『西洋美学史』twitter読書会 11章~13章

小田部胤久著の『西洋美学史』を、なんとなく集まった専門バラバラ文系民で読み進めた読書会の試み第五回まとめ(8/24)。
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自分も括りというか定義自体わからない。ベルクソンなんて何言っているのか概説書レベルでさっぱりです。(DG-Law)

シノハラユウキ @sakstyle

よい芸術ってのは意識的なものと無意識的なものがうまく混ざってるもんだーっつうのは、まあ分かる話だなー #西洋美学史読書会

2012-08-24 22:46:07
jabrafcu @ja_bra_af_cu

@twidokusho テクニックばかり表立ってて表現として面白くないっていうのは実際あるんだけど、批評のクリシェというか気に入らないやつをやっつけるためのマジックワードにもなりかねないので注意がいるところw #西洋美学史読書会

2012-08-24 22:50:20
tieckP(ティークP) @tieckP

自然に意図が読み込めたり、意図的なはずの作品に自然が内包されたり、というところに芸術があるというのはなんとなく分かるところ。 #西洋美学史読書会

2012-08-24 22:53:19
DG-Law/稲田義智 @nix_in_desertis

個人的な感想としては,人為であるにもかかわらず人為性を超えたものを持つのが芸術だというのはその通りだと思うけど,相変わらずそこを「自然」と言われると困惑する感じ。だが,自然で困惑するのはヒュームでもそうだったので深入りしたくないw #西洋美学史読書会

2012-08-24 23:01:17

美しい技術と快適な技術を区別するものは?

jabrafcu @ja_bra_af_cu

質料と形式というより、それらをとらえる受動的な感覚内容および積極的な精神活動の方に重点があるかと #西洋美学史読書会 http://t.co/lrB9ybIC

2012-08-24 22:47:23

ここでは小田部が本の中で述べているのは、じゃぶらさんの指摘の通りで、それを『判断力批判』を既読のDGさんが噛み砕いて先にまとめていた、その齟齬を埋める補足です。(tieckP)

DG-Law/稲田義智 @nix_in_desertis

@ja_bra_af_cu カントとしては,感性でのみ処理されるから「受動的な快」ですね。これは悟性と構想力がかかわってきても実は同じで,悟性と構想力が対等にやり取りして初めて「積極的な快」に転ずる,と。

2012-08-24 22:49:38
DG-Law/稲田義智 @nix_in_desertis

まず,あらゆる外部の事物は感性が認識するが,この時点で裁かれるのは「快適な技術」のみである。すなわち,低級な感覚や,視覚であっても「この色は綺麗だ」等,まさに質料そのものだけで快不快が明確であるから,感性でとどまる。 #西洋美学史読書会

2012-08-24 22:51:29
DG-Law/稲田義智 @nix_in_desertis

これは「受動的な快」であり,感性は個人によるので「快適な技術」は普遍的妥当性を要求しえず,哲学の範疇ではない。ということで『判断力批判』ではばっさり。 #西洋美学史読書会

2012-08-24 22:51:53
DG-Law/稲田義智 @nix_in_desertis

その意味で,図2の分類は快不快の感情を伴うか否かの技術分類であって,悟性と構想力が出張るかどうかでいえば,機械的技術と美しい技術のほうが近い。ただし,このときに悟性(概念を与える能力)が構想力=想像力を完全に支配してしまうのが機械的技術。 #西洋美学史読書会

2012-08-24 22:54:09
DG-Law/稲田義智 @nix_in_desertis

一対一対応で,「そりゃ”木”に見えるものは”木”だろ」的な。これに対して,ライプニッツ・バウムガルテンの言い回しで言うところの「含蓄ある表象」を想定しているのだろうと思うけど,構想力のなした表象を一対一対応の概念では捉えられなくなったものが美しい技術になる。 #西洋美学史読書会

2012-08-24 22:58:22
DG-Law/稲田義智 @nix_in_desertis

と,補足しておきます。(最初から要約に入れておけばよかった感) #西洋美学史読書会

2012-08-24 22:58:58

さらに補足するなら,
感性のみで捉えられる「快適な技術」に対し,悟性(と構想力)が出動する「芸術」がある。
これに人間の三大認識能力のうち理性を欠いているのは,崇高が理性に対応しているから。そして,崇高は自然であるので技術ではない。
小田部は,崇高の議論は話が複雑になる上に本筋ではないので,本書ではばっさり省いている。
また,実際にどういったものが「構想力の作った表象」を充溢させるのか,そこにかかわる形式って何?というのはこの第11章で説明されている通り,カントにとっては技術(人為)であることを感じさせないことであった。(DG-Law)

カントは音楽(聴覚)を低く見ていた

シノハラユウキ @sakstyle

『判断力批判』をパラパラしてたら、芸術として絵画が優れており、音楽はそうではないみたいな感じのところを見つけたり。快適という見地からしたら音楽は最高、でも構想力と悟性の拡張に基準を求めるなら最低、って書いてる

2012-08-24 23:01:12
DG-Law/稲田義智 @nix_in_desertis

@sakstyle カントにとっては,聴覚は低級感覚だったのかもしれません。しかし,そうすると彼にとっての高級感覚は視覚だけですね……

2012-08-24 23:03:30
jabrafcu @ja_bra_af_cu

@twidokusho 三浦慎一郎 2004 「近代の芸術音楽論」 『音楽学を学ぶ人のために』 世界思想社 #西洋美学史読書会

2012-08-24 23:05:22
jabrafcu @ja_bra_af_cu

@twidokusho カントによる音楽の位置づけは非常に低く、反省をへない「陶治というより享受」であり理性を基準にみて他のいかなる芸術より価値の低いものだ、としたとのこと (三浦慎一郎 2004:64) #西洋美学史読書会

2012-08-24 23:08:37
DG-Law/稲田義智 @nix_in_desertis

@ja_bra_af_cu ひどいw。まあ彼にとって音楽は構想力が拡張しない,ほとんど感性のみで処理しうるものだったということなんでしょう。

2012-08-24 23:06:48
jabrafcu @ja_bra_af_cu

@nix_in_desertis かっちりつくられた作品とかより、宮廷で演奏されるBGMっぽいものを想定してるのかも知れませんね。食事とかサロンとかで聞きながされてたような。

2012-08-24 23:10:26
DG-Law/稲田義智 @nix_in_desertis

@ja_bra_af_cu 例によって,ケーニヒスベルクから出たことがないので,芸術全般あまり大したものに触れてなかった疑惑が彼にはつきまとうので……w #西洋美学史読書会

2012-08-24 23:11:15
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