金明秀 Myungsoo KIM ‏先生が「在日は日本社会に貢献している」というエッセイを書く意図

単純な排外主義へのカウンターという意味にとどまるのではなく、さまざまな層へ、それぞれに多様な意味をこめて書かれていると語ってくれています
社会 政治 社会学
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金明秀 Ꮶɨʍ, ʍʏʊռɢֆօօ @han_org
ん? RTしたのに出てこないなと思ったら、ブロック中か。その疑問に答えてあげようと思ったのだけど、どうしたもんかな。
金明秀 Ꮶɨʍ, ʍʏʊռɢֆօօ @han_org
問題のツイートはこれ。→ QT レイシストに「在日は社会に貢献している」と反駁するのは「役に立たない在日は個別的に排除してもいい」というテーゼを承認するのと同義だとミョンス先生に詰め寄っていた人がいたけどなるほどと思った。
金明秀 Ꮶɨʍ, ʍʏʊռɢֆօօ @han_org
その発想は一部で人気があるようだけど、いくつもの意味で、まちがってるんだよね。今日はちょっと時間があるし、なんとなくその気になっているから、以下に説明します。
金明秀 Ꮶɨʍ, ʍʏʊռɢֆօօ @han_org
まず、論理的に「在日は社会に貢献している」という命題は、必ずしも「役に立たない在日がいれば排除してもいい」という命題を導きません。両命題は背反ではないからです。両命題を背反にするためには、ぼくが言及していない別の命題を補う必要があります。
金明秀 Ꮶɨʍ, ʍʏʊռɢֆօօ @han_org
また、事実命題(~である)から当為命題(~すべき)を直接的に導くことはできません。「在日は社会に貢献している」という事実命題と、「よそ者である外国人は人一倍社会に貢献すべき」という当為命題のあいだには越えがたい論理的な障壁があります。
金明秀 Ꮶɨʍ, ʍʏʊռɢֆօօ @han_org
以上の単純な論理から、問題の反論は、ぼくが言及していない情報を勝手に補って解釈しなければ辻褄が合わないものだということがわかるはずです。(本心を言えば、この時点で、再反論する価値がないと判断されてもしかたがないと共感してもらいたいところです)
金明秀 Ꮶɨʍ, ʍʏʊռɢֆօօ @han_org
そこで、次に問題となるのは、批判者が勝手に補った前提が妥当かどうかということです。
金明秀 Ꮶɨʍ, ʍʏʊռɢֆօօ @han_org
批判者が勝手に補ってしまった情報は、どうやら議論のフレーム(設定されたアジェンダ)に基づくものらしい。つまり、「日本を害する在日は排除してもいい」という価値観に対して「在日は社会に貢献している」というカウンターをぶつけるのは、前者の土俵に乗っかってしまっている、と。
金明秀 Ꮶɨʍ, ʍʏʊռɢֆօօ @han_org
たとえるなら、日本人が「オマエはちょーせんじんなんだろ」といわれたとき、「ちがうもん」と反論するのは、朝鮮人への見下しを前提として受け入れてしまっている、みたいな。
金明秀 Ꮶɨʍ, ʍʏʊռɢֆօօ @han_org
なるほど、「オマエはちょーせんじんなんだろ」といわれての反論、のように文脈が明白ならそういう解釈が成り立ちます。だが、ぼくの主張はそういう文脈にだけ乗っているわけではありません。
金明秀 Ꮶɨʍ, ʍʏʊռɢֆօօ @han_org
言い換えると、件の批判は、ぼくの主張を「日本を害する在日は排除してもいい」という価値観へのカウンターにすぎないと矮小化している。それって、「金明秀はネトウヨにだけ喋っているんだろう」ぐらいに人を小ばかにした話ですよ。失礼だし、不自然な前提です。
金明秀 Ꮶɨʍ, ʍʏʊռɢֆօօ @han_org
(ぼくに言わせると、その不自然な前提がどうやって正当化されているのかを問うべき場面です。この批判に「なるほど」といった人たちには、ぼくはずいぶんガッカリしていると伝えなければなりません。)
金明秀 Ꮶɨʍ, ʍʏʊռɢֆօօ @han_org
まあ、「業績主義、近代主義的な発想そのものを打破しなければ!」という政治的スタンスの人がぼくのエッセイに反発するのはわかります。あるいは、「朝鮮の脱植民地主義的ナショナリズムは正義だが日本の帝国主義的ナショナリズムは罪悪だ」というショービニストから反発が起こるのも理解できる。
金明秀 Ꮶɨʍ, ʍʏʊռɢֆօօ @han_org
でも、批判者の想定とは異なり、ぼくは複数のセグメントに向けて、それぞれ異なるメッセージを乗せて、エッセイを書きました。とりわけ、日本のマジョリティ読者に向けては、既知のデータに基づいてそれがある種の効果を生むだろうという予測(あるいは期待)のもとで。
金明秀 Ꮶɨʍ, ʍʏʊռɢֆօօ @han_org
既知のデータというのは、日本を含む世界各国の排外主義に関する研究群のことです。「移民がこの社会の役に立っている」という問いへの賛成が多い国ほど排外主義が弱い、というのはかなり頑健な命題です。一方、戦後日本ではそういう視野が失われているので一石を投じてみたというのが執筆意図の一つ。
金明秀 Ꮶɨʍ, ʍʏʊռɢֆօօ @han_org
ぼくが、「在日は日本社会に貢献している」というエッセイを書くことで、「じゃ、役に立ってない在日は排除してもいいんだな」と思う人が増える蓋然性と減る蓋然性のどちらが高いかというと、減る蓋然性のほうが高いと予想されるということです。
金明秀 Ꮶɨʍ, ʍʏʊռɢֆօօ @han_org
批判してくれること自体はありがたいのだけど、できれば、勝手に情報を補ったり、勝手に文脈を限定したりしないでほしいな。それは、典型的な藁人形論法だからね。
李信恵 이(리)신혜 @rinda0818
@han_org ちょっと違いますが、少し前から在日や朝鮮学校のことを話すと、「他の外国人や外国人学校のことも考えないのは差別」「自分たちのことしか考えてない」「ここは日本」「視野が狭い」。自分なりの考えを述べたリもしてますが。反論するのが難しいなあと感じたことを思いだしました。
金明秀 Ꮶɨʍ, ʍʏʊռɢֆօօ @han_org
言及していないことを勝手に補って批判するという意味では同じ構図ですね。そして、補った情報でその人の素性が知れるという意味でも。 RT @rinda0818: |在日や朝鮮学校のことを話すと、「他の外国人や外国人学校のことも考えないのは差別」「自分たちのことしか考えてない」…
金明秀 Ꮶɨʍ, ʍʏʊռɢֆօօ @han_org
どちらも良書ですね。ミクロ次元の差別を考える上では必読書でしょう。 RT @sigmalius: @han_org そうですね。その辺りの議論に関しては江原由美子さんの論文「『差別の論理』とその批判」や、それを下敷きにした佐藤裕さんの『差別論』が詳しいように思います。(独り言)

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