- heon_aotsuki
- 640
- 0
- 0
- 0
いつだったか、二人でシャガールの絵を見に行った。バニーが好きだからだ。俺は絵のことなんて全然わからないけど、どの絵にもカラフルな動物がいっぱいで、なのにちょっと寂しい感じがするのが不思議だ、ってあいつに言ったんだ。そしたらあいつは少し驚いたような顔をして、うすく笑った。
2012-07-24 02:07:52「彼の宗派では」バニーが言った。「罪を犯した人間の魂は天国に入れずに、動物に生まれ変わるんです。彼の描く動物には、だから罪びとへの悲しい共感のようなものが透けて見えるように、僕には思えます。それが好きで」言葉を切って、バニーが俺を見つめた。「…どうした?」「…いえ」
2012-07-24 02:09:58どう考えても話は途中だったのに、それ以上バニーは何も言わずに、ふっと次の絵に歩いていってしまった。そして美術館を出るとき、言ったんだ。「僕がもし死んだら、生まれ変わってきっと、貴方のそばに還りますから。絶対に貴方を独りになんてしません」その日のことを俺は、今日まで忘れていた。
2012-07-24 02:12:47飛行機事故で、バニーは最後まで救助に当たっていた、らしい。そして帰ってこなかった。とうとう空っぽの棺で葬儀をすることになって、そのとき俺は初めて、あいつの属する宗教と宗派と、あいつがラビに俺を唯一の義兄弟として紹介していたことを知らされた。
2012-07-24 02:15:04あいつの宗教では、男同士は絶対に赦されない。一番近しい魂の誓いが、義兄弟、なんだそうだ。そうして俺は、あいつに似合いそうな豪華な教会じゃなくて、真っ白な箱みたいなシナゴーグで、あいつの葬儀を挙げた。棺にはあいつの代わりに、あいつの好きだったシャガールの絵を入れた。
2012-07-24 02:17:08棺に入れる絵を選ぶ時に、ようやく俺は思い出したんだ。あいつは、俺と愛し合うことで自分が天国に入れなくなることを知っていた。それを覚悟した上で、あいつは天国よりも、神様よりも俺を選んだんだ。そして絶対に俺を独りにしないと笑った。喪う事を何よりも恐れる俺に。
2012-07-24 02:19:22その日から俺は待ち続けた。あいつが還ってくるのを。鳥なのか、犬や猫なのか。それとも、うさぎ、か。そのとき、おれはちゃんとあいつが判るんだろうか。あいつには俺が、判るんだろうか。どこにも保証なんてない。ないけど、俺は待っている。あいつの残した約束のために、死ぬことも出来ずに。
2012-07-24 02:21:39…という前置きがあって、「こいつもしかしてバニーちゃんかな?」と思える色々な動物が何匹か虎徹さんを訪れて、でもことごとくお別れすることになって、「俺もう駄目だ、待てないよ」ってなったときに遠洋で拾われて治療してた本物のバニーちゃんが帰ってくるハッピーエンドのお話。
2012-07-24 02:24:11去年シャガール展でユ.ダ.ヤ教某宗派の説明をキャプションで読んだときに一気にこれだけ考えてしまった…書かないね、うんだって動物とのふれあいとか思いつかないね…
2012-07-24 02:25:57小鳥が死んだ時とか猫がいなくなったときとか、兎が消えちゃった時とかも虎徹さんは「バニーちゃんを喪失した」と思い込んですごい泣くんだよ…何度もバニーちゃんの死を追体験する虎徹さん。そして帰ってきたバニーちゃんが言うんだ、「待たせてしまってごめんなさい」って
2012-07-24 03:07:15バディは物理的な意味でどちらかが先立っても、魂は絶対に離れないと思ってる。そして魂がそこにあることを知ってるし、わかる。通じ合うんだよ。目に見えなくても、わかるんだ。ひとりじゃないんだって。
2012-07-24 03:08:40@soracara その発想はなかった…!>お肉 でもどの動物になってるかわからない!だったらそうなりますよね…! 小鳥さんとお別れしたらもうやきとりは無理(おい論点) お皿に乗ってるミニバニ想像したらなんか可愛くてきゅんとしちゃいましたがw お別れがあって最後に本物ですから…!
2012-07-24 04:01:15猫を拾った。その日は雨が降っていて、泥で汚れた毛並みは元の色も判らないくらいだったが、バニーの言葉のせいで自分の目に映る動物の動向が気になってしょうがなかった俺は、水溜りに倒れてじっと俺を見ていたその猫に手を伸ばさざるを得なかった。そいつの瞳が、あいつと同じエメラルドだったから。
2012-07-25 03:09:11無理矢理風呂に連れ込んで、バニーのシャンプーで洗った。きつく睨まれたが、弱っていたのかそれほど抵抗もされない。綺麗になったそいつを柔らかいタオルで繰り返し包んでやると、思った通り、あいつそっくりの落ち着いたブロンドの毛並みが、つやつやと光った。俺はそいつをバニーと呼ぶことにした。
2012-07-25 03:16:27バニーはなかなか懐かなかった。馴れ合いはごめんだとばかりにツンとすまして、ほとんどいつも俺から一定の距離をとって(ついでに言えば、俺の目線より高い位置から)高飛車な視線を向けてくる。寄ってくるのは餌をやるときくらいだ。現金なもんだ。でもその距離感が、俺には無性に懐かしかった。
2012-07-25 03:20:14ある時ふと思いついて、俺は洗面所に置いたままだったバニーの香水をそいつに少しだけつけてやった。風呂上りのブロンドの毛並みに、それはよく香った。猫のバニーはすんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅いで、眉をひそめて(そんな表情に見えた)、身体を擦り付けてきた。「ごめん、やっぱり厭だよな」
2012-07-25 03:26:16慌てて洗い流そうとしたら、バニーはするりと腕から抜け出して、ツンと鼻先を上げて「別にそうは言ってません」とばかりに俺を見やり、そのまま走り去ってしまった。…もしかして気に入ったんだろうか?
2012-07-25 03:32:32猫のバニーが俺の膝に乗ってくれるようになったのはそれから更に何週間かあとだった。嫌がる様子がなかったのであれからこいつを風呂に入れたあとにはバニーの香水をちょっとだけつけてやるのが習慣になっていて、それで、俺にも香水の臭いがうつったらしい。最初に気付いたのはネイサンだった。
2012-07-26 10:14:46「あの子のにおいがするわね」少し迷った様子を見せてから、ネイサンが言った。どう答えていいかわからずに、けれどもともかく言われたそれ自体は事実だったから、俺はうん、と頷いた。傷ついたそぶりのない俺に安堵の息を吐いて「そう」と微笑み、それ以上ネイサンは何も聞いては来なかった。
2012-07-26 10:18:30次に気付いたのはカリーナだ。気になるくせに可哀想なくらい悩んでいるのがわかったから、こっちから言ってやった。拾った猫が何とも高級な好みで、つけてやってるんだ、って。カリーナは「そう、嫌がってないなら、いいんじゃない」とつっけんどんに言って、駆け出して行った。後で高い猫缶をくれた。
2012-07-26 10:22:44面倒だったのはアントニオだ。カリーナに何か聞いたのか、「まさかお前、その猫にあいつの名前とか付けてるんじゃないだろうな?」なんて言ってきやがった。「…だったらどうだって言うんだ?」お前には関係ないだろとばかりに開き直ると、あいつは渋い顔をした。
2012-07-26 10:27:17ちゃんと前を見ろって言いたいんだろうってことはわかってる。友恵のときも、俺は立ち直るまでずいぶんかかった。もしかしたら、今でも立ち直ってなんかいないのかもしれない。だけど、ある程度、慣れた。隣にあいつがいない現実に抵抗するのを、諦めることを覚えた。それが年月ってものだ。
2012-07-26 10:32:23でも、駄目なんだ。バニーの気配はまだ近すぎる。目を閉じれば今もそこに居そうな気がして、だから、目を開けてそこに居ないのを確認するのがたまらなく怖い。わずかに感じる希望なような温もりが、ただの錯覚だと思い知らされるのが耐えられない。独りきりの現実を受け容れるのがどんどん怖くなる。
2012-07-26 10:37:22だから俺にはこいつが必要なんだ。こいつが本当にバニーの言っていた通りの生まれ変わりなのかどうかはわからない。それでもこいつがいてくれるおかげで、こいつの中にあいつのよすがを探すことで、どうにか俺は生きていられる。後ろ歩きだって前に進んでるんだから、いいだろ。立ち止まってるよりは。
2012-07-26 10:41:05