迫っています」 「艦隊司令、はやめたまえ。艦隊などもう無いも同然だよ」 海軍の首脳陣の中でも特に高い階級にある大将は、疲れた笑みを浮かべていた。無理もない。海軍大将という階級は、もはや飾りだ。水兵たちは、ほとんどが陸軍の指揮下に入っている。

2012-07-13 23:27:11
T-2改 @t2kai2

「…失礼しました。司令、"タナガー"が出港許可を求めています」 副官の言葉に、海軍大将は疲れたその自嘲気味な笑みを消した。あの馬鹿者、何をする気だ。まだ"やる気"なのか。ただちに第五埠頭にて停泊中の戦艦タナガーに直通ラインが設けられた。

2012-07-13 23:30:10
T-2改 @t2kai2

戦艦タナガーは、かつて無敵艦隊と呼ばれたほどのエイギル艦隊の旗艦"だった"。コンベース港におけるISAF軍航空隊による奇襲がなければ、今でもそうだったかもしれない。無敵エイギル艦隊はすでに海中に没し、タナガー自身もASMの直撃弾を受けた。

2012-07-13 23:33:27
T-2改 @t2kai2

タナガーにとって幸運だったのは、直撃弾により発生した盛大な黒煙がISAFに「戦艦タナガー撃沈」と誤った認定を下させたことだ。実際は戦闘不能ではあったものの、何とか自力航行で外洋への脱出を果たしている。

2012-07-13 23:35:43
T-2改 @t2kai2

しかし、幸運はそれっきりだった。むしろタナガーにとっては不幸だったかもしれない。ドック入りしたタナガーは進軍してきたISAFに追われるようにして各地を転々とし、ようやく首都のドックにて修理が完了した。その頃には、行動を共にする艦はほとんど残っていなかったが。

2012-07-13 23:38:50
T-2改 @t2kai2

「おい、何をする気だ」 総司令部からのホットラインを受け取ったのは、艦長だった。出港許可を求めたのは彼と、そして彼の部下たちだった。艦長は代表という訳だ。

2012-07-13 23:41:31
T-2改 @t2kai2

「何って、出撃さ。戦艦は戦う艦と書くから戦艦なのさ」 「そうじゃない。ウイスキー回廊の話は聞いてないのか」 形骸化したとは言え海軍大将にこんな口の利き方が出来るのは、艦長は彼と同期だからだ。艦長は現場から離れたくなかった。

2012-07-13 23:44:50
T-2改 @t2kai2

「陸軍連中がヘマをやらかしたのなら聞いたさ。敵が首都に迫ってくるのに、エルジア海軍最後の戦艦が埠頭で静かに佇んでいていいのか?」 「だからそうではない。いいか、陸軍も空軍も手一杯だ。支援は何もないんだぞ」

2012-07-13 23:47:42
T-2改 @t2kai2

海軍大将の声は、明らかに怒気を含んでいた。分かってる、こいつはそういう男だ。艦長は、何もかもお見通しだった。「支援? おかしなことを言うんだな、空軍はともかく陸軍を支援するのは我々だぞ」

2012-07-13 23:49:33
T-2改 @t2kai2

「どう支援するんだ。いいか、敵は圧倒的だ。外洋に出て敵の上陸船団を叩くのか? 馬鹿を言うな、護衛艦艇だけでもわんさかいるんだぞ」 「そうだな。加えて我が海軍に残存するのは本艦を除けば駆逐艦一、あとは潜水艦が数隻か」

2012-07-13 23:52:30
T-2改 @t2kai2

だったら何故。受話器の向こうの沈黙は、そう言わんばかりだった。艦長は、無言の問いかけに答える。「簡単なことだ。本艦は浅瀬に乗り上げる。浮き砲台になって、撃って撃って撃ちまくるんだ。どうだ、敵もド肝を抜かすぞ」

2012-07-13 23:54:52
T-2改 @t2kai2

笑いながらの回答だったが、本人は大真面目だ。無論、大将を怒らせてしまったけども。「ふざけるな! 砲台だと? 確かに敵は驚くだろうな。だがな、乗り上げてどうやって回避運動を取るんだ――」 「回避などしない」

2012-07-13 23:57:31
T-2改 @t2kai2

沈黙。予想外の回答に、大将は今度は怒ることも出来なかった。その隙を突いて、艦長は話を進める。 「確かにいい的だろう。狙ってくるのは航空機だけじゃない、たぶん戦車からも撃たれるな。だが、それでいい。本艦が撃たれれば撃たれるほど、陸軍や陸に上がった水兵たちは助かる」

2012-07-14 00:01:01
T-2改 @t2kai2

「…お前、それでいいのか?」 大将の声が震えていた。無論だ、と艦長は当たり前のように返す。 「若い連中はみんな艦から下ろしたよ。今本艦を動かしているのは、タナガーが近代化されるより前から乗り込んでいる老兵たちだ。私も含めてな」

2012-07-14 00:03:59
T-2改 @t2kai2

「なぁ。最初に言ったように、タナガーは戦艦だ。戦う艦なんだ。栄光あるエルジア海軍、無敵エイギル艦隊の最後に残った戦艦だ。老兵だが、腐っても戦艦だ。主砲の打撃力と防御力があれば、敵をかなりの時間止められ――」 「分かった、もういい」

2012-07-14 00:07:44
T-2改 @t2kai2

海軍大将が、言葉を遮った。もういい、とは二つの意味があったに違いない。それ以上喋らなくていいという意味と、出港を許可するという意味だ。「陸軍に弾薬を輸送させる。燃料も何とかしよう。腹ペコでは戦えまい」 「しかし、そんな実権は」 「あるさ。私は海軍大将だぞ?」

2012-07-14 00:10:52
T-2改 @t2kai2

お前とは違うんだ。一介の艦長でしかないお前とは。受話器の向こうで、同期が嫌味たらしい笑みを浮かべている様子が浮かぶ。そうだった。こいつは昔から人を丸め込むのが上手い。だから大将にまでなれたんだ。

2012-07-14 00:12:24
T-2改 @t2kai2

「なぁ、私も乗せてくれないか」 突然、大将がそんなことを言い出した。今度は艦長が耳を疑う。「はぁ?」 「私だって船乗りだぞ。最後の戦艦で大将自ら陣頭指揮、カッコいいだろ」 ダメだこりゃ、と艦長は笑う。こんな時にカッコなんか気にしやがる。

2012-07-14 00:15:36
T-2改 @t2kai2

「それはダメだ」 艦長は、しかしこの時ばかりは毅然とした態度だった。「何故?」 「タナガーは私の艦だ」 「いいじゃないか、ちょっとくらい」 「お前ちょっとじゃないだろう」 「いや、本当だって」

2012-07-14 00:17:27
T-2改 @t2kai2

「ちょっとちょっとって、士官学校の時に私の昼飯ちょっと寄越せと言って半分食べたじゃないか」 「あ、まだ覚えてたのか。いや、あれはあれ、これはこれ」 「同じ台詞を何回聞いたと思ってる!」

2012-07-14 00:19:20
T-2改 @t2kai2

「…なぁ、ダメか? 私も海軍の軍人なんだが」 「ダメだな。お前まで出撃したら、誰が残った若者たちを導くんだ」 さんざん言い合って、艦長は大将を乗せられない訳を話す。時代を作るのは老兵ではない。しかし若者たちだけではまた道を誤るかもしれない。

2012-07-14 00:22:55
T-2改 @t2kai2

「いつかエルジアに海軍が復活した時、栄光の時代を知る者が必要なんだ」 「それを私にやれと? 一介の艦長が、海軍大将に?」 「ワガママはよせ。だいたい何度も言うが、タナガーは私の艦だ」

2012-07-14 00:24:39
T-2改 @t2kai2

それもそうか、ととうとう大将は折れた。折れた後、二人の船乗りは笑い合った。老兵たちだけの、顔も会わせない最後の晩餐だった。しかしそれはエルジア海軍にとって最後ではない。

2012-07-14 00:26:33